『源氏物語』のきわだった特徴「怨念」 日本文学に充満する都市化のルサンチマン
鎌倉新仏教の革命
僕は、法然、親鸞、道元、日蓮など、鎌倉新仏教の創始者たちを、おしなべて尊敬している。 奈良平安の仏教は、外来の教義に頼り、特別な階級の学問や寄進によって広がった。しかし新仏教の創始者たちは、学も富もない庶民を救おうとし、その努力において仏教は日本の宗教となったのだ。まさに「底辺の救済」である。 古代日本社会の都市化のルサンチマンにおいて、最後の救済力は仏教であった。京都から遠く離れた鎌倉の地での武家政権の成立は「政治の革命」であり、新仏教の成立は「文化の革命」である。鎌倉幕府を革命政権と考えれば、「源氏」という貴種の権力が短命で、北条という策略に長けた土豪が権力を握ったのも必然というべきか。血の権力に代わって、武(地)の権力の時代が再来したのだ。 文字という知の種子と、それを使って広がった仏教という思想と、その物理的結晶としての都市が一体となった日本古代文明は、中臣という神職の家が、藤原と姓を変えることから始まり、藤原に準ずる貴種としての平家と源氏が滅び、関東武士団の長となった土豪が権力を握って、日本産の新仏教が庶民に広がることで終わったのである。 明治から昭和までの日本には「文学青年」という言葉があった。知識はあるが、近代文明に邁進する日本社会に馴染めず、都市化のルサンチマンを心にやどす若者を意味した。しかし今の日本には、都市化に邁進する青年も、それに反発する青年も、少なくなって、むしろ女性の活躍が目立つ。現代は、王朝時代にも似た「女性の時代」になっているのだろうか。 次回は『源氏物語』のストーリーを動かす「怨霊」というものを、日本文化史の中で論じてみたい。