新大河「光る君へ」に見る「血筋の秩序」 「血の論理」「家の論理」が息を吹き返したいまの日本
主人公・紫式部を吉高由里子さんが演じるNHK大河ドラマ「光る君へ」が1月から始まりました。これを機に、1000年ものあいだ読み継がれている『源氏物語』に関心を持った人も多いのではないでしょうか。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、この物語は、日本文化をつらぬく「血筋の秩序」によって生まれたといいます。若山氏が独自の視点で語ります。
『源氏物語』の中の建築・「柔らかい多重の隔て」
僕は長いあいだ「文学の中の建築」という研究をしてきたのだが、『源氏物語』は越えるべきひとつの大きな山であった。 ところが、この物語に建築の記述が非常に多いことは、案外意識されていないようだ。戦記物などと違って、主人公の光源氏(後半は源氏以外の男性が多出する)が女性の家を訪ねる場面がほとんどなのだから、建築の記述が多くなるのも当然といえば当然である。しかし玄関から堂々と入るわけではない。密会であるから、光源氏は庭から女性に近づくのだ。 家の中の女性は、蔀戸(しとみど)、簾(すだれ)、障子(しょうじ、この時代はふすまのようなものを意味した)、屏風(びょうぶ)、几帳(きちょう)といった「柔らかい多重の隔て」で囲まれていて、その隔てをひとつひとつ乗り越えていくのが、この物語の恋愛描写である。そのプロセスに現代小説のベッドシーンに代わる「ときめき」が表現され、几帳の内に入るというのは、ほぼ肉体関係の成立を意味していた。また、塀や門の様子から、庭の草花、池の様子、軒(のき)、縁側などの描写が、多数登場する女性の立場と趣味と性格の情緒的バリエーションとなっているのである。 寝殿造という建築様式においてこその表現であり、堅固な煉瓦造の国ではこういう文学は生まれない。自然(庭)と建築と恋愛情緒が一体となっているのだ。 しかしここでは、この時代の日本に特徴的な権力構造としての「血筋の秩序」に光を当ててみたい。この「血筋の秩序」こそ『源氏物語』という恋愛文学が社会構造あるいは文化構造の文学ともなり、世界に冠たる長編小説として評価される原因となっていると思われる。