形見ベルサーチで「野村克也氏をしのぶ会」に参列した日ハム新庄監督はノムさんから何を学び何を誓ったか…二刀流挑戦の真相
現役時代に南海、ロッテ、西武の3球団でプレー、南海、ヤクルト、阪神、楽天などで監督を務め、昨年2月11日に84歳で逝去された野村克也氏をしのぶ会が11日、東京の神宮球場で行われ、日本ハムの新監督に就任した新庄剛志監督(49)も参列した。阪神時代に2年間、教えを請うたBIGBOSSはノムさんの祭壇に監督就任を報告。「ワシの考えプラス、おまえの宇宙人的な考えがミックスされたら、もしかしたら面白いチームになるんじゃないかと言ってくれると思う」と思いを馳せ、「(来年)いいシーズンでしたと報告したい」と約束した。新庄は名将から何を学びどう生かそうとしているのか。
献花を祭壇の阪神時代のユニホームに投げた!
天国のノムさんも驚いたかもしれない。 7球団のユニホームと写真が飾られている祭壇の阪神のタテジマユニホームの前に立った新庄氏は、献花の白いカーネーションの花をマナー通りに、花がついている側を自分の方へ向けて祭壇に供えるのではなく、そのユニホームに向かってポーンと投げたのだ。 「二刀流もしたから。キャッチャーの野村さんに受けてもらいたかった」 1999年に阪神の監督に電撃就任した野村氏は、まず新庄氏をなんとかしたいと考え、キャンプで二刀流を指示した。何度かブルペンに入って投球練習をした新庄氏は、実際、オープン戦に2試合登板、巨人との対戦では、143キロのストレートを武器に元木大介、二岡智宏、後藤孝志のレギュラーを3者凡退に打ち取っている。異例の挑戦をさせてもらった印象が新庄氏の心の中に強く残っているのだろう。 新庄氏は手を合わせ10秒以上の黙祷を捧げた。 「監督になりました。一番驚いているのは野村さんでしょうね。(去年)トライアウト(に挑戦)するとき“代表的なアホ“と(野村氏に)言われた。あのトライがあったからこそ、今のポジションになれた。ありがとうございましたと言いました」 しのぶ会の案内状には「平服でお越し下さい」と書かれていたが、新庄氏はグレーのイタリア製「ベルサーチ」のジャケットに黒のタートルネック、黒のパンツというシックな服装で現れた。野村氏のご子息で、現役時代にチームメイトだった克則氏(来季から阪神2軍コーチ)に無理を言い譲ってもらった野村氏の形見。この日に着ようと、5、6万かけてサイズを仕立て直した。野村氏が生前に愛用したベルサーチを薦めたのは新庄氏で一緒に赤坂のショップに買い物に出かけたこともあるという。 「洋服が好きだった。むちゃくちゃ(の数を)買う。ネクタイも相当買ったけど、あまりしていなかった(笑)」 ジャケットには「子供みたいに食事中にもよくこぼすので。中華の」染みも残っていた。「まだ野村さんの匂いも残っている感じ」。野村氏を傍に感じながら祭壇の前に立った。