無理に夢や希望を持つ必要はない、正解なんて出なくていい――恐山の禅僧が語る、「人生の重荷」との向き合い方 #今つらいあなたへ
「弱音を吐いちゃいけない」っていう思いこみを解除するのには、とても時間がかかります
さらに若い層、中高生たちの自殺・不登校・いじめの件数が増加している。コロナ禍でコミュニケーションの機会を奪われた子どもたちだ。感染予防とは別の理由でマスクをつけ続ける子どもたちはまだ多い。 言葉を失った若者たちを救う術はあるか。どうしたら、恐れずに「対話」ができるようになるのだろうか。たとえば、一番身近である家族にできることはあるのか。
「昔は大家族で、隣近所の人たちとも交流がありました。今は違いますよね。私は人間関係の問題はほとんどが家族にあると考えているんですが、やっぱり、いまの家族は閉鎖されすぎているんですよ。開口部がなくて、数も少ない。密度が高いからすぐに行き詰まっちゃう。先にも言った通り、人間は好きで生まれてきたわけではない。存在を押しつけられたんです。だから、『私はあなたの存在を全面的に肯定する』と言ってくれる人が必要なの。本来なら親の役目。でも親にそれができないなら、別の人でもいい」 「淡い関係」が結べる人を確保したほうがいい、と南は言う。 淡い関係とは何か。 「家族や友人ほど親しくなくていい。年上で、信用できて、ちょっと距離のある人。学校や習い事の先生でもいいし、遠い親戚とか、会社の先輩とか。『かかりつけのお坊さん』って言ってますけど、もちろんお坊さんじゃなくてもいい。安心して話せる相手を見つけておく。ネガティブなことも、うんうんって聞いてもらうだけでいい。そうやって、弱音を吐く練習をすべきです。なるべく早い段階がいい。『弱音を吐いちゃいけない』っていう思いこみを解除するのには、とても時間がかかりますから」
正解なんて出なくていい
人間関係にはしばしば思いがけない裏切りや別離が訪れる。恋愛、友情、結婚。家族の間にも亀裂が入ることはある。その悲しみから、人間不信に陥り、心身を病んでしまう人もいる。人間関係をどう捉えたら、もっと楽に生きられるだろうか。 「『この人と付き合う』と覚悟を決めたら、『裏切られたって構わない』と思うことですね。それが、その人への信頼だと思います。そもそも、他人は裏切る可能性があると思っておいたほうがいい。よくペットを飼う人が、『ペットはいい、裏切らないから』といいますよね。ペットは、自分の思い通りになる所有物だからです。支配できる。でも、人と人との付き合いは違う。仏教には、愛の上に『敬う』という考え方があります。その存在を丸ごと認めること、敬うことが、愛よりも重要なんですよ」