リニア中央新幹線は大丈夫か? 政治化した巨大技術が国を傾ける
「技術神話」に寄りかかるな
技術体系の細かい部分には、その現場にいる技術者にしか分からない微妙な感覚がある。それを言葉によって正確に上層部に伝えていくことは非常にむずかしい。今の無責任学者たちの委員会は、かつての陸海軍の首脳たちと同様、それぞれの立場を守りながらその場の空気に寄り添っていくだけで、巨大な技術体系の片隅に隠れた問題の本質を看破しようとしない。 日本は、技術者がその仕事に魂を込めて涙ぐましい努力をする国である。だからこそ、そこに「技術神話」が生じる。零戦も、戦艦大和も、すばらしい技術であった。戦後は、カメラ、時計、自動車、オートバイ、テレビ、ステレオ、テープレコーダー、その他あらゆる家電製品、すべての工業分野で世界トップの地位を築いた。 日本海海戦や真珠湾攻撃やマレー沖海戦の大成功が「不敗神話」を生んだように、近代日本には「技術神話」が生まれた。国民をリードすべき政治家もマスコミも、最後は技術がなんとかしてくれるという「技術神話」に寄りかかった。太平洋戦争の敗戦にも、バブル経済の崩壊にも、福島第一原発の事故にも、その甘えがあった。 大和魂で国は守れないのと同様、大和魂で技術的問題は解決できない。技術は常に、徹底したリアリズムと合理性を要求する。 資本主義だろうと、社会主義だろうと、民主主義だろうと、権威主義だろうと、技術的問題を甘くみた国はまちがいなく滅びる。 生きているうちにリニア中央新幹線が開業したら一度は乗りたいと思うが、冒頭の句は次のように変わるだろう。 「缶ビール 飲みほしてもまだ トンネルか」 ーーー (編集部注)辺野古基地建設の工法についての記載に誤りがあったため、文章の一部を削除しました。お詫びして訂正いたします(2024年5月27日)