怨霊の幸う国・日本 源氏物語のもう一つの読み方とは?
主人公・紫式部を吉高由里子さんが演じるNHK大河ドラマ「光る君へ」が放送されています。紫式部によって書かれた日本を代表する古典文学「源氏物語」ですが、建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、「ストーリーにモノノケの力が作用していることを意識しながら読むと、エンターテインメントとしても面白く読める」といいます。若山氏が独自の視点で語ります。
純文学でもありサスペンス小説でもある
『源氏物語』は恋愛を主題とする小説であり、本居宣長が評したとおり「もののあはれ」という美意識を基本に展開される。その意味において現代の純文学的価値観にも合致し、世界的にもきわめて高い評価をえて、まちがいなく日本文化の至宝である。僕もそういう頭で読んでいた。 しかしもう一つの読み方もあるようだ。専門家が指摘するとおり、この物語は「モノノケ(物の怪)」と呼ばれる「怨霊」が重要な役割を果たすのである。科学的世界観を基本とする現代人は、モノノケの力をあまり意識せず、それに憑依された人物の精神的問題として読む傾向があるのだが、逆に、そのストーリーにモノノケの力が作用していることを意識しながら読むと、あたかもサスペンス小説のような臨場感が生まれ、エンターテインメントとしても面白く読めるのである。当時の人々の感覚に立つとすれば、むしろそちらの方が正しい読み方であるのかもしれない。 サスペンスとしてのストーリーを動かすのは主として六条御息所の怨霊である。彼女は次の天皇となるべき東宮の妻として高い地位にあり、容貌も教養も優れていたが、その東宮が早逝して未亡人となる。プレイボーイである光源氏は彼女と関係をもつが、ひとりの女性にとどまってはいない。六条御息所は、恋する源氏が他の女性と深い関係をもつことに強い嫉妬と怨念を抱く。その生霊(いきりょう)は、車争いなどの事件を経て源氏の正妻である葵上(あおいのうえ)に取り憑いて死に至らしめる。またその死霊(しりょう)は、源氏がもっとも愛し大事にするヒロイン紫上(むらさきのうえ)を苦しめる。 この物語は、源氏の死後を描く宇治十帖まで、怨霊がストーリー展開の大きな役割を果たすのであり、その生霊あるいは死霊と、その力を調伏しようとする仏教者の読経や加持祈祷との戦いが、現代ドラマのアクションシーンのような役割を果たすのだ。