イギリスの「難民移送」が意味するものとは? 現代国家における「排除」と「統制」の論理
イギリスで、難民認定の申請を目的に、ドーバー海峡をボートで渡るなどして不法入国する人たちをアフリカのルワンダに強制的に移送するための法案が議会で可決されました。不法入国者への対応が財政を圧迫しているというのが要因のようです。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、イギリスのこうした方針について「近現代史におけるひとつのターニングポイントではないか」と指摘します。若山氏が独自の視点で語ります。
イギリスの難民排除
ブライトンは、ロンドンから1時間ほどで行ける英国南岸のリゾート都市である。英国王室の別荘もある美しい街だ。マリエンパレードと呼ばれる海岸線の遊歩道に沿って豪壮なホテルが建ち並ぶ。どの部屋からも大西洋が望めるのだろう。 僕は若いとき、この街にしばらく滞在して英語の学校にかよっていた。アメリカに渡る予定の友人と、よく、陽当たりのいいマリエンパレードの手すりに寄りかかって海を眺めていたが、あるとき彼が言った。「この打ち寄せる波を見ていると、大西洋を越えて新大陸を目指したイギリス人の気持ちがわかるような気がするよ」 考えてみれば、荒波を越えて荒野に向かったイギリス人は、一種のボートピープル(海を越える移民という意味で)であったのかもしれない。日本も同じように海に面した国だが、外洋に乗り出して新天地を求める意志は、イギリス人の方がずっと強かったように思える。 さてこのほどイギリス議会は、アフリカや中東からの難民(不法移民)を、アフリカ東部のルワンダに強制移送するという法案を可決した。これに対して国連及び難民支援団体は人権侵害を危惧する声明を出している。見返りにイギリスからの資金援助を受けるというルワンダは、このところ経済発展を続けてきたが、かつてツチ族とフツ族の対立による大量虐殺があった国だ。 イギリスのスナク政権は、近づいている総選挙を意識しているそうだが、それは英国民に難民を排除する意思が強いことを意味する。イギリスばかりではなく、ヨーロッパ各国にとって、アフリカや中東から押し寄せる難民は、国内のテロ事件や海外の戦乱にも匹敵する、あるいはそれらを上まわる重い課題となっているのだ。またアメリカの大統領選挙においては、トランプ候補が不法移民の増大をバイデン候補への攻撃に使っている。 日本は、今のところそういった問題が大きく顕在化していないとはいえ、対岸の火事として安穏と見過ごすわけにもいかないだろう。歴史をつうじて、議会政治のモデルであり、民主主義のリーダーであったイギリスが「難民排除」という方向に舵を切ったということは、どういう意味合いをもっているのだろうか。近現代史におけるひとつのターニングポイントではないか。