リニア中央新幹線は大丈夫か? 政治化した巨大技術が国を傾ける
JR東海が今年3月、最短で2027年としていたリニア中央新幹線の開業目標を断念する方針を明らかにしました。静岡工区で着工の目処が立たないことが理由とされますが、今月に岐阜県のトンネル工事を中断するなど、他工区でも問題は山積みのようです。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、「リニア中央新幹線には『見切り発車』的な側面があったのではなかろうか」と指摘します。若山氏が独自の視点で語ります。
静岡の問題だけか
「缶ビール 飲みほすころに 富士をすぎ」 長いあいだ、東京と名古屋を往復しているので「東海道新幹線に住んでいる」といわれるほどだ。東京から缶ビールを買って乗り込むと、ちょうど富士山あたりで飲み終わる、その実感を句にしてみた。ちなみに「ビール」は夏の季語だ。 東海道新幹線の車窓風景の目玉である富士山は、その巨大な孤独の全容を現すこともあるが、雲がかかったり、まったく見えないことも多い。残念なのは、ちょうど正面から富士を見る位置が工場地帯となっていて、煙突や電線やスレートの屋根や壁や看板が目に入ることだ。建築家としては、少し修景を施せばなんとかなるのだがと思い、この国にそういう機運が生じないことを残念に感じる。 僕は「テッチャン」というほどではない。しかし子供のころから車窓の風景が好きで、ひとつひとつの家の窓にも物語を感じてしまう。東海道新幹線なら、富士山だけでなく、海側の海岸線の景色にも変化があり、浜名湖もあり、季節ごとの水田風景も楽しめるが、リニア中央新幹線となるとそうはいかないようだ。ほとんどがトンネルの中だという。 JR東海の初代社長の須田寛さんとは、シンポジウムや座談会などでよくご一緒し、次の社長の故葛西敬之氏とも天下国家を論じたので、基本的にはこの会社を応援しているのだが、実はリニア中央新幹線には一抹の不安を抱いていた。 案の定というべきか、少し前に工事は停止し、開業時期も工事再開も目処が立っていないという。 先に退陣した川勝平太静岡県前知事が、大井川の水系に影響を与えることから大深度地下の工事を認めなかったことが最大の理由とされているが、それだけでもないようだ。こういう巨大プロジェクトは途中で色々な難問に直面するものである。リニア中央新幹線には「見切り発車」的な側面があったのではなかろうか。 関東と関西を結ぶ大動脈の多系化という一種の国家安全保障、あるいはリニア新幹線技術でトップの座を確保して海外へ売り込むなど、「国家」を意識した政治的判断があったような気がする。剛腕の葛西元会長は、国士とか国商とかいわれるほど国家主義的な性格で、安倍晋三元総理との深い関係が知られている。だいいち、現在の客が東海道新幹線からリニア中央新幹線に移動するだけでは、経営上の問題があるだろう。 政治的な力が、経営判断や技術判断を狂わせることはよくあることだ。かつての国鉄や日本航空も、地元に利益誘導しようとする政治家たちによって赤字路線をつくることを強制され、結局は経営破綻に追い込まれ、その負担は国民に押しつけられたのだ。