「10秒前を忘れても、喜びは残る」認知症高齢者が自分らしく生きる手段としての“はたらく” #老いる社会
もともと建設会社で設計の仕事をしてきた三村さん。定年退職してしばらく経った2019年、大動脈瘤の手術をして、アルツハイマー型認知症の診断を受けた。その後、同じ食品を重複して購入したり、賞味期限切れに気づかなかったりといった症状が見られるように。2023年10月にこの施設がオープンしてすぐ、ケアマネージャーの紹介で通い始めた。 昨年末、三村さんは1カ月半ほど入院して、要介護3から要介護4(日常生活のほぼすべてに介助が必要な状態)の認定を受けた。認知機能の低下のため、主治医は自宅に戻ることに反対。退院直後は週6日ショートステイに滞在することになった。そんな中で、週1日ここではたらくうちに、身の回りのことを自分で行う感覚を取り戻していった。今は家で暮らしたいという希望通り、週3日自宅で生活をしてここに通っている。
BLG相模原では、毎朝その日にやりたいことを自分で決めるのがルールだ。三村さんのように仕事をする人もいれば、部屋でゆっくりお茶を飲んで過ごす人もいる。この施設の管理者・伊藤知晃さんは話す。「はたらくことはあくまで選択肢の一つであって、何もしたくないという選択肢があってもいいんです。自分のしたいことを自分で決める。人として当たり前の尊厳を、ここでは大事にしています」 三村さんは「いろいろな活動をしながら、みなさんとお話できるのが何より嬉しい」と語る。仕事を通して得た仲間と居場所が、ここにはある。
“はたらく”ことは社会参加の手段
「はたらくことは、認知症の人が社会参加をする上での手段の一つです」。そう話すのは、認知症の人が社会とつながるコミュニティー「BLG」を全国に広げる取り組みをする100BLGの代表・平田知弘さんだ。2012年に東京都町田市の介護事業所から始まったBLGは、現在BLG相模原を始め、全国18カ所の拠点ができている。 「そもそも、認知症と診断された途端、できることを周囲から制限され、ストレスや生きづらさを抱える人はとても多いです。『火事になるから料理はしなくていい』『けがをするから外に出なくていい』。そうやって周囲が先回りすることで、本来自分でできることもどんどん奪われていく。そして自分の意思とは異なる生活を余儀なくされた結果、自信を失い自発性が封じ込められたり、自分らしく生きることを諦めたりする当事者がたくさんいます。 ですが、誰かのために何かをすることで、自分の価値を再認識できたり、自分はここにいてもいいと思えたりする。はたらくというのは、そのための一つの手段になりうると思います。同時に、あくまで手段にすぎず目的ではない。大切なのは、社会や仲間とのつながりが切れないこと。そして自分が望めば、その人なりの役割を担えること。それはつまり、認知症であってもなくても、地域に生きる一人の人として、ごく当たり前に生きることにほかなりません」