「10秒前を忘れても、喜びは残る」認知症高齢者が自分らしく生きる手段としての“はたらく” #老いる社会
実際に、認知症の人がはたらく際には、多様な仕事がある。例えば、冒頭のJさんのように、経験やスキルを生かす仕事。清掃やポスティングといった、体を使う仕事。保育園児たちと過ごすなど、その場にいることが価値となる仕事。当事者の相談に乗ったり、モニターとして商品開発に協力したりといった、当事者経験を生かす仕事。報酬の有無やはたらき方もさまざまだ。 「自分がしたいことを探す場合は、まずは地域で認知症の人たちとつながるコミュニティーを見つけられるといいと思います。近年、私たちのような民間団体も少しずつ増えています。そうした場で何かつぶやいてみることで、誰かが拾ってくれたり、新たな出会いが生まれたりして、思いを形にできるかもしれません」
「自分がしたい」ことを「自分で選択」すること
認知症の人がはたらくことは、医師の視点ではどのように見えるのか。長年認知症の人やその家族との対話を続けてきた、日本認知症ケア学会理事長の繁田雅弘医師に話を聞いた。 「はたらくこと自体で、認知症の人の脳の状態が改善するわけではありません。でも、はたらくことが、その人にとっての生きがいになるなら、それはその人にとって大きな意義になります。自分がしたいことに自分から取り組むことで自分に残っている能力を発揮する機会になり、能力の維持にもつながるでしょう。米国では、生きがいを持っている人は、アルツハイマー型認知症になって脳の病理的変化が進んでも、認知機能の低下が起こりにくいという研究結果も報告されています(※)」 そもそも認知症の中でももっとも割合の多いアルツハイマー型認知症は、「軽度」から「中等度」「やや高度」「高度」へと、ゆっくり年月をかけて進行する。特に近年は、医療と介護技術が進み、進行スピードはかなり緩やかになってきたと繁田医師は語る。 「すべての人が高度に至るわけではなく、軽度や中等度の状態を維持したまま、寿命を全うする人も増えていると感じます。ですから認知症になった途端、何もできなくなるというのは大きな誤解。したいことやできることをなんとか見つけて、自分の意思で選択し、それに取り組むことが、その人らしい生活を続けることにつながります。自分で選ぶというところが大事です」