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手が銃と化すラドクリフ、伝説振付家の3D、モラルを問う衝撃映像…トロント映画祭、珍作&日本公開熱望作

斉藤博昭映画ジャーナリスト
トロント国際映画祭でのダニエル・ラドクリフ(写真:REX/アフロ)

アカデミー賞を狙った作品がお披露目されるトロント国際映画祭だが、250本ものラインナップには賞レースには無縁な、過激だったり、超レアだったりする作品もある。その中でも、日本公開までは時間がかかりそうだが注目してほしい珍作(いい意味です)や、日本での配給が決まっていないが、ぜひ公開にこぎつけてほしい作品を紹介する。

着替えもトイレも、銃を使うしかない!?

『ガンズ・アキンボ』 この写真はシリアスなアクション映画風ですが、かなりふざけてます
『ガンズ・アキンボ』 この写真はシリアスなアクション映画風ですが、かなりふざけてます

すっかりハリー・ポッターの面影が消えたダニエル・ラドクリフが主演した、ドイツ・ニュージーランド合作『ガンズ・アキンボ(原題)』は、怪しい予感がいい意味で裏切られた、ぶっとんだ一作。街の中で殺し合いをさせ、ドローンの映像で中継するという違法のストリーミング番組で、ダニエル演じる主人公がその番組の「戦士」として戦うハメになる。なんと、ボルトで両手に銃を装着されてしまうのだ。もちろん自分で外すことは不可能。ジョニー・デップの『シザーハンズ』と似ていて、手の代わりに銃で日常生活も送らなくてはならない。トイレはどうする? 着替えはできる? スマホは動かせる? しかも変な動きをすると銃が暴発する。というわけで、ボクサーブリーフのダニエルが四苦八苦する姿が、トロントの観客にも大受け。設定自体に新鮮さはないし、殺人ゲームに眉をひそめる人もいるだろうが、疾走感とアホらしさが、いい方向でうまく合体した感じ。この『ガンズ・アキンボ』は日本での公開も決まっているので、ぜひ楽しみにしてほしい一作だ。

ダンスと3Dの相性を実感する

『カニンガム』 ダンスと3D映像の相性がこんなに素晴らしいとは!
『カニンガム』 ダンスと3D映像の相性がこんなに素晴らしいとは!

一方で日本公開が決まっていない作品で、貴重だったのは『カニンガム(原題)』。このタイトルにピンとくる人は少ないかもしれないが、マース・カニンガムという、20世紀を代表するダンサー/振付家のドキュメンタリー。クラシック(バレエ)ではなくコンテンポラリー・ダンスに革新をもたらし、「神」と崇めていいほどの伝説の存在である。彼がダンス界に最も影響を与えた1950〜70年代を中心に描かれ、たしかに振付自体には「時代」が感じられる。しかし、ここで3Dが大きな効果を発揮する。当時の作品を現在のダンサーたちが、森などの大自然、高層ビルの屋上、宮殿の前などで再現。それが3D映像との美しきケミストリーを起こし、作品にふさわしい背景での振付作品を目の前で眺めている錯覚に陥っていく。まさに時代を超えた奇跡! カニンガムは作曲家のジョン・ケージと長くコラボし、アンディ・ウォーホールとの作品もある。そのウォーホールの作品が、これまた3D映像にぴったりで驚くばかり。ピナ・バウシュの3D映画も作られたが、こちらもアートの歴史として貴重なドキュメンタリー。日本の配給会社で興味を示したところもあったようだが、現状、どこも買い付けていない模様。たしかに商業的には難しいが、3D作品なのでぜひ劇場で公開してほしい……。

目を疑うような、おぞましい描写

『ペインテッド・バード』 一見、シリアスな戦争映画のようで、描写のグロ度は想定外レベル
『ペインテッド・バード』 一見、シリアスな戦争映画のようで、描写のグロ度は想定外レベル

そしてもう一本、これはヴェネチア国際映画祭のコンペにも出た作品『ペインテッド・バード(原題)』。ヴェネチアのコンペ予想では最下位だったと聞いて、恐る恐る観たところ、たしかに予想を超える衝撃の内容だった。第二次世界大戦中の東ヨーロッパを、一人のユダヤ人少年がさまよう物語。まるで「悪魔の子」でもあるかのように、少年の行く先々で目を覆うような事態が起こる。モラル的に考えれば、「これを映像で表現していいのか?」というほど残虐で、えげつない描写が何度も登場。周囲だけでなく少年自体も悲惨な目に遭い続け、その見せ方が強烈を極めていくのだ。実際にこの作品の上映では、途中で席を立つ人の数が最も多かったかも。それくらい「耐えがたい」作品でもある。唯一の救いはモノクロ作品であること。カラーだったらこれ、上映できないでしょう……。この作品も現状では日本では買い手が決まっていない。たしかに公開するとなると、モラルが問われるかもしれない。しかし音の使い方など映画的にはひじょうに優れており、問題作として多くの人に観てほしい映画でもある。

孤独な女性がペット愛にめざめ、そして…

『マーマー』 老犬を引き取った主人公。なんとなく悲しい運命が予感されるが…
『マーマー』 老犬を引き取った主人公。なんとなく悲しい運命が予感されるが…

そして最後に、今年の国際批評家連盟賞を受賞した『マーマー(原題)』。主人公は孤独な日々を過ごし、健康に不安を抱えながら、アルコールと電子タバコだけが楽しみな60代の女性。同じ町に一人娘がいるのだが、メールをしても電話しても応答せず、直接会いに行っても同居の友人に拒否される。そんな主人公がペット病院で仕事を始め、病気の犬を引き取ったことから、「何かを愛する」本能にめざめるという、これもよくあるストーリー。しかし静かな日常をテンポよく切り取る編集のうまさ。気難しそうな主人公が心に抱えた寂しさと、それを完璧に表現する主演女優。ペットへの愛が過剰になって、とんでもない結果になる切なさ。さらにペット病院の現実……と、日本の観客にも強く、深く突き刺さると感じたカナダ映画だった。当然のことながら、日本配給は未定。タイトルのマーマー=Murmurは、ひとり孤独に「つぶやく」という意味だ。

トップ画像以外はすべて (c) TIFF

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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