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シリアにおけるイスラーム教法曹界の最高権威が難民を卑下するようなコーラン解釈を行って解任か?

青山弘之東京外国語大学 教授
Facebook (@Dr.Ahmad.Hassoun)

大ムフティーのハッスーン師解任

シリア国外で活動する主要な反体制派メディアは11月15日、シリアのイスラーム法教法曹界における最高権威である大ムフティー(正式名はシリア・アラブ共和国大ムフティー)のアフマド・バドルッディーン・ハッスーン師が解任されたと伝えた。

ムフティーとは、イスラーム法(シャリーア)の規定に関して法学裁定(ファトワー)を発する権限を有する法学者のこと。シリアでは、宗教関係(ワクフ)省が任免権を持つ。大ムフティーは、県、都市などの地方自治体などにおけるムフティーたちの頂点に位置している。

ハッスーン師(1949年、アレッポ市生まれ)は、2005年から大ムフティーの職を務めていた。宗教関係省が15日に発出した決定によると、ハッスーン師は定年を迎え、また同省の職務について2018年法律第31号(2018年10月12日施行)が定める任期を終えていたために解任された。ハッスーン師は2021年10月25日に任期を終了していた。

物議を醸しだしたコーラン解釈

だが、ハッスーン師をめぐっては、11月10日に行われた歌手サバーフ・ファフリー氏(11月2日死去)の弔問会で、シリア難民(そして国外にいる反体制活動家)を卑下するような発言をしたことで、物議が醸し出されていた。

ハッスーン師は弔問会の席上でコーランの無花果章(第95章)について、次のような「逸脱した解釈(タフスィール)」を行ったのである。

聖コーランにおけるコーランの地図はどこにあるのか? 我々の礼拝において何度も誦えられている聖句のなかにある。

それは次のようなものだ。

『1. 無花果とオリーブにおいて、2. シナイ山において、3. また平安なこの町において(誓う)。4. 本当にわれは、人間を最も美しい姿に創った。』(無花果章)

アッラーはこれらの国(シャームのくにぐに、シナイ、メッカ)の人間を最も美しい姿で創られた。そして、そこを去った人間をもっとも低い者とした。

すなわち、信仰し、正しいことを行った者たちのみを完全なものとした。それゆえ、彼ら、つまり、シリアにとどまった者には絶えず良き報いが与えられている。

自分たちの国に戻り給え。国外にはあなた方のために祈ってくれる者を見出すことはできない。

このコーラン解釈に関して、イスラーム法学(フィクフ)科学評議会は11月11日に宗教関係省の公式サイトを通じて声明を出し、逸脱したものだとの見解を示していた。

宗教関係省HP
宗教関係省HP

大ムフティー職の廃止

宗教関係省と大ムフティーの意見の相違、そして対立は、シリアにおいて異例中の異例だった。それゆえ、問題はハッスーン師の解任だけにとどまらなかった。

アサド大統領は11月15日、2021年法令第28号を施行し、2018年法律第31号を一部改正し、フィクフ科学評議会の権限を強化するとともに、大ムフティー職そのものを廃止したのである。

2021年法令第28号の内容(全文)は以下の通りである。

第1条 2018年法律第31号第5条第A項を以下の通り改正する

第A項.(宗教関係)省内にフィクフ科学評議会の名で以下の通り会議を設置する:

 大臣:議長

 事務次官2名:委員

 シャームのくにぐにのウラマー連合議長:委員

 ダマスカス県第1シャリーア判事:委員

 各学派を代表するシリアの高位ウラマー30人:委員

 青年イマーム代表1名:委員

 聖コーラン女性ウラマー5名:委員

 シャームのくにぐにシャリーア学大学代表1名:委員

 国立大学シャリーア学部代表2名:委員

第2条 フィクフ科学評議会の任務にかかる2018年法律第31号第7条の規定に、以下の任務を加える:

第Z項.太陰暦の月の始まりと終わりの確定、新月の確認、イスラーム教の儀式や崇拝にかかる法学上の判断の発表。

第H項.すべての学派のイスラーム教学に準拠し、イスラーム法学上の証拠に基づいたファトファーの発出、これを組織・管理するために必要な基礎、基準、仕組みの構築。

第3条 2018年法律第31号第3条第H項を廃止し、同法第3部第9章の第35条を廃止する。

第4条 本政令は官報でこれを発表する。

ダマスカス ヒジュラ歴1443年4月10日 西暦2021年11月15日

大統領

バッシャール・アサド

削除された第35条は、大ムフティーの役職について以下の通り規定していた。

第35条第A項.シリア・アラブ共和国大ムフティーは(宗教関係)省の提案に従い、政令により、指名され、その任務と権限が定められる。任期は3年とし、法令によりこれを延長できる。

第B項.大ムフティーは施行されている法律の規定に基づき、給与と報酬を受け取る。

(改正前の2018年法律第31号はhttp://www.sana.sy/?p=827604、改正後の同法はhttp://www.sana.sy/?p=827604で全文(原文)が公開されている。)

この法改正は、国外で暮らすシリアの人々を見下すような発言をしたハッスーン師に対する毅然たる姿勢を示すとともに、ハッスーン師とフィクフ科学評議会の対立において後者に軍配を上げることで、シリアの宗教権威の足並みの乱れを解消し、同様の混乱が生じることを回避することを狙ったものだと言える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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