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今から139年前のマニラ台風のように真上を通過する台風で強度予報の改良

饒村曜気象予報士
古い世界地図 フィリピン(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

マニラ台風

 今から139年前、明治15年(1882年)10月20日、フィリピンのマニラ市を台風が直撃しています。

 この台風は、マニラ台風と呼ばれ、台風眼の詳しい観測資料が初めて得られたことで有名な台風です(図1)。

図1 マニラ台風の観測記録
図1 マニラ台風の観測記録

 マニラでは12時前に静穏となって眼に入っていますが、その前後には53.8メートルの最大風速を観測しています。

 台風眼に入り少し前に最低気圧は969ミリバール(ヘクトパスカル)を観測していますので、台風の中心気圧は960ヘクトパスカル台と考えられています。

 当時、東南アジアで気象を詳しく観測しているのはフィリピン、香港、日本くらいしかなく、日本で天気図を作って暴風警報業務を開始したのは、翌16年(1883年)2月16日からという時代の話です。

 後に中央気象台長となる岡田武松や、アメリカのバルー等、多くの学者が研究資料としてマニラ台風を使っています。

 ただ、マニラ台風は、山脈の影響を受けているため、台風眼の研究には必ずしも理想的な台風ではありませんが、この台風以降、観測資料に基づいて科学的に台風眼の研究が始まった、という意味で、歴史的な意義がある台風です。

 筆者は、以前、フィリピンに上陸した台風のコースを調べたことがあります(図2)。

図2 フィリピンに上陸する台風の経路
図2 フィリピンに上陸する台風の経路

 それによると、ルソン島北部に上陸するコース1や、サマル島に上陸しミンドロ島に抜けるコース4が主なものです。

 このほか、ルソン島のバギオに抜けるコース2、マニラに抜けるコース3も比較的多いコースです。

 マニラ台風は、コース3の経路を時速25キロくらいで通過したと思われます。

台風の強度の推定

 マニラ台風以後、気象観測地点が飛躍的に増え、台風に関して様々なことが分かり、予報精度もあがっています。

 現在は、気象衛星によって連続的に詳しい台風観測が行われています。

 しかし、たまたま観測点の真上を台風が通過する時の観測値が重要であることは、今も変わりがありません。

 戦後の台風観測は、昭和62年(1987年)8月まで行われていた米軍による飛行機観測(台風の中心でドロップゾンデという観測機器を投下し、中心気圧などを観測)が中心でした。

 昭和52年(1977年)7月に気象衛星「ひまわり」が打ち上げられると、気象衛星による観測から中心気圧(最大風速)を推定する方法が開発されました。

 この気象衛星からの推定が、ある程度の精度を持ったことから、危険を冒し多大な費用をかけて行ってきた飛行機観測が終了したともいえます。

 しかし、気象衛星から求めた中心気圧(最大風速)は、あくまで推定です。

 推定の誤差がどれくらいか、あるいは、改善するためにはどうしたらよいかということを考えるためには、今でも台風の真下の観測値が必要です。

 つまり、マニラ台風のように、観測所の真上を台風中心が通過した時の観測が重要なのです。

平成15年(2003年)の台風15号

 平成15年(2003年)の台風15号は、9月18日に沖縄の南海上で発生したあと、発達しながら日本の海上を東

進し、22日未明に八丈島の真上を通過しています。

 この時の八丈島の気圧は22日0時で962ヘクトパスカルでした。

 そして、22日0時33分に最低気圧958.6ヘクトパスカルを観測しました(図3)。

図3 平成15年(2003年)の台風15号の経路図(白丸は9時の位置で中心気圧は確定値)
図3 平成15年(2003年)の台風15号の経路図(白丸は9時の位置で中心気圧は確定値)

 気象庁の台風情報(速報)では、21日3時に970ヘクトパスカルだった台風15号の中心気圧は、9時に965ヘクトパスカルと少し発達させ、その勢力を維持したまま八丈島接近としています。

 このため、21日23時の台風情報は965ヘクトパスカルでしたが、22日0時の台風情報では955ヘクトパスカルと、1時間で10ヘクトパスカルも台風を発達させていました。

 しかし、気象衛星から見て、この時刻に急発達したというより、21日日中に黒潮の上を進むうちに下層から水蒸気の補給を受けて徐々に発達していったと考えられます。

 気象庁の再解析(確定値)によると、21日の台風の中心気圧は、9時に960ヘクトパスカル、15時に955ヘクトパスカルと発達させ、そのまま八丈島に接近・通過としています。

 このような事例の積み重ねで、衛星観測から台風の中心気圧(最大風速)を推定する技術の向上が計られています。

極端に発達する台風の個数

 台風が観測地点の真上を通過するというのは偶然ですが、この偶然によって貴重な観測データが得られ、それによって台風防災が発展してゆくということは、139年前から変わっていません。

 飛行機による台風観測が廃止となった昭和62年(1987年)8月以降、極端に発達する台風は発表されないのではないかということが言われています。

 事実、1990年代、2000年代では、920ヘクトパスカル以下に発達した台風の個数は、それまでの3個強から2個前後に減少しています(図4)。

図4 最低気圧が低い台風の年平均個数
図4 最低気圧が低い台風の年平均個数

 統計による推定では、例数が少ないものは精度が落ちるのが普通ですが、台風防災を考える時は重要な問題です。

 極端に発達する台風は、大きな被害をもたらす可能性が高いからです。

 飛行機による直接の観測が無くなった影響なのかどうか、本当に強い台風が減ってきているのか、さらなる検討が必要ですが、1990年代と2000年代で少なかったのは事実です。

 そして2010年代になって増えているのが気になります。

 観測所の真上を台風中心が通過した時の観測の積み重ね等によって、気象衛星からの推定する方法が改良されていますが、その方法で増えているとなっているからです。

図1、図2の出典:饒村曜(昭和61年(1986年))、台風物語、日本気象協会。

図3の出典:気象庁ホームページに筆者加筆。

図4の出典:気象庁資料を基に筆者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2024年9月新刊『防災気象情報等で使われる100の用語』(近代消防社)という本を出版しました。

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