思わずよだれが出てしまう!進化した「よだれ鶏」の世界
思わずよだれが出てしまう「よだれ鶏」
ここ数年、東京を中心とした新しい中国料理の潮流が生まれつつある。「ヌーベルシノワ(nouvelle cuisine chinoise)」が流行して久しいが、中国料理を革新的かつローカライズした新たな世界観の誕生は、長い歴史を持つ中国料理に新たな息吹を与えた。店の作りやプレゼンテーションはもちろん、使用する調味料や素材、そして調理法に至るまで、従来の中国料理の枠組みを超えた料理、いわば「フュージョン」である。
中国四川料理を代表する人気メニューの一つである「よだれ鶏」。漢字で書くと「口水鶏(コウシュイジー)」と書き、よだれが出てしまうほど美味しい、という意味が込められた料理名になっている。中国四川の文筆家が「想像しただけでよだれが出て来てしまう」と著書に記したことから、この名前がついたと言われている「よだれ鶏」。日本でもよく知られる中国料理の鶏肉料理には「棒棒鶏(バンバンジー)」もあるが、源流でもある中国四川では、「口水鶏」と「棒棒鶏」はほぼ同じ料理で、茹でた鶏肉を棒で叩いて切るか否かの違いしかない。
進化した新たな中国料理の世界では、必然的に「よだれ鶏」も進化している。多くの人が知る料理だからこそ、変化させるのも革新的なアプローチを取るのも難しい。しかしながら、それぞれの店が生み出した個性的な「よだれ鶏」の数々は、どれも私たちの想像の上をいくものばかりだ。
鶏本来の美味しさを生かす『私厨房 勇』
「私厨房」とはいわゆる「プライベートキッチン」のこと。2014年のオープン以来、白金高輪で人気を集め続けているのが『私厨房 勇(ユン)』(東京都港区白金6-5-5)だ。都会の喧噪から離れた閑静な白金の地で、シェフの自宅の厨房に招かれたような雰囲気の中で味わう料理の数々は、広東料理をベースに持ちながらも、四川のエッセンスや最新の香港のトレンドも取り入れ、シェフのオリジナリティにあふれたものばかり。
オーナーシェフの原勇太さんは、数々の人気店で腕を磨いた後に自らの店を開いたベテラン料理人。中国料理には珍しい「ワインとのマリアージュ」もいち早く提案するなど、中国料理の世界に常に新風を送り込んでいる。そんなシェフが作る「よだれ鶏」は、鶏肉を敢えてタレに漬け込まず鶏本来の味わいを生かした一品。麻辣の味わいと香菜の爽快感が口の中で一体となった「よだれ鶏」を再構築した一皿だ。
焼き茄子を忍ばせる『淡路町 雅宝 ARBOL』
神楽坂で人気の一軒家イタリアン『ARBOL』が手がける新店『淡路町 雅宝 ARBOL』(東京都千代田区神田淡路町2-23-7)は、まさかの中国料理専門店。オフィスビルが立ち並ぶ神田淡路町の街角にある築50有余年の古民家をリノベーション。神楽坂と同様、オープンキッチンが印象的な二階建ての一軒家レストランは、バーカウンターから個室まで、様々な用途で利用することが出来る。長年中国料理の世界に身を置いていたシェフがキッチンに立ち、ARBOLならではの遊び心やオリジナリティもあるボーダーレスなチャイニーズを目指している。
シェフの塚越友明さんが作り上げた「よだれ鶏」は、山梨県美桜鶏の美味しさを程よい辛さのオリジナル麻辣油と、老舗醸造所「横井醸造」の黒酢の酸味によって引き出した一品。しっとり柔らかな鶏肉の下には焼茄子を忍ばせる遊び心も。焼き茄子独特の風味が驚くほどに「よだれ鶏」とマッチしている。
名店の味をリスペクト『MATSURIKA』
多摩川に程近い街、武蔵新田に2019年オープンしたのが『名物よだれ鶏と濃厚鶏白湯麺 MATSURIKA』(東京都大田区矢口1-13-15)。濃厚で深みのある味わいの鶏白湯ラーメンは、地元はもちろんラーメンファンにも高く評価されているが、ラーメンと二枚看板を張る人気メニューが専門店顔負けの本格的な「よだれ鶏」だ。
オーナーシェフの高橋佑介さんは、広尾の人気店『中華香彩JASMINE』出身。中国料理の世界で10年以上にわたり腕を磨いてきた高橋さんは、自分が学んできた中国料理の魅力を気軽に楽しんでもらいたいと、よだれ鶏と鶏白湯麺をメインにしたスタイルの店を開いた。高橋さんが作る「よだれ鶏」は、修行先の味をリスペクトし継承しつつも、自分なりのオリジナリティも追求して完成させたもの。器にたっぷりと入ったタレには15種類もの香辛料を使用。さらに胡麻やナッツもふんだんに採り入れることで、食べながら弾けるような食感も楽しむことが出来る。このタレをご飯にかけたり、餃子につけたりする常連客も数多い。
見るも鮮やか、食べれば驚き。「よだれ鶏」という一つの料理を通じて、料理人の自由な発想と伝統への挑戦を楽しんでみよう。
※写真は筆者の撮影によるものです。