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「女子であってよかった」父に認められ嬉しいまひろ。「大事なシーンでした」〈光る君へ〉吉高由里子

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「光る君へ」より 宮中にあがったまひろ(吉高由里子) 写真提供:NHK

「枕草子」誕生に負けないぐらいのきれいなしつらえの場面も

いよいよ「源氏物語」を書き始めたまひろ。そこにはどのような思いが渦巻いているのか、さらに、道長(柄本佑)との関係やききょう(ファーストサマーウイカ)、賢子との関係をどう捉えているかかも、2年以上にわたってまひろというひとりの人物に向き合っている吉高由里子に聞いた。

――女房になったまひろのことを柄本佑さんが「めっちゃ紫式部っすよ」とおっしゃっていました(吉高さんのインタビューの前に柄本さんのインタビューが行われた)。

吉高由里子(以下吉高)「プレッシャーになるようなことを言い残さないで欲しいですよね(笑)。私が紫式部よ、なんて自信をもって思ったことは一度もなくて、『パープルちゃん』と呼んだりして、皆さんに愛されるキャラクターになればいいなと思いながらやってきました。『めっちゃ紫式部』かはわかりませんが、まひろが宮中にあがり、これまでと衣装も毎日見る風景もがらりと変わったことは確かです。衣装はこれまで以上に動きづらくて大変です(笑)」

「光る君へ」より 写真提供:NHK
「光る君へ」より 写真提供:NHK

いよいよ「源氏物語」へーー

――「枕草子」誕生も印象的でしたが、ついに「源氏物語」を書くシーン(第31回)を撮ったときはいかがでしたか。

吉高「第31回で、まひろが『源氏物語』を思いついた瞬間、はらはらと上から無数の和紙が落ちてくる場面は、これまで積み重ねてきたものがようやく結実し、ここからが第2章のはじまりという印象で、演じながら早く映像を見たいと楽しみだったほど気に入った場面です。何時間撮影していてもいいくらいで、このまま終わらないでほしいという気持ちになりました。それと、(今後の見どころとして)『源氏物語』を帝に献上するための一冊の本にする場面も好きです。『枕草子』誕生に負けないぐらいのきれいなしつらえを仕込んでいただきました。本ができるまでの過程を丁寧に、時間をかけて撮影しました。まひろがひとり机に向かって文字を書くシーンはバリエーションをつけにくいですが、ひとりひとりが手分けして本を作る場面は視聴者のかたにも面白く見ていただけるのではないかと思います」

「光る君へ」より 第31回 「源氏物語」が脳裏に浮かんできたまひろ 写真提供:NHK
「光る君へ」より 第31回 「源氏物語」が脳裏に浮かんできたまひろ 写真提供:NHK

――これまで積み重ねてきたものの結実ということで、まひろのこれまでの経験が「源氏物語」に生かされていくようですね。

吉高「第1回から第31回まで、『源氏物語』を知っている人なら気がつく『源氏物語』を思わせるエピソードが散りばめられてきました。『源氏物語』を読んでない人も、あとからドラマのあのときのエピソードが『源氏物語』のここにつながっているのかとわかるような構成で、読んでいる人も読んでいない人も一緒に楽しめます。まいた種がひとつひとつ花を咲かせていく展開をつくりあげた大石静先生のすごさを感じます。たくさんの資料を読み込んで、『源氏物語』の要素を多角的に物語に取り込んでいるのだろうと思います。産みの苦しみを頑張って乗り越えて書かれてきたのでしょうね」

――例えば、どのあたりが「源氏物語」に生かされていますか。

吉高「第1回の、鳥かごから小鳥が逃げて、まひろがその小鳥を探して外を彷徨うと三郎に出会う場面は、『源氏物語』の逃げた小鳥を追いかけるエピソード(5帖『若紫』)とつながっています。私は最初、それを知らなかったのですが、『光る君へ』に出演するにあたって『あさきゆめみし』を勧められて読んで、そういう場面があることを知りました。漫画で読むと場面も想像しやすいのですが、文字だけで読んでいる方々の頭のなかはどんなふうになっているのでしょうね。その方たちの答え合わせに『光る君へ』がなっているのか気になるところです」

――第32回でまひろは道長に頼まれ、帝のために物語を書いていますが、あるときから自分のために書くようになります。なぜまひろはその自分のために書こうと思うようになったと解釈しますか。

吉高「帝のために書いた物語が偽物のように思えたのではないかと思います。自分の中での違和感というのか、私じゃないような、むしろ私じゃなくても書けるのではないかと思ったのではないでしょうか。そこで書き方や向き合い方を変えたら、もはや帝のための物語ではなくなってしまったのかなと。自分が面白い物語を書きたいと思う、その気持ちにたどり着くまでが作家さんにとってすごく大変なのだと思うんです。いくら書きたい気持ちがあっても書きたいものが明確にならないと書けないですよね。たぶん、まひろもようやくバチッ!と来た瞬間があったのではないでしょうか。そうなったらもう夢中になるのがまひろなんです。彼女は猪突猛進型の人間だと思うので、そこから猛然と書きはじめたのでしょう」

――ではこれからのまひろは書くことにまい進していくだけ?

吉高「たぶんですが、書き始めたときは何か結果を残してやろうと思っていたわけではないと思います。ただ頼まれたからには役目に応えたいという気持ちで書き始めたのだと思うんです」

「光る君へ」より 粛々と執筆するまひろ 写真提供:NHK
「光る君へ」より 粛々と執筆するまひろ 写真提供:NHK

道長への気持ちが爆発しないように一生懸命、蓋をしている

――「源氏物語」によって道長との関係も変わってきますか。

吉高「まひろの置かれた環境や立ち場が変わったことで道長との関係も自ずと変わりました。これまで同じ空間にいられることがなかったふたりが、一緒にいられるようになったことは大きな違いですよね。ほんとうはずっと一緒にいたかったふたりですから。ただ、逆に、物理的にはすごく近くにいるにもかかわらず、心理的には遠い関係にもなってしまった気がするんです。一生、結ばれないだろうし、まだまひろが宮中の外にいたときのほうが、身分は違うけれど、一緒にいたい思いが強い分、心の距離は近かったような……。惹かれ合っていることはずっと変わらなくて。いまはその気持ちが爆発しないように一生懸命、蓋をして、その蓋をした箱からも距離をとっているような気がします」

――ソウルメイトとはどういうものだと思いますか。

「道長とまひろはもはや恋愛感情の域を超えています。戦友でもなく、拠り所なのかな。生きがいみたいなもの? 光と影の存在のようなーーまひろが影の部分の時は道長が光っていて、まひろが光るときは道長が影になって支えてくれるという関係なのではないかなと思います。一緒に同じ方向を見て戦うにはすごく心強い存在です」

「光る君へ」より まひろと道長(柄本佑)の関係 写真提供:NHK
「光る君へ」より まひろと道長(柄本佑)の関係 写真提供:NHK

母親役は難しい

――賢子が実は道長の子であることをどんなふうに受け止めましたか。

吉高「人間ですから、そういうこともあるのかなって……。不倫はいけないことですし、そういうルールは人が生きていくうえで必要なものですが、どこかでまひろのように、何事にもとらわれず、自分の感性をむき出しにして生きていくことに誰しも憧れがあるのかもしれないですよね。彼女の生き方は、それはそれで美しいような気もします」

――子供を産み育てるようになったまひろをどのように演じていますか。

吉高「母親役は難しいと感じながらやっています。ぶつかったかと思うと、思春期を迎えたら急に仲良くなることもある、そういう母娘の微妙な距離感を、私は娘という立ち位置でしか経験したことがないですから。でもぶつかりあったり、口をきかなかったりすることはリアルだなと思うんです。気持ちを想像したり、いろいろな親子を参考に見たりしながら探り探りやっています」

「光る君へ」より 娘・賢子とまひろ 写真提供:NHK
「光る君へ」より 娘・賢子とまひろ 写真提供:NHK

為時にやっと認めてもらえた大事なシーン

――道長の正妻でなければいやだったまひろが、道長の子供を生んだことで、正妻ではないけれど強い自信を持てたのでしょうか。

吉高「自信はないと思います。宣孝(佐々木蔵之介)と結婚した時点で、もうそういう女としてのプライドはなくなっていると思います。若い頃は、こわいもの知らずで、自分の可能性を多く見積もってしまいがちですよね。でもある程度、年齢を重ねたら、思ったとおりにはなれない難しさにぶち当たることは、平安時代に限ったことではなく、現代でもよくあることで。まひろもある時点で自分のピークを悟ったのでしょう。また、為時(岸谷五朗)や乙丸(矢部太郎)やいと(信川清順)たちにこれ以上心配をかけたくない気持ちもあったと思います。誰かに養ってもらうことはすごく嫌だったでしょうけれど、選択肢がないところまで追い詰められて、もらってくれる人(宣孝)に最後はすがる思いでいったようなものなので。道長との子供がいるから強いなんて思える次元じゃないと私は思います。自分も家族も生きることに必死で、気づいたら赤ちゃんがお腹に宿って大きくなったような感覚なのではないでしょうか」

――第32回で、為時に「お前が女子(おなご)であってよかった」と言われてまひろが感動するシーンをどういうふうに思って演じましたか。

吉高「そこはすごく大事なシーンでした。これまで32回分やってきて、為時に『お前が男であったらな』としか言われてこなかったまひろがやっと認められた瞬間です。まひろにとって、自分のすべてを認めてもらいたい人がお父さんだったと思うんですよね。まだそのとき彼女はそうなるとはわかっていないですが、父の遺伝子があったからこそ作家として注目される人物になるわけですし。物語や文学に関して、一番認めてもらいたかった人に『お前が女子であってよかった』と認めてもらえて、生まれてきて良かったと思える、すごくうれしい言葉だったと思います」

――女でも活躍できるとお父さんに認めてもらえたということですか。

吉高「そこにいていいんだという気持ちと居場所をやっと見つけたことって、名前をもらって生きていけるような感じですよね。女でも、仕事を成し遂げることができるし、内裏にも上がれた。その事実は、名前をもらった喜びと一緒くらいなのではないかなと思うんですよね。お父さんの一言で苦しかった今までがすごく報われたんじゃないかなと台本を読んで思いました」

――「源氏物語」というのは女性だからこそ書けた文学なのでしょうか。

吉高「紫式部にどう思うか直接聞きたいですよね(笑)。でもきっとそうなんじゃないでしょうか? 政をやっている男性たちには見えない状況や人間関係は、女性の視点だと思いますよね。もし式部が男性だったらまた全然違う話を書いて、それはそれで話題になったかもしれないですけれど」

「光る君へ」より 父に認めてもらえたまひろ 写真提供:NHK
「光る君へ」より 父に認めてもらえたまひろ 写真提供:NHK

自分の目で見てわかる成長は「書」

――ファーストサマーウイカさんはききょうとまひろは強い先輩と苦笑いして話を聞いてくれる後輩というふうにおっしゃっていました(ファーストサマーウイカさんインタビュー参照ください)。ききょうとの関係をどう考えていますか。

吉高「やっと自分のレベルで話が合う友達に出会えたという感じではないでしょうか。最初、倫子(黒木華)のサロンに参加したとき、場に合わせて自分の話す速度やレベルを変えて遊んでいたと思うんです。それまで女友達がいなかったから、それはそれで楽しかったとは思います。でも、華やかな学ぶ場に憧れて飛び込んだのはいいけど全然会話のレベルが違っていて、みんなに合わせた偽物の自分でいたら、ききょうが現れた。彼女はある意味、いきなり動物がお腹を出してくれたような状態で、率直に話してくれて、それが気持ちよくて嬉しくて。会話のレベルの偏差値も高くて、まひろの話を理解してくれるしドキドキワクワクできたのでしょう。この先も、ききょうとのシーンがあります。そこではこれまでのききょうのイメージが変わってしまうかもしれませんが、何にも囚われずに自分の信じた道を貫ける強さをまひろが持っていないからこそ、ききょうに憧れているところもある気がします」

――ここまでまひろを演じてきて、改めていま、どう感じていますか。

吉高「制作発表から2年ぐらい経つのかな。2022年5月11日に発表されてから2年以上、同じ作品に携わるのは、朝ドラを超えた体験です。朝ドラは約10ヶ月で、大河はそれ以上の長丁場になりました。大人になると、よほど意欲的にならないかぎり、生まれて初めての経験になかなか出会えないものですが、今回、巡り合わせで、初めての経験ができる機会をいただき、ここまでやってきました。演技のことは自分ではわかりませんが、自分の目で見てわかる成長は『書』でしょうか。この作品が始まる半年前以上からコツコツ練習をしてきました。最初は目も当てられないもので、それは十代ということでよしとしていただき(笑)、じょじょに三十代、四十代と年を重ねるなかで、書も成長したと言っていただけるようになりました。書は向き合う時間の分だけ、ちゃんと応えてくれるものなんですね」

――物語もそろそろ終わりに近づいていますが。

吉高「最終回を終えたとき、何を思うのだろうなあという気持ちがこみ上げてきたりしています」

「光る君へ」より これからのまひろの活躍に期待 写真提供:NHK
「光る君へ」より これからのまひろの活躍に期待 写真提供:NHK

〜取材を終えて

書の練習は孤独だと吉高由里子は言った。孤独な長い練習を経て、本番はほんの一瞬。その長い大変な時間を2年以上続けているのだ。取材ではとてもあっけらかんとして見える吉高だが、たったひとりの書の練習のようにきっと主演の重責を背負っている。ベースはあっけらかんながら、軽めの質問には軽めに、まじめな質問には真面目に応え、ひじょうにクレバーだ。そして、ときおり口にする作家の産みの苦しみへの理解度は、紫式部という作家の人生をその身に染み込ませているのだと感じる。道長との距離を「蓋した箱」に例える感性も文学的である。大石静の大変さを実感するのも作家を演じているからだろう。吉高は、これまでも、村岡花子や伊藤野枝という作家を演じてきたこともあって、作家とは何か、身と心でわかっているのではないかと思う。柄本佑が「めっちゃ紫式部」というように吉高由里子は紫式部になっているのだ。

Yuriko Yoshitaka

1988年7月22日、東京都生まれ。2006年に「紀子の食卓」で映画初出演。08年、映画「蛇にピアス」で第32回日本アカデミー賞新人俳優賞、第51回ブルーリボン賞新人賞受賞。14年、NHK連続テレビ小説「花子とアン」で主演。近年の主な出演ドラマ作品に「知らなくていいコト」「最愛」「星降る夜に」、映画「風よ あらしよ 劇場版」などがある。

大河ドラマ「光る君へ」
【放送予定】2024年1月~12月
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大 
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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