安倍ー麻生連合と菅―二階連合の対立から生まれた自民党幹事長交代劇
8月31日は20年にわたる米国史上最長の戦争に終止符が打たれ、アフガニスタンから米軍が完全撤退する歴史的な日だったが、この日、日本の朝刊の紙面を飾ったのは「二階幹事長交代へ」という衝撃的なニュースだった。
私は前回のブログで、現下の政治構図を安倍―麻生連合VS菅―二階連合の戦いと書き、9月17日に告示される自民党総裁選は実は誰が総裁になるかが焦点というより、二階幹事長の続投を巡る暗闘こそが注目されると書いた。それが早くも暗闘ではなく、菅総理による党人事刷新という表の動きとして現れたのである。
報道によると、菅総理は30日の午後3時半から約30分間、総理官邸で二階俊博幹事長、林幹雄幹事長代理と会談し、追加経済政策の検討を指示する一方、党役員の刷新を検討していることを伝え、これに二階氏は「自分に遠慮せずに人事をやってほしい」と交代を容認する発言を行ったという。
これについて新聞各紙の受け止め方に微妙な違いが出た。1面トップで「二階幹事長交代へ」の見出しを掲げ、交代が決まったように伝えたのは朝日と毎日である。産経や日経はトップにはせず、しかし1面の扱いで産経の見出しは「交代へ」、日経の見出しは「交代を検討へ」と違った。最も小さく扱ったのは読売で、2面に「交代を検討へ」の見出しだった。
つまり朝日、毎日、産経は「交代が決まった」と受け止め、日経と読売は「交代も含めた検討に入る」という受け止めで「交代が決まった」と断定してはいない。私はこのニュースを30日夜にテレビで知った時、二階幹事長の続投に反対する側に対する菅―二階連合の先手を打った反撃ではないかと思った。
あまりにも常識的でない話だからだ。9月の自民党総裁選は既に17日告示29日投開票という日程が決まっている。そして10月21日には衆議院議員の任期が満了する。その前後には必ず衆議院選挙がある。それを前に選挙を取り仕切る幹事長を交代させるなど聞いたことがない。
二階幹事長のもとで積み上げられた選挙の準備はすべてが白紙になる話だ。自民党にとっては非常事態と言っても良い。ところが自民党の若手議員の中からは、内閣支持率が過去最低を記録し続ける菅総理では「選挙は戦えない」の声が上がり、同時に安倍―麻生連合の中からは二階幹事長の交代を促す声が出ていた。
それを受けて岸田前政調会長は、自分が総裁になれば二階幹事長を辞めさせるという改革案を打ち上げ、安倍―麻生連合に媚びを売って支援を取り付けようとする動きを見せた。安倍―麻生連合の数の力は自民党総裁選を左右するので、菅総理もそれを無視するわけにはいかない。
そこで二階幹事長と示し合わせ、幹事長交代を含めた人事刷新を総裁選の前に行うという「策略」を練り、岸田氏の動きを封じ込めると同時に、二階幹事長を交代させると何が起きてくるのかを、幹事長交代を求める側に考えさせようとしたのではないかと思ったのだ。
菅総理が二階幹事長を交代させると言えば、安倍―麻生連合が岸田氏を支援する理由はなくなる。そもそもは菅政権を短命で終わらせ、岸田氏に交代させて岸田傀儡政権を作るつもりでいたが、岸田氏にコロナ禍の乱世のリーダーが務まるとは思えない。菅総理が二階幹事長を交代させるなら、菅総理を傀儡にすれば良いと安倍―麻生連合は考えた。
二階幹事長が選挙を仕切れば、第一派閥の細田派(事実上の安倍派)と第二派閥の麻生派の数が減り、二階派の数が増える可能性が大きい。無派閥の菅総理はいずれ二階派を引き継ぐつもりでいるから、菅総理と二階幹事長に選挙を仕切らせれば自民党内の力学が変わる。そうさせないためには幹事長は安倍―麻生連合から出さなければならない。
安倍―麻生連合が考える幹事長候補は甘利明党税調会長と言われた。安倍―麻生―甘利の協力関係を3Aと呼び、二階は2Fだから、この対立関係は「3A対2F」と表現された。その「3A対2F」の対立が鮮明になったのは、河井克行・案里夫妻が2019年の参議院選挙で地方議員の買収工作を行った公職選挙法違反事件である。
自民党から1億5千万円の資金が河井夫妻に提供された件で、二階幹事長は今年5月「私は関係していない」と発言した。そして林幹雄幹事長代理が「広島は当時の選対委員長が担当していた」と解説し、甘利明氏を名指しして関与をうかがわせた。
これに甘利氏が「私は1ミクロンも関係していない」と強く否定すると、二階幹事長が今度は「責任者は党総裁と幹事長」と述べ、自分にも責任はあるが、安倍前総理にも責任があると発言を変え、安倍前総理の関与をほのめかした。
この事件は、大がかりな買収工作で法務大臣経験者が実刑判決を受けるという前代未聞の事件だが、当初から安倍前総理の関与が指摘されてきた。岸田派の重鎮である溝手顕正参議院議員は安倍嫌いが有名で、2019年の選挙に当選すれば参議院議長になる可能性があった。
安倍前総理は溝手氏を落選させるため、自分と近い河井克行衆議院議員の妻である案里氏を立候補させ、巨額の資金を自民党から提供させて案里氏を当選させ、溝手氏を落選させたと言われている。
この選挙には当時の菅官房長官も深くかかわり案里氏を応援した。その巨額な資金提供を二階幹事長が「関係していない」と発言したことで世間の注目が集まり、しかし注目はされたが誰の指示かはいまだに説明されていない。謎として残っている。
二階幹事長の交代を含めた人事刷新は来週と言われる。もはや総裁選どころか、菅総理が誰を幹事長に起用するかの一点に注目は集まるだろう。「自分に遠慮せずに人事をやってほしい」と二階幹事長に言われた菅総理は、逆に二階氏の意向を尊重する人事をやるしかなくなったと私は思う。
候補として野田聖子幹事長代行や萩生田光一文科大臣の名前が挙がっているが、私は人事権が菅総理から二階氏に移ったことで、二階氏の意向通りに動く人物が幹事長になるだろうと思う。つまり二階幹事長は交代しても交代していないと同じことになる。
しかし国民から見れば人事は刷新されたことになり、これまでのモヤモヤした雰囲気は一新される。それが菅総理と二階幹事長が考えた「策略」である。そのせいか、今日の株式市場は菅政権に安定感が出てきたことを歓迎して株価が上昇した。
こう書いてきたところ、自民党総裁選はなくなり、9月中旬に菅総理が解散に打って出るというニュースが流れてきた。そうなると人事は刷新され、幹事長は交代したとはいえ、事実上二階幹事長が選挙をやるのと変わらない状況が生まれる。
二階幹事長の交代を求めてきた安倍―麻生連合にとっては思いもよらない展開ではないだろうか。自民党総裁選より総選挙が先になったことは国民に政治参加の機会が訪れたことを意味する。その選挙で自公が過半数を制すれば菅総理の力は上向き、おそらく自民党内の政治力学でも安倍―麻生連合に対して今よりは優位に立てることになる。
一方、野党が過半数を制すれば、政権交代が起きて枝野政権が誕生することになる。そのためには野党の選挙協力が欠かせないが、どこまで候補者の一本化調整が出来るか、野党の力量が問われる。
私はコロナ禍の現状を考えれば総選挙はワクチン接種が行き渡るまで遅れると考え、11月総選挙を予想してきたが、予想は外れた。しかしコロナ禍でモヤモヤした心理を抱え、憤懣を内に抱えてきただけに、その思いを選挙にぶつけられるのは良いことだ。
いずれにしてもこの政治の急展開は、安倍―麻生連合と菅―二階連合の対立が生み出したものだと思う。考えてみれば前総理が現総理を数の力で支配しようとしたことから、分かりにくい暗闘劇が続いてきた。選挙がそれを吹き飛ばしてくれれば幸いだ。