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サム・シェパードが死去。ライター、カウボーイ、真の意味での愛国主義者

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 サム・シェパードが亡くなった。73歳だった。 ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っており、アメリカ時間7月27日、ケンタッキーの自宅で、家族に囲まれて息を引き取ったとのことだ。Netflixのドラマ「ブラッドライン」が、 最後の出演作となった。

 シェパードはイリノイ州生まれ。高校時代には農場で仕事をし、大学でも一時期、農業を学んでいる。しかし、演技に魅了され、 退学して劇団に入団。ニューヨークでウエイターとして働きながら俳優の仕事を探すうちに戯曲を書き始め、1966年から68年の間に、オビー賞を6回も受賞した。79年には「埋められた子供」でピューリッツァー賞を受賞。 68年の「Me and My Brother(日本未公開)」で、初めて映画の脚本を共同執筆する。その後、ヴィム・ベンダース監督の「パリ、テキサス」(84)、「アメリカ、家族のいる風景」(05)、 私生活のパートナーであるジェシカ・ラング主演の「ファーノース」(88)、故リヴァー・フェニックスが出演した「アメリカンレガシー」(92 )などの脚本を執筆。「ファーノース」と「アメリカンレガシー」では、監督も兼任した。

 俳優としては、「ライトスタッフ」(83)でオスカー助演男優部門にノミネートされている。ほかに、「マグノリアの花たち」(89)、「ヒマラヤ杉に降る雪」(99)、「ソードフィッシュ」(01)、「ブラックホーク・ダウン」(01)、「きみに読む物語」(04)、「ジェシー・ジェームズの暗殺」(07)、「マイ・ブラザー」(09)、「デンジャラス・ラン」(12)、「8月の家族たち」(13)など、多数の作品に出演した。

 しかし、シェパードにとって、自分は、何よりも先にライターだった。2005年、「アメリカ、家族のいる風景」が上映されたカンヌ映画祭でのインタビューで、彼は、「僕はライター。すべてのルーツはそこにある。演技は、ライターであることの一部にすぎないんだよ。理解してもらえるか、わからないけれどね。ほかのことは、すべてグレイビー(ソース)だ」と語っている。この時、彼はまた、「エンディングを考えるのは嫌い。いつも悪夢だ。だって、何事も、終わるとは思えないから。全部うまくすっきりまとめてしまおうという誘惑はあるが、それは絶対嫌だし」と明かしてくれた。

 さらに、パルムドールに輝いた「パリ、テキサス」を、実は心から気に入っていないことも、認めている。「アメリカ、家族のいる風景」は、「パリ、テキサス」を補うために作ったのかと聞かれると、「そんなふうに考えて作ったわけじゃないが、結果的にそうなったのかもしれない」と言い、「パリ、テキサス」の苦労話を教えてくれた。「『パリ、テキサス』の時、僕らは焦らされていた。今回は、納得がいくまで練り上げることができた。贅沢だと言ってもいいね。ちょっと書いて、離れて、また戻ってきて続きを書く感じだったんだよ。『パリ、テキサス』のラストシーンは、ヴィムと電話でやりとりしながら書いたんだ。僕はアイオワでジェシカ(・ラング)と『カントリー』を撮影していてね。メールとかもない頃で、電話でせりふを相談したんだ。原始的だよねえ(笑)」。

愛国心とは、政府ではなく国に対する思いのこと

「アメリカ、家族のいる風景」も含め、彼の書いた作品にはたびたび、 馬やアメリカの大地といった要素が登場する。彼自身も農場に住んでいたが、彼のはランチ(ranch)ではなくファーム(farm)だと言った。「ランチは、ミシシッピの西にあるもの。ミシシッピの東はファーム」なのだそうだ。

 カウボーイに関しても、彼には言いたいことがある。「僕は自分でやったことがあるけれども、多くの人は、カウボーイが労働者だってことを知らない。ロマンチックなヒーローじゃなくて、実際には労働者なんだ。仕事内容は退屈 。動物を相手にした、実用的な仕事が長時間続く。 カウボーイというのは、本来、子供なんだよ。牛を動かす仕事を頼まれた子供。そこから、独立心旺盛で、自由気ままなイメージができていった。政府からも、家族からも、縛られない、ね。カウボーイは、アメリカの歴史の、重要な一部なんだ」。

 続いて彼は、愛国者、愛国心というものも誤解されていると指摘した。「本来、愛国心というのは、政府でなく、国に対する思いのことなんだ。そこがごっちゃにされている。愛国者というと、右翼かと思われる 。僕は、アメリカという国に忠誠心を持っている。僕の祖先が作ったんだよ。パイオニアたちがね。ジョージ・ブッシュよりずっとずっと前に。はるか昔、マーク・トウェインは、『政府を支持しなさい。もし、その政府にその価値があるのならば』と言った。今の政府にその価値はない。今は、政府を恥じるべき時だ」。

 しかし、彼は、アメリカという国のことは、強く愛すると断言。つまり、彼は、本来の愛国者なのだ。「彼らが西に向かっていた時、馬車の中には、実際に血のつながりのある人ばかりが乗っていた。従兄弟だとか、大きな意味での家族。そして、彼らはお互いに忠実だった。それが、本来のアメリカの価値観なんだ。今、それはどこに行ってしまったんだろう?南部の小さな街なんかには、まだあるのかな。もうひとつは、大地とつながっていること。農業者としての意識。でも、僕らは今、都会に住み、メールの世界に生きている」。

 アメリカを心から愛したシェパード。彼と、彼の残した作品は、これからも、アメリカを越えて、多くの人々から愛され続けるだろう。ご冥福をお祈りする。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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