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鎮静化しない米国内の「朝鮮半島戦争勃発説」 「軍事衝突は避けられない」が大勢

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
パパロ・インド太平洋司令官とクリングナー上級研究員(米議会から筆者キャプチャ)

 韓国政府は4月の総選挙に向け北朝鮮が挑発しかねないと警戒しながらもその一方で国民が不安を抱かないよう、経済に悪影響を及ぼし、株が下落し、投資が鈍化しないよう米国発の「朝鮮半島クライシス」の打ち消しに腐心しているが、「朝鮮半島で紛争が起きるかも」の米国内の議論は全く収まる気配がない。

 新年早々金正恩(キム・ジョンウン)総書記の「戦争という言葉はすでに我々に抽象的な概念ではなく、現実的な実体として迫っている」「万一の場合、核戦力を含む全ての物理的手段と力量を動員して南朝鮮の全領土を平定するための大事変の準備に引き続き拍車を掛けなければならない」「大韓民国が我が国家を相手にあえて武力使用を企図しようとしたり、我々の主権と安全を脅かそうとしたりするならば、またそのような機会が与えられるならば、躊躇することなく手中の全ての手段と力量を総動員して大韓民国を完全に焦土化してしまう」等々の強硬発言が米国内で危機感が高まる要因となったが、事の発端は米ミドルベリー国際研究所のロバート・カーリン研究員とスタンフォード大学のジークフリード・ヘッカー博士が先月11日に北朝鮮専門メディア「38ノース」に共同で「朝鮮半島の状況は1950年6月初め以来、最も危険だ」と寄稿したことから始まった。

 これにクリントン政権時代の1990年に米国の対北核交渉担当官だった米ジョージタウン大学のロバート・ガルーチ名誉教授が先月11日に外交・安保専門誌「ナショナルインタレスト」に寄稿した文で「2024年東アジアで核戦争が起きるかもしれないとの考えを最小限、念頭に置く必要がある」と加勢したことで「朝鮮半島クライシス」が拡散することになった。

 続いて、米シンクタンク・アジアソサエティの副会長でもあるダニエル・ラッセル氏は1月25日に開かれたソサエティのフォーラムで「金正恩は2010年の延坪島攻撃を超える攻撃をする意図があるようにみえる」と予測し、「我々は金正恩が衝撃的に物理的攻撃を行う可能性に備えるべきだ」と警告を発し、同じ日、米紙「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)が複数の当局者の話として「北朝鮮、今後数か月内に韓国に致命的な軍事行動の可能性」と報じたことで一気に火が付いてしまった。

 「NYT」の記事が出る直前の24日に北朝鮮が巡航ミサイルを発射し、以後、1月は28日、30日と立て続けに発射したこともあって昨年7月に次期インド太平洋司令官に指名されたサミュエル・パパロ氏は今月1日(現地時間)に開かれた米上院軍事委員会の承認公聴会に提出した書面の中で「北朝鮮は引き続き在来式軍事力と戦略軍事力を進展させている」と回答し、また公聴会では直接「朝鮮半島での武力衝突と連結した戦略的軍事的脅威が存在する」と発言するに至った。

 北朝鮮が4度目の巡航ミサイルを発射した2月2日には米国家情報局(DNI)傘下の国家情報会議(NIC)北朝鮮担当情報官であるシドニー・サイラー氏が「北朝鮮がある程度、戦争に備えているのは事実だが、北朝鮮の攻撃が差し迫っているとの兆候はない」と、冷静な分析を披露したものの「2017年のミサイル危機及びここ数年間の挑発は米朝の葛藤及び南北衝突の憂慮を加重させている」とコメントし、南北衝突の可能性については否定しなかった。

 さらに、米保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」のブルース・クリングナー上級研究員は昨日、自身の記事で「北朝鮮の扇動的で驚異的な言動に過度に反応するのは危険だが、北朝鮮が致命的な戦術的攻撃を再開する可能性に対するシグナルを無視するのも危険である」と指摘し、全面戦争の代わりに「非武装地帯(DMZ)や北方限界線(NLL)で戦術レベルの軍事衝突が発生する公算が高い」とする考えを述べていた。同時に「南北共に挑発には強力に対応する態勢を取っていることから誤判による軍事行動が起きる危険が実際にある」とも指摘していた。

 クリングナー上級研究員は今のような危険な状況下では北朝鮮に接する地域での軍事訓練は北朝鮮が北侵準備と誤解する可能性があることから訓練を北朝鮮に事前通告するか、もしくはDMZでやらないよう注文を付ける一方で、米政府に対して「韓国が北朝鮮の行動に過度に対応しないようアドバイスすべきである」と進言していた。

 この他にもスコウクロフトセンターのマーカス・ガルラウスカス・インド太平洋安保イニシアチブ責任者がニューヨークで先月31日に米外交政策協議会(NCAF)と「コリア・ソサイアティ」が共催して開いた座談会に出席し、「北朝鮮は全面戦争を触発しない線でより強度の高い局地的挑発を行う能力を高めた」と発言し、また同席した文在寅(ムン・ジェイン)前政権の安保責任者だった文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学名誉教授も戦争が勃発するとのロバート・カーリン研究員らの考えに異を唱えたものの「2024年前半に偶発的な軍事衝突と拡戦の危険性は非常にある」と発言していた。

 今のところ、韓国軍はDMZ5km以内での砲兵射撃訓練及び連隊級以上の野外機動訓練や拡声器放送を自粛しているが、南風になる3月には脱北団体による対北宣伝ビラの散布や米韓合同軍事演習が予定されていることからそれらに反発する北朝鮮が2010年の延坪島砲撃事件のような強度の高い局地的挑発は行う可能性が高いという声が米国では主流となっている。
(参考資料:米国内で日々高まる「朝鮮半島クライシス」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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