自分で命を守る行動 東南アジアに広がるuitemate 水難学に関する国際会議で何がわかったか
わが国特有の浴槽での溺水。そして東南アジアにおいて頻発する子供の溺水。さらにその実態をまだ把握しきれていない実情。各国の実態に合わせて、どのような溺水撲滅対策をしたらよいのか。このようなテーマが議論された、水難学に関する国際会議。11月21日から24日にかけて、マレーシアのコタキナバルに東南アジア5か国と日本から、保健省等職員や防災関係者が一堂に会しました。
会期中、溺水に関する各国の現状報告と、溺水撲滅対策について説明がありました。それに基づいて、溺水に関する統計の問題点と、溺水から命を守るための方策について、意見が交わされました。
前回のニュースでは、わが国をはじめとして各国から報告のあった溺水に関する統計と、その問題点について解説しました。
今回のニュースでは、溺水から命を守るための方策を取り上げて解説します。会議では「自分で命を守る行動を習うことのできる社会を作る」ことで意見が一致しました。命を守る行動の一つの例が、わが国発の防災教育ういてまてです。会議では各国から、uitemate(ういてまて)の普及状況について報告がありました。以下に、スリランカとインドネシアを例にとり、状況について解説します。
スリランカ
2004年スマトラ島沖地震・インド洋津波で36,000人以上の犠牲者を出したスリランカ。さらに集中豪雨による洪水でも日常的に溺水のリスクにさらされています。九州と同程度の広さの島国で、人口はおおよそ2,100万人です。
スリランカのuitemate普及状況を発表したのは、スリランカライフセービング協会代表のナナヤッカラ氏。スリランカ国内で1974年から2018年の間に洪水によって何らかの被害を受けた人は1,500万人に達すること、大規模災害時には当然救助が追い付かず、常に自分で命を守る行動が求められていることを報告しました。
スリランカではプールが広く普及していないため、プールを使用した水泳教育がほとんど実施できません。方策が見いだせなかったところに2012年に東京でuitemateを教える指導員国際養成講習会があることを知り、国が8名を東京に派遣しました。その半年後に、わが国の指導員がスリランカに派遣されて、養成講習会を経てライフセービング協会に所属する警察官、軍人、公務員など44人の指導員が誕生しました。
現在のスリランカでは、国家警察ライフセービング部隊が主導でuitemate普及に取り組んでいます。全国の警察署にはuitemateを指導できる警察官を必ず1人以上配置し、図1の右の欄に示されていますが、2017年から2018年にかけてuitemateトレーニングが459回、のべ39,748人を対象に実施されています。
その内容は、きわめて実践的です。図2のように、主に川を使ってuitemate教室が開かれています。左上の写真では子供たちがリュックサックを胸に抱えています。これは緊急時にカバンの浮力を使って浮くためのものです。指導員と黄色いシャツの救助員がそれぞれ役割をもって、安全に教室が展開されています。左下では子供たちが徐々に川の深いところに進んでいます。そして、右上のように足が立たなくなったら、背浮きに移ります。そのほか、右下のように簡単な救助の訓練も行っています。このように、浮いて自分の命を守ること、周囲の人が協力して救助することを学び、洪水から命を守る共助の社会を築いています。
図3は、洪水に見舞われた際に川を渡る訓練の様子です。黄色シャツの救助員が見守る中、カバンを浮き具にして、川の両岸をつないだロープを手に持ちながら、背浮きの状態でバタ足を推進力にして渡っています。ゲーム的なサバイバル訓練だと思ったら、洪水時に学校から帰宅するための訓練だそうです。わが国では学校待機措置事案だと思いますが、日常的に洪水に見舞われる同国ではこれも想定の内のようです。気候変動が進めば、わが国でも必要な訓練になる日が来るかもしれません。
インドネシア
2004年スマトラ島沖地震・インド洋津波で17万人もの犠牲者を出したインドネシア。その後もさらなる津波で犠牲者を出し、ジャカルタなど都市部では日常的に洪水が発生しています。人口はおおよそ2億7,000万人です。
インドネシアのuitemate普及状況を発表したのは、国家捜索救助庁のファマンシャ氏。インドネシアでは津波や洪水が毎年のように繰り返され、国のどこかで被害が発生しています。国家捜索救助庁は、赤道に沿って長く続くインドネシアを43支部でカバーし、自然災害や海難事故等に出動し、捜索・救助活動を実施します。
ファマンシャ氏は2012年に国際協力機構(JICA)プロジェクトで来日し、大阪にてuitemateを学びました。2013年にはインドネシアにて国家捜索救助庁の職員にそれをプールにて伝達しました。2014年にはわが国から派遣された指導員により、指導員養成講習会が開催されて50人のインドネシア指導員が誕生しました。
2015年から国家捜索救助庁では学校訪問プロジェクトを発足し、地域の小中高校にて子供たちに防災知識とuitemateの普及に努めています。図4にその様子を示します。右の写真のバナーに書いてあるSAR GOES TO SCHOOLが学校訪問プロジェクトの名称で、このうちSARは国家捜索救助庁を意味します。
2015年からこれまでのプロジェクトの成果を人数で次に示します。
西暦 幼稚園 小学校 中学校 高校
2015 1,774 3,586 2,372 1,713
2016 1,385 2,945 2,842 1,862
2017 1,696 3,232 3,423 2,128
2018 1,145 2,287 1,756 1,275
2019 967 1,827 877 926
2018年以降、受講人数が減少しているのは、予算カットがあったためです。インドネシア国内全体では、小学生だけでも2,600万人いるので、学校訪問プロジェクトで教えることのできた子供の数は全体の1万分の1にしか満たないのが現状です。広い国土と大きな人口の壁に阻まれ、正確な溺水の犠牲者数を知ることができず、また子供たちに自分で命を守る行動を教えきれない現実を知ることができました。
まとめ
東南アジア各国で、自分で命を守る行動を習うことのできる社会の実現を目指しています。比較的国土の狭いスリランカでは国家警察が主体となって全国の子供たちにuitemateを教えています。将来にわたって溺れる子供の数を減らせると、発表者は意気込んでいました。一方、国土の広いインドネシアでは、全国に展開する国家捜索救助庁をもってしても、子供たちにuitemateを教え切れていません。
次回は、タイ、フィリピン、マレーシアのuitemate普及状況について、水難学に関する国際会議での報告に基づいて解説します。