急速な旅行需要拡大による地域課題を映画で発信する成田市の狙い 清水美砂も賛同する地方の共創
コロナ禍で大きな影響を受けた日本の玄関口のひとつである成田空港。急速に回復するインバウンドを含めた観光需要の対応するための空港関連産業の人手不足が社会問題化している。
そんななか、映画で発信することによる地域課題の解決を掲げ、成田市および地元商工会が組織する成田空港地域映画製作委員会は、成田空港を舞台にした人間ドラマの短編映画『空の港のありがとう』を制作。5月31日の公開前に沖縄国際映画祭の「地域発信型映画」でプレミア上映された。
映画から地域課題の解決を目指す理由
かつては憧れの職場であった空港関連産業は、コロナを経て脆弱性の高い産業と認識されたことが大きな要因となり、深刻な人手不足の状況が続いている。
そうしたなか、「成田を舞台にした映画をとりたい」という強い意志を10年来持ってきた成田市出身のYuki Saito監督と地元がタッグを組み、地域の人たちの手で成田を再び誰もが憧れる地域、職場にすべく映画制作が動き出した。
成田市は2011年にも地域発信型映画として『ソラからジェシカ』を制作している。なぜ映画で地域課題の解決を目指すのか、制作委員会代表の下田真吾氏に聞いた。
「人手不足が大変な状況をすぐに改善するのは難しい。しかし、映画やテレビで発信することで、より多くの人にその問題に気づいていただけます。そこから状況が少しずつ変わっていくことを期待しています。もうひとつは、コロナがあって大変な思いをしたことを忘れないように、記録に残すための映画作りという面もあります」(下田氏)
主演の清水美砂は、本作の趣旨に対して「日本をもっと盛り上げたいという気持ちがあります。日本の国としての状況を発信するために、私が表現をできるならやりたい」と前向きだった。
空港の人手不足を人間ドラマとして描く
そうして完成した映画は、空港の人手不足という課題の解決に向けてどう役立っていくか。
成田市の小泉一成市長は「この映画から、空港の仕事を知っていただき、空港で働いてみたいと思う人が1人でも多く現れてくれることをまず願っています」と力を込める。
本作は成田空港を舞台にした、ある家族の人間ドラマ。清水美砂が演じる空港グランドスタッフの母と娘はすれ違いもあるが、ある出来事から娘は母の仕事を誇りに思うようになり、自分がやりたかったスキルを活かす仕事がすぐそばにあったことに気づく。
清水美砂は「空港は日本人のおもてなしの心を発揮できる職場。若い人たちのなかには、英語など外国語を話す仕事への意欲を持って学んでいる人も多いと思います。外国に行かなくても、そのスキルを発揮できる仕事は日本にあるんです」と役を通して感じたことを語る。
空港を中心にした地域のつながり
一方、下田氏は「空港から15分くらいの距離に市街地があります。実家はそこで商売をやっていて、その家の子どもは空港で働いているという風景が自然にありました」とかつての成田市と空港の関係を振り返る。
映画で描かれるように、子どもが空港に飛行機を見に行くのは週末の日常の風景。成田空港とともに歩んできた歴史があるからこそ、空港の課題を解決しようと街ぐるみで動いている。
映画祭でのプレミア上映後の舞台挨拶には、「空の港のありがとう」Tシャツを着た大勢の地元の支援者や空港職員等の映画関係者が那覇までつめかけて声援を送り、会場は温かい空気に包まれていた。
「私たちの地域にはこんなにすごいものがあるんだっていうことを見せたい。それが地域の輪になり、いろいろなことに一丸となって取り組んでいるんです。行政としてもこの映画をどんどん活用して、小中高校で見せるようにしてほしいという地元の声が上がっています」(下田氏)
空港はエネルギーのある場所
清水美砂にとっての空港は「いろいろな感情とエネルギーがあふれる場所」という。
「最近、日本に引っ越したんですけど、外国にいる娘と息子が日本に帰ってくるときに空港に迎えに行くとうれしくて泣いて、見送りに行くときは寂しくなってハグしてまた泣くんですよ(笑)。旅行に行く人たちのワクワク感や、帰ってきたときの思い出とか寂しい気持ちが詰まっていて、ほかにはないエネルギーがある場所だから、私は空港が好きです」(清水美砂)
そんな空港のある一面を人間ドラマとして描いた本作をどのように見てもらいたいか。何を感じてもらいたいか。3人に聞いた。
清水美砂「若い人たちは、働く場所は都会と考える傾向がありますけど、都会と離れている場所にはその地域の仕事の良さがあります。ちょっと見方を変えればいろいろな価値が見えてくるかもしれないし、自分の地元でやりたいことや地域社会に貢献できることが見つかるかもしれない。そんなことを考えていただけたらうれしいです」
下田氏「映画をたくさんの方に見ていただいて、それがきっかけで成田市を知って働くことになった、住むことになった、とつながることを期待しています」
小泉市長「いま高校生に向けた上映会の準備を進めています。やはりその世代に見てもらうことが大事。そこから1人でも2人でも空港に興味を持ってくれたら、空港で働きたいという若者が生まれるかもしれません。それを願っています」
映画制作には地元の共創という意義がある
映画による情報発信に取り組む小泉市長に、地域課題を映画にする意義を問うと、こう答える
「今回の例でいえば、空港の若い社員と下田さんをはじめ地元の人たちが一緒に物事を成し遂げる共創という意味でも意義があること。そのために映画制作は非常に有効な取り組みだと考えています」(小泉市長)
そして、これからテーマにすべき地域の社会課題を聞くと「いまはやはり超高齢化社会における少子化問題ですね。次も良き監督にお願いしてすばらしい映画にしたいと思っています」と先を見据える。
製作委員会は地元商工会の有志たちによるほぼ手弁当のような活動になるだろう。映画を制作するだけでも大仕事だが、完成したら次は上映する劇場のブッキングや、イベント的な上映会などによる見せ込みなど、映画を多くの人に見てもらうための活動が待っている。それもそう簡単ではない。
それをこれまでに何度も積極的に行っている成田市の映画製作委員会。清水美砂さんは次作も出演したいと話していたが、彼らの地域への愛と映画への情熱に触れることで、小泉市長をはじめとした地域全体の温かさが伝わってくる。
映画制作が地域課題の直接的な解決策にはならないかもしれないが、そこから見る人の心に伝わる何かが、巡り巡って地元へのプラスに働くことは十分考えられる。
柔軟な発想とフットワークの軽さ、チームワークの良さがあってこその成田市の取り組み。その成果を期待したい。
本作は『ショートショート フィルムフェスティバル&アジア 2024』の「BRANDED SHORTS」第13回観光映像大賞において、747本の応募作品から5本のノミネート作品に選ばれている。
【関連記事】
16年の幕を閉じた「沖縄国際映画祭」が残した課題 映画だけではない、総合エンタメの祭典だった