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「そりの合わない母親」の介護に見切りをつけてもいい? 頑張ることに疲れた

太田差惠子介護・暮らしジャーナリスト
イメージ写真(写真:アフロ)

 親の心身が衰えると、多くの子は、「介護をおこなわなければ」と戸惑いつつも覚悟します。たとえ、その親との関係が良くなくても、ほかに適任者がいないと、役割を担うことに……。一方、「歳をとれば丸くなる」という言葉に期待するものの、結局苦しむことになるケースも……。

頼りにされる喜び

 ヨウコさん(40代・仮名)の実家では母親(70代)が1人暮らしをしています。骨折を機に、歩行が不自由となりました。ヨウコさんには妹マコさんもいますが、2人とも東京圏在住。

 骨折で入院した当初、母親は「ヨウコ、悪いね、来てくれてありがとう」と微笑み、感謝の言葉を発しました。

 母親が礼を言うのは、ヨウコさんにとって意外でした。「実は、母との関係は微妙で。母は妹マコのことが好きで、多分、私のことは嫌いなんだと思う。母から『ありがとう』なんて言われると思わなかった。子どものころから、私に対してはいつも不機嫌で……」とヨウコさん。

 母親が入院していた時期、妹マコさんは子育てと仕事に追われているさなかで、帰省がままならず、ヨウコさんが毎週末、病院に通いました。母親は度々ヨウコさんに言いました。「やっぱり頼りになるのは、ヨウコだね。マコは来てもくれない」と……。

「母から『頼りになる』って言われて、天にも昇る気持ちでした。妹に勝ったような。歳をとって穏やかになって、やっと私のことを認めてくれた、って」とヨウコさん。

介護することが当たり前に

 母親の退院後も、ヨウコさんは、週末ごとに実家に通い、母親の世話をしました。しかし、次第に、母親から笑顔を向けられることはなくなっていきました。

 いつも土曜の11時ころに実家に到着するのですが、11時30分になったとき、「遅かったわね。何をしていたの?」と能面のような顔で言われました。仕事の都合で「来週末、来られないよ」と言ったときには、「それは、困るわ」とひと言。結局、ヨウコさんは日曜日に日帰りで往復することに。

 いつしか、ヨウコさんが母親の介護をすることは“当たり前”となったのでしょう。ヨウコさんが作ったおかずを一口食べて、「料理、上手くならないわね」と顔をしかめることも……。

母親は変わっていなかった

「母は、何も変わっていませんでした。歳をとると丸くなるっていうのはウソ」とヨウコさん。あるとき、久しぶりに妹がやってきました。母親は大はしゃぎ。

 ヨウコさんが台所で片付けをしていると、「マコが来てくれてほんとに嬉しい。ヨウコは役に立たないのよ」と話しているのが聞こえてきたのです。

「母の声を聞きながら、息ができなくなって……。いい歳をして恥ずかしいですが、涙がこぼれました。私は母の手の平で転がされていたんですね。私がバカでした」とヨウコさん。

通いをやめたい

 その後、ヨウコさんは、実家への通いをやめるべきか、と悩んでいるといいます。でも、自分が行かなければ、「母親がへそを曲げて、もっと大変なことになるのでは」との恐怖心が消えません。

 そしてある土曜日の朝、いつものように実家に行こうと6時に目覚ましをかけていたのですが、起き上がることができませんでした。何とかして起きようとするのですが、起きられず、ヨウコさんは母親に電話しました。

「体調が悪くて、ごめんなさい。今日は行けない」と。母親はヨウコさんのことを心配するでもなく、「何かブツブツ言っていましたが、耳に入ってこなかった」とヨウコさん。

 その後も、土曜日になると体調が崩れ、行ったり、行かなかったりが続いているといいます。

被害妄想?

「私は、母親から殴られたり、蹴られたりしたわけじゃない。何不自由なく育ててもらいました。だから、最近よく言われる『毒親』とは違うと思うんです。こうなったのは、私が悪いのかもしれませんし……」とヨウコさんは話します。

 酔っぱらった勢いで、仲の良い友人に、「母から愛されていない」と話したことがあるそうです。しかし、「子を愛さない母親なんていない」とたしなめられました。

親の介護で子のココロが病むこともある

 筆者もヨウコさんからの一方的な話を聞いているだけです。もし母親にもインタビューをすれば、違った内容の話になるのかもしれません。

 けれども、明らかなのは、ヨウコさんのココロが弱っていること。土曜の朝に起きられないのは、ココロが悲鳴をあげているのではないでしょうか。

 ヨウコさんに限ったことでなく、親の介護をきっかけに心身の不調に悩まされる子は少なからず存在します。実家に行こうとしても身体が動かない。心臓がドキドキする。親の肌着の洗濯をしようとしても、触れない、という人もいました。心療内科を受診したところ、介護によるうつ、適応障害と診断された人もいます。

「風見鶏」には要注意

「老いた親を介護するのは当然」という社会通念が存在します。しかし、親子にはそれぞれの歴史があり、きょうだい間でさえ、親に対して、抱く気持ちは異なります。

 筆者は心理学の専門家ではありませんが、多くの取材を通して感じることがあります。長い親子の歴史から、親の方は「この子は、どう言えば動くか」を熟知しているのではないかということ。子が複数いる場合、競わせる術を知っている親もいるように思います。

「うちの母親は風見鶏」と表現した女性(2人姉妹の妹)がいました。母親が猫なで声を出してくるときは、「母と姉がうまくいっていないとき」だとか。「わかっていても、母が優しいと嬉しくなって、つい頑張ってしまうんです」とも……。

”風見鶏”のイメージ写真
”風見鶏”のイメージ写真写真:イメージマート

見切りをつけることも必要

 親の介護が始まったら、時間的、経済的な面だけでなく、親子の関係性も鑑み、「この介護、自分の役割はどこまで?」とよく考えることが大切だと思います。家族といってもキャパシティがあります。

「介護を始め熟考した結果、『母親は変わらないんだ』と見切りをつけました」と話す女性がいました。カオルさん(40代・仮名)です。そして、母親との関係に“3つのルール”を自分に課したそうです。「ルール化し、かなり気持ちがラクになりました」。

  1. “良い娘”になろうと頑張らない。実家にはなるべく行かない。
  2. 実家に行くときは、「急に休暇がとれたから」と朝連絡を入れる。滞在時間は2~3時間まで。
  3. 会ったときには、「仕事が忙しい」と繰り返し言い、母親から携帯に電話がかかってきても出ない(用事があるときにはメールを入れてもらう)。

 親子関係が良好な人には「冷たい」と思える対応かもしれません。けれども、母親にスキを見せると、必ず、ココロを傷つけられるのだそうです。「自分は母親のサンドバッグじゃない」とも。

 何度か自分の気持ちを伝えようと向き合ったけれど、理解してもらえなかったといいます。「縁を切ることも考えましたが、それはそれで『自分は悪い娘だ』と悩むことになりそうで。母は介護サービスを使って生活しています。ケアマネジャーから連絡が来たら、できる範囲で対応するようにしています」とカオルさん。

介護の専門家にはざっくばらんに相談を

 親子の関係は100組いれば100通り。友人知人に言っても理解されないこともあるでしょう。話す相手を選ばないと、傷つきます。“正解”があるわけでもありません。

 とはいえ、抱え込んで良いことは1つもありません。自分はどこまでできるか考えたうえで、地域包括支援センター(介護の相談窓口)やケアマネジャーなどの介護の専門家にざっくばらんに相談を。

「世間体が悪い」などと思う必要はありません。彼らは、さまざまな“家族”を知っているはずです。関係性の悪い親子なんて、いくらでもいます。相談すれば、それを前提にサポート体制を考えてくれると思います。

介護・暮らしジャーナリスト

京都市生まれ。1993年頃より老親介護の現場を取材。「遠距離介護」「高齢者住宅」「仕事と介護の両立」などの情報を発信。AFP(日本FP協会)の資格も持ち「介護とお金」にも詳しい。一方、1996年遠距離介護の情報交換場、NPO法人パオッコを立ち上げて子世代支援(~2023)。著書に『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第3版』『高齢者施設 お金・選び方・入居の流れがわかる本 第2版』(以上翔泳社)『遠距離介護で自滅しない選択』(日本経済新聞出版)『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』(共著,KADOKAWA)など。

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