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11カ国34人逮捕、ダークウェブの「殺人依頼リスト」が暴いた「殺意」とカネの闇とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ダークウェブの「殺人依頼リスト」が暴いた闇とは?(写真:アフロ)

11カ国34人を逮捕、ダークウェブの「殺人依頼リスト」が暴いた闇とは?

実態の把握が難しいダークウェブに開設された「殺人依頼リスト」が、国境をまたぎ、わかっているだけで280件を超す殺人依頼とビットコインを集めた。

「妻をヘロイン漬けに」「三角関係の恋敵を殺して」。だが、「殺人依頼リスト」に集まった依頼内容は放置された。これが詐欺サイトだったからだ。

「殺人依頼リスト」の内容はセキュリティ専門家らによって明らかにされ、「標的」とされた人物には警戒が呼びかけられ、依頼者には捜査の手が及んだ。

だがその殺意は消えず、依頼者自らが殺害に及んだケースもあった。

日本では「ホワイト案件」と称する「犯罪実行者募集」がネットに出回り、強盗殺人事件などにつながっている。

ネットでやり取りされる「殺意」とカネの実態とは?

●殺人依頼と「妻殺し」

裁判所は、オールウィン氏の申立書、政府側の回答、陳述書、州裁判所の手続きに関連するミネソタ州最高裁判所の2度の判決、および両当事者から提出された膨大な量の証拠書類を精査した。(中略)オールウィン氏の証拠開示手続きの申し立てを却下する。

ミネソタ州の連邦地裁は2024年8月30日付で、同州立刑務所に終身刑で服役中のITエンジニア、スティーブン・オールウィン服役囚による証拠開示などの申し立てを却下した。

同服役囚は、自らを「ハイテクによる冤罪の被害者」だと主張しているという

2016年11月、同服役囚の妻、エイミー氏が自宅で頭部への銃撃による遺体で発見される。通報者は同服役囚。手元には拳銃があったとした。

この事件に先立つ同年4月、ダークウェブ上でビットコインの支払いによる殺人依頼を請け負うサイト「ベサ・マフィア」がハッキングされ、その依頼内容などがネット上で公開された。

米国のほか、オーストラリア、カナダ、トルコなどでの殺人依頼に数万ドル分のビットコインが支払われていたことが暴露される。

そして「ベサ・マフィア」は詐欺サイトで、殺人依頼を受け、その代金として払い込まれたビットコインを詐取していた。

米連邦捜査局(FBI)と地元警察は、「ベサ・マフィア」のリストにエイミー氏の殺害依頼があり、1万2,000ドル相当のビットコインが振り込まれてたことを把握し、本人に警告をしていた。殺人依頼をした人物が実在していたためだ。

その矢先の、エイミー氏の死亡だった。エイミー氏は右利きだったが、拳銃は左手付近にあり、頭部に火薬などの痕跡もなかった。捜査の結果、エイミー氏の死亡は、オールウィン服役囚による殺害と自殺の偽装、と認定される。「ベサ・マフィア」への殺人依頼も、同服役囚によるものとされた

殺人依頼が詐欺で頓挫し、自ら犯行に及んだケースとされた。

●11カ国で34人が逮捕され、28人が有罪

「ベサ・マフィア」の調査を続けてきた中心人物の1人は、英国のエンジニア、クリス・モンテイロ氏だ。そして、ジャーナリストのカール・ミラー氏が、2020年からモンテイロ氏の調査に加わった。

そのミラー氏がホストを務めるポッドキャスト「キルリスト」が2024年9月から公開され、殺人依頼の詐欺サイト「ベサ・マフィア」が改めて注目を集めた。

モンテイロ氏はニューヨーク・タイムズとの2020年3月のインタビューで、「ベサ・マフィア」で殺人依頼の支払いをした283人の情報を見つけたという。また、ミラー氏は、2024年10月のテレグラフなどへの説明で、「ベサ・マフィア」への殺人依頼に絡んで、11カ国で34人が逮捕され、28人が有罪、刑期は計150年に上る、としている。

それだけの殺意とカネを持った人々が、それを実行に移そうとした、ということだ。多くのケースでは、殺人の依頼人は「配偶者や元配偶者」といった身近な人物だった、という。

ルーマニアの捜査当局は2022年6月、米国からの要請に基づき「ベサ・マフィア」の運営拠点を捜索し、5人の容疑者を逮捕した、と発表した。被害額は50万ユーロに上るという。

殺人依頼を行った人物たちへの捜査と裁判は、以後も続いた。

ワシントン州の連邦地裁は2023年1月、同州の元医師、ロナルド・クレイグ・イルグ被告に対し、禁固8年と2万5,000ドル超の賠償金、10万ドルの罰金を命じる判決を言い渡した。

イルグ被告は2021年、「ベサ・マフィア」で、元同僚医師の「両手に重傷を負わせるか、手の骨を折る」ことを依頼。さらに妻に離婚訴訟を取り下げさせるため、誘拐してヘロイン漬けにするよう依頼し、ビットコインで6万ドル以上を支払ったという。

カリフォルニア州の連邦地裁は2023年7月、ネバダ州在住のクリスティ・リン・フェルキンス被告に、殺人教唆の罪で禁固5年の判決を言い渡した。

2016年に「ベサ・マフィア」で元夫の殺害を依頼し、5,000ドル相当のビットコインを支払った、という。

英バッキンガムシャー州のホイットニー・フランクス被告は2020年、職場の上司を巡る三角関係となった女性の殺害を「ベサ・マフィア」に依頼。ビットコインで1,000ポンドを支払った、という。

2022年9月の一審では禁固12年の判決。2023年3月の控訴審では禁固6年に減刑された。

●「殺人」サイトの広がりとは

このような「殺人」サイトは、浮かんでは消える

2013年には、黒澤明監督の映画「用心棒」の主人公「桑畑三十郎」を名乗る人物が、ビットコインのクラウドファンディングによって、当時のバラク・オバマ大統領ら政府高官暗殺に懸賞金をかける「暗殺市場」を開設した。

日本では、強盗などの呼びかけによって悲惨な事件に結びつくケースが、社会に不安を広げてきた。2007年には名古屋市内で「闇サイト殺人事件」が起きている。

そして現在、「ホワイト案件」などの文言を掲げて実行者を集め、強盗殺人事件を引き起こす事例が注目を集めている。

ネットのメリットは、人々と情報がつながるハードルを取り払ったことだ。そのメリットは、グロテスクな「殺意」とカネの伝播も、瞬時に、グローバルに後押ししている。

(※2024年10月29日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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