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「今やあなたたちがメディアだ」とマスク氏、米大統領選でマスメディアは「敗北」したのか?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
「今やあなたたちがメディアだ」とマスク氏(写真:ロイター/アフロ)

「今やあなたたちがメディアだ」とイーロン・マスク氏は、2億人を超すフォロワーに向けてXに投稿した。

ドナルド・トランプ前大統領が再選を果たした米大統領選で、マスメディアは「敗北」したのか?

米大統領選を巡り、左右両派からマスメディア批判の声が上がっている。

今回の大統領選では、偽誤情報の氾濫とともに注目されたのが、マスメディアの存在感の低下だ。

選挙戦では、トランプ氏、カマラ・ハリス現副大統領とも、著名ポッドキャストへの出演が注目を集め、「ポッドキャスト選挙」の呼び名もついた。

大統領選前の世論調査では、マスメディアへの信頼は史上最低を記録。対照的にトランプ氏やXのオーナー、マスク氏の偽誤情報も含めた発信力が、情報空間を席巻した。

米大統領選を通じて、マスメディアが問われたものとは?

●「今やあなたたちがメディアだ」とマスク氏

ほとんどのレガシー(既存)メディアが国民に絶え間なく嘘をつく一方で、今回の選挙の現実はXでは明白だった。今やあなたたちがメディアだ。

マスク氏は、11月6日のドナルド・トランプ前大統領の当選判明前後から、「今やあなたたちがメディアだ(You are the media now)」というフレーズを、Xの2億400万人超のフォロワーに繰り返し投稿している

ジョージタウン大学研究准教授のレネ・ディレスタ氏は、これが陰謀論グループ「Qアノン」で使われてきたフレーズだと指摘する。

選挙戦を通じて、Xはトランプ氏支持の拡声器となった。マスク氏はこのフレーズで、今回の米大統領選でのハリス氏と民主党の敗北だけでなく、マスメディアの「敗北」も印象づける。

当選したトランプ氏も、6日未明の勝利演説で、「敵陣への突入」の標的として、CNN、MSNBCの名前を挙げた

トランプ氏は、1期目の就任前から、CNNなどのメディアに「フェイクニュース」との攻撃を続けてきた。その攻撃は今回の選挙戦でも続き、2期目にも持ち越されるようだ。

マスク氏は7月のトランプ氏銃撃事件を受けて同氏支持を表明し、8月にはトランプ氏へのXでのライブインタビューを実施。選挙戦のツールとしてXを最大限に活用してきた。

Xで世界最大のフォロワー数を持つマスク氏は、トランプ氏とともに、その影響力で偽誤情報拡散も後押しした。

※参照:マスク氏発信の偽誤情報87件「20億回閲覧」、米大統領選で英NPOが分析(11/06/2024 新聞紙学的

トランプ氏が勝利演説の場で「新たなスター」と呼んだマスク氏のXは、次期政権の「公式メディア」となるのかも知れない。

●「ポッドキャスト選挙」

今回の大統領選を「ポッドキャスト選挙」と呼ぶ報道も目に付いた

トランプ氏、ハリス氏ともに、ポッドキャストのランキング上位番組に相次いで出演し、注目を集めた。

その一方で、両氏の直接のテレビ公開討論は1度しか行われず、トランプ氏はFOXニュースなどの保守系メディアを除き、マスメディアのインタビューを回避。ハリス氏も出馬表明当初は、マスメディア露出を避けた。

トランプ氏と次期副大統領、J・D・バンス氏が出演したポッドキャストの1つが、人気ランキングトップ、1,600万人のフォロワー数を持つ「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」だ。

選挙戦最終盤の10月25日、トランプ氏は約3時間にわたって出演。ユーチューブでの動画視聴回数は4,800万回超に上った。10月31日公開のバンス氏出演回のユーチューブの視聴回数は1,600万回超だった。

ハリス氏は10月6日に、「スポティファイ」のグローバルランキングでは2位、米調査会社「エジソン・リサーチ」の米国ランキングでは4位の恋愛相談ポッドキャスト「コール・ハー・ダディ」に出演。ダイジェスト版動画のユーチューブでの視聴回数は82万回となっている。

大統領選候補者たちのポッドキャストへのシフトは、選挙戦におけるインフルエンサー情報圏の存在感の大きさを示す。

「エジソン・リサーチ」の調査によると、米国でポッドキャストの月間リスナーは推定1億3,500万人、週間リスナーは9,800万人に上る。

政策・公約を巡る厳しい質問が行われるマスメディアのインタビューに比べ、ポッドキャストは親しみやすいトークがベースになる。一方で、情報の正確性が担保されているわけではなく、偽誤情報拡散の舞台の1つとしても指摘される。

だが、ピュー・リサーチセンターの2022年の調査では、ポッドキャストでニュースを聴く人の31%は、他のニュースの情報源よりポッドキャストを信頼していると回答。55%は、ポッドキャストと他のニュース情報源の信頼度はほぼ同じ、と回答している。

つまり、ポッドキャストでニュースを聴くユーザーの9割近くが、他のニュースメディアと同等かそれ以上の信頼を寄せていることがわかる。

●マスメディアの地盤沈下

米大統領選のマスメディア回避と、ポッドキャスト(とユーチューブ)への注力は、グローバルなメディア接触の変化とも連動する。

オックスフォード大学ローター・ジャーナリズム研究所が2024年6月に公表した「デジタル・ニュース・リポート」の最新版では、ネット上のニュース接触が、ユーチューブなどの動画やポッドキャストのような音声経由にシフトしている傾向を挙げる。

プラットフォーム別では、フェイスブック(2016年42%→2024年26%)の低落の一方、ユーチューブ(2016年18%→2024年22%)、インスタグラム(2016年3%→2024年15%)、ティックトック(2020年1%→2024年8%)などが存在感を示す。

ネットを舞台にした選挙戦の過熱と裏腹に、影響力の低下が指摘されたのが、マスメディアだ。

米ギャラップが10月14日に発表したマスメディアの信頼度の調査結果は、1972年の調査開始以来最低の31%となった。トランプ氏が当選した2016年大統領選前のマスメディアの信頼度は、その時点で最低だった32%。今回は、それをさらに下回った。

党派別に見ると、共和党支持者の信頼度は12%。2016年は14%、2020年は10%、と低止まりの傾向だ。一方、民主党支持者の信頼度は54%。2016年の50%から、第1次トランプ政権下の2018年に過去最高の76%まで上昇したが、バイデン政権2年目、2022年の70%から急落傾向にある。

第1次トランプ政権下では、権力監視を求めるユーザーからの追い風を受けて、マスメディアの課金契約件数が軒並み増加。「トランプ景気(バンプ)」と呼ばれた。だが、バイデン政権下でその「景気」も終わり、現在に至る。

※参照:広告モデルの行き詰まりを課金は支えられるか:2018年、メディアのサバイバルプラン(01/03/2018 新聞紙学的

「トランプ景気」終焉後も主要メディアのビジネスを支えてきたコア読者の大量離反劇も起きた。

大統領選最終盤、ロザンゼルス・タイムズ、ワシントン・ポストという主要メディアによるハリス氏への支持表明が、相次いで中止された。それぞれのオーナーである富豪実業家、パトリック・スンシオン氏ジェフ・・ベゾス氏の意向によるものだった。

これを受け、ワシントン・ポストでは課金購読者の1割に当たる約25万人、ロサンゼルス・タイムズも少なくとも購読者の1.8%に当たる7,000人が解約に動いたという。

元ニューヨーク・タイムズのコラムニストで、ニュースメディア「セマフォ―」の共同創設者、ベン・スミス氏は、ワシントン・ポストに焦点を当て、こうコメントしている。

ワシントン・ポストに対する読者の反発の強さは、同紙のトランプ氏に対する(批判的な)ポジショニングが、皮肉な意味ではなく文字通り、マーケティングに根差したものであったことを浮き彫りにしている。

そして、この動きは、権力監視についてのジャーナリズムへの付託を裏切るもの、と受け取られた、と読み解く。

マスメディアへの逆風は、トランプ氏支持の保守派からだけではなく、リベラル派のコア読者からも吹き付けている。

それを後押しする、ユーザーのニュース疲れ、ニュース回避の傾向も進む。

前述の「デジタル・ニュース・リポート」では、「ニュース疲れ」を感じるとの回答が、米国では2019年の40%から2024年には43%に上昇した、としている。

●ソーシャルメディアのインパクト

マスメディアの地盤沈下と、ブログなどのソーシャルメディアの登場によるユーザーの情報発信力が、20年以上にわたるメディアの環境激変の軸となっている。

元アリゾナ州立大学教授、ダン・ギルモア氏が『ブログ 世界を変える個人メディア(We the Media)』(2005年)、『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術(Mediactive)』(2011年、いずれも拙訳)で提唱してきた新たなメディアの生態系のコンセプトが、先の著書の原題である「われらがメディア」だ。

ギルモア氏は『ブログ』の中で、こう述べた。

彼ら(発信力を持ったかつての読者)は今や、ニュースのプロセスの一部なのだ。ごく普通の人々が、様々なツールを手に創造的な能力を発揮し、沸き起こる会話に参加する。この会話がどのようなものになっていくのか、今は想像するだけだ。ただ、まばらな声よりは、多くの人々が声を上げていくことのほうがはるかに素晴らしい。

これまで届かなかった声が届くというメディア環境は急速に拡大した。しかし米大統領選で見られたような、偽誤情報を拡散する空間も押し広げた。

元ニューヨーク市立大学教授のジェフ・ジャービス氏は、トランプ氏の当選を受けて、自身のブログでこう述べた

インターネットの成果で最も重要なのは、いわゆる主流のマスメディアが代表することも、耳を傾けることも、手を差し伸べることもなかった人々に、ついにその舞台を与えたことだ。その舞台を支配していた人々はこれに憤慨し、抵抗している。私は著書の中で、そう理論づけた。だが、この技術革新時代の大改革は、ブラックライブズマターのような人種問題の改革につながるのか、それとも(前回大統領選後の2021年)1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件と(今回の大統領選における)トランプ氏の勝利のような、そのカウンターとしての改革になるのか。それを考えずにはいられない。

トランプ氏とジョー・バイデン大統領との公開討論会(6/27、CNN)、トランプ氏とハリス氏の公開討論会(9/10、ABC)など、選挙の節目を形づくっているのは、依然としてマスメディアだ。

マスメディアのビジネスの地盤沈下の中にあっても、大統領選投開票の前日の11月4日には、ニューヨーク・タイムズが課金購読数1,100万件突破を発表した。

マスメディアが、回復不可能な撤退戦にあるわけではない。第2次トランプ政権下での「トランプ景気2.0」を見込む声もある。

そして、問題がどこにあるのかは明らかだ。

ワシントン・ポストのハリス氏支持表明中止を巡る読者の大量離脱の中で、ベゾス氏は釈明の声明文を同紙に掲載している。批判の標的となってはいるものの、問題の所在を端的に示した。

ほとんどの人は、メディアが偏向していると思っている。これに気づかないなら、現実を直視していないも同然だ。そして現実と戦う人々は負ける。(中略)これはメディアだけでなく、国家にとっての問題でもある。 多くの人々が、その場しのぎのポッドキャストや不正確なソーシャルメディアへの投稿などの検証されていないニュースソースに目を向けている。 ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズは数々の受賞を果たしているが、ますます特定のエリートにしか話さないようになっている。 私たちはどんどんと、自分自身に語りかけるようになっているのだ。

その上で、「本紙が惰性のまま見向きもされなくなり、取材もしないポッドキャストやソーシャルメディアの誹謗中傷に取って代わられることを、戦いもせずに指をくわえているつもりはない」とベゾス氏は言う。

アトランティックのチャーリー・ワーゼル氏は、マスク氏の旗印とは別に、「あなたたちがメディア」というコンセプトそのものは、マスメディアの変革のキーワードにもなり得る、と述べる

何かを変える必要がある。おそらく、「今やあなたたちがメディアだ」という言葉を、これから起こるどんなことにも対処できる業界を築くための、ミッションステートメントとして使うことは可能だろう。

民主主義にとって、検証された信頼できる情報と健全なメディア空間が必要であることに、今後も変わりはない。

しかし、それを担保する仕組みには、見直しが求められている。

(※2024年11月11日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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