マスク氏批判のNPOに米議会が召喚状、反「偽誤情報対策」の動きが活発化
イーロン・マスク氏批判のNPOに議会が召喚状を送る、反「偽誤情報対策」の動きが活発化――。
ドナルド・トランプ次期政権を先取りする動きが、すでに出始めている。偽誤情報対策への逆風だ。
共和党が主導権を握ってきた米下院司法委員会は、米大統領選におけるトランプ氏当選判明翌日の11月7日、英国と米国に拠点を持つ偽誤情報対策NPO「デジタルヘイト対策センター(CCDH)」に召喚状を送付。Xで召喚状を公開した。
同センターは、X上での偽誤情報拡散についてマスク氏に批判的な調査結果を公表してきた。
下院司法委員会は、これまでも偽誤情報対策に取り組む研究機関などに相次いで召喚状を送付。偽誤情報対策封じの動きを見せていた。
今回の召喚状では、Xに批判的な調査結果を公表してきた同センターに、関連する内部文書などの提出を求めている。
マスク氏はこの召喚状を受けて、「(同センターは)刑事訴追されるべき」と投稿した。
トランプ氏は11月12日、マスク氏を次期政権で規制撤廃などに取り組む「政府効率化省(DOGE)」のトップに起用すると公表している。
反「偽誤情報対策」の動きは、トランプ氏支持者を中心に、大統領選前から勢いを増していた。
その中心人物が次期政権を担い、拡散の舞台であるXのオーナーが、次期大統領の最有力の側近として反「偽誤情報対策」の攻勢を強める。
●「検閲調査はブレーキなしだ」
米下院司法委員会の「連邦政府の武器化に関する特別小委員会」のXアカウントは11月7日、そんな書き込みとともに、偽誤情報対策に取り組むNPO「デジタルヘイト対策センター」CEO、イムラン・アーメド氏に宛てた召喚状の画像を公開した。
司法委員会と同特別小委員会の委員長は共和党のジム・ジョーダン氏だ。トランプ氏の側近と言われる。
下院は任期2年で全員改選。大統領選と合わせて行われた下院選でも共和党は多数派を維持し、ジョーダン氏も再選を果たした。
召喚状では、提出を要求している文書類について、こう述べている。
提出期限は2週間後の11月21日としている。
マスク氏は、召喚状の投稿を引用して、Xにそう投稿している。
ジャーナリスト、マット・タイービ氏、ポール・サッカー氏それぞれのニュースレターは10月23日付で、同センターの「内部資料」だとして公開した文書の中に、「マスク氏のツイッターを葬る」との表現があったと伝えていた。
アーメド氏は英ガーディアンのインタビューで、この表現が、マスク氏買収後のX(ツイッター)が違法有害コンテンツ管理を後退させたことを追及する取り組みの「略称」だったとしている。
タイービ氏らのニュースレターを受けて、マスク氏は「CCDHは犯罪組織」「CCDHと資金提供者を追及し続ける」「これは戦争だ」と、同センターへの批判を強めていた。
マスク氏が「選挙への干渉」と述べているのは、トランプ陣営による10月21日の、米連邦選挙委員会(FEC)への申し立てを指す。
この中でトランプ陣営は、英労働党がハリス氏支援のためにスタッフを米国に派遣している、と指摘。これが「外国による露骨な干渉」だと主張していた。同党党首で英首相のキア・スターマー氏は、スタッフはボランティアとして「余暇を利用してやっている」との声明を出していた。
アーメド氏が労働党影の内閣の大臣補佐官を務めた経緯があり、同センター創設には、10月にスターマー首相の首席補佐官に就任したモーガン・マクスウィーニー氏がかかわっていたことも、タイービ氏らのニュースレターやマスク氏の主張の背景にある。
同センターとマスク氏の衝突は、今回が初めてではない。
Xは2023年7月末、英NPO「デジタルヘイト対策センター(CCDH)」が公表した「ツイッターは、ツイッターブルー(認証マーク)の(課金)登録者が投稿したヘイトツイートの99%に対して、何も対処していない」との調査結果を巡り、「広告主に対して、Xへの支出を停止するよう促す、虚偽で誤解を招く主張を積極的に行っている」と主張し、提訴している。
サンフランシスコの連邦地裁は2024年3月、Xの提訴は「批判の封じ込め」だと退けたが、Xは4月に控訴している。
その因縁が、米大統領選最終盤での「内部文書」暴露と、英労働党スタッフ派遣問題が重なる中で再燃。司法委員会の召喚状、そしてマスク氏の「戦争だ」との投稿につながった。
同センターは、大統領選投開票日前日の11月4日にも、マスク氏による米大統領選関連の投稿のうち、偽誤情報と判明している計87件の閲覧数は20億回に上る、とする調査結果を公開している。
※参照:マスク氏発信の偽誤情報87件「20億回閲覧」、米大統領選で英NPOが分析(11/06/2024 新聞紙学的)
アーメド氏は、司法委員会の召喚状について、NBCニュースのインタビューにそう回答している。
●マスク氏、トランプ氏が強める反「偽誤情報対策」
反「偽誤情報対策」を掲げてきた中心人物が、マスク氏とトランプ氏だ。
マスク氏は、プラットフォームの側から、この動きを進めてきた。
マスク氏は2022年10月のツイッター買収後、同社の違法有害コンテンツ対策部門を含め、7,500人の大半のリストラを実施。買収前のコンテンツ対策が「表現の自由の抑圧」だとし、「ツイッター文書」と名付けた内部文書の公開キャンペーンを展開する。
この時に、マスク氏から内部文書の提供を受けて、その内容公開に携わったジャーナリストの1人が、上述のタイービ氏だ。
※参照:「シャドーバン」「トランプ追放」Twitter文書の公開に、元CEOが投げかけた課題とは?(12/16/2022 新聞紙学的)
またマスク氏は買収後すぐに、2021年1月の連邦議会議事堂乱入事件で停止されていたトランプ氏のアカウントを復活。一方で、マスク氏に批判的なジャーナリストらのアカウントを、相次いで停止するなどの措置を打ち出した。
※参照:680日ぶりのトランプ氏Twitter復活、広告主・社員の離反で「イーロン・リスク」の行方は?(11/20/2022 新聞紙学的)
偽誤情報対策からの後退は、他のプラットフォームにも波及する。
※参照:「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?(08/28/2023 新聞紙学的)
そして、トランプ氏を中心とする共和党は、この動きを政治の側から推進した。
偽誤情報対策に対して、トランプ氏を中心とする共和党は「保守派言論への検閲」だと主張。共和党のジョーダン氏が主導する下院司法委員会では、偽誤情報の研究者らに対して、相次いで召喚状を送付し、大量の文書提出を求めるなどの攻勢を強めた。
その中で、偽誤情報研究の中心拠点の1つだったスタンフォード大学の「インターネット観測所」は、創設メンバーが相次ぎ退任。選挙を巡る偽誤情報の対策プロジェクト「選挙公正性パートナーシップ」も、2024年米大統領選では活動を停止した。
※参照:米大学「偽情報」研究の主要拠点に「閉鎖」報道、相次ぐ圧力受け(06/17/2024 新聞紙学的)
また、広告主企業の国際団体である世界広告主連盟(WFA)は米大統領選に先立つ8月、企業ブランド保護の観点から偽誤情報対策に取り組んできた「責任あるメディアのための世界同盟(GARM)」の活動を停止した。
下院司法委員会が7月、「GARMの取り組みは特定のコンテンツと発言を削除し、資金提供を停止することを目的としている」とし、「ツイッターへのボイコット」を広告主に呼びかけた、とする報告書を公表。Xはこれを受けて同連盟などを提訴する事態に発展していた。
※参照:ブラジル事業撤退、パリ五輪、英暴動、マスク氏の「表現の自由」がネットを揺るがす(08/19/2024 新聞紙学的)
※参照:偽・誤情報対策、広告主も標的 大統領選巡り共和党圧力(09/04/2024 日経デジタルガバナンス・平和博)
このほかにも、プラットフォームによる偽誤情報対策を規制する州法が、共和党が主導するフロリダ、テキサス両州で2021年に相次いで成立している。
その違憲性を巡って争われた訴訟では、米最高裁は7月、破棄差し戻しの判決を下している。
※参照:「プラットフォームは新聞か通信事業者か」米最高裁、憲法判断は保留、2州法巡り差し戻し判決(07/02/2024 新聞紙学的)
●ホワイトハウスから吹く風
反「偽誤情報対策」の風は、これまで連邦議会下院で多数派を握っていた共和党とマスク氏のXを中心に吹いていた。今後は、上下両院で多数派を握る共和党に加え、その中心はホワイトハウスに移った。
マスク氏も「政府効率化省」トップとして、そのトランプ次期政権に足場を持つ。
風圧はさらに強まりそうだ。
(※2024年11月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)