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「100億ドル賠償請求」「放送免許剥奪」トランプ次期大統領のメディア攻撃が加速する

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
トランプ氏の邸宅「マール・ア・ラーゴ」でイーロン・マスク氏と=11月14日(写真:ロイター/アフロ)

「100億ドル賠償請求」「放送免許剥奪」、ドナルド・トランプ次期米大統領のメディア攻撃が加速する――。

米メディアサイト「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」は、トランプ氏の弁護士が大統領選投開票日前に、ニューヨーク・タイムズと出版社のペンギン・ランダムハウスに対し、「大規模な名誉毀損」があったとして、100億ドル(約1兆5400億円)の損害賠償を求める書簡を送っていたと報じた。

トランプ氏は1期目の大統領時代から批判的メディアを「フェイクニュース」と呼び、攻撃を繰り返してきた。

だが、大統領選最終盤には、対立候補だったカマラ・ハリス副大統領の単独インタビューを放送したCBSの「放送免許剥奪」を掲げ、やはり100億ドルの損賠賠償を求めて提訴するなど、攻勢を急速に強めた。

このほか、ワシントン・ポスト、ABC、CNN、MSNBCなど、トランプ氏に批判的とされたメディアは相次いで攻撃の標的となっている。

トランプ次期政権とメディアの緊張の高まりは、これから本番を迎える。

●「大規模な名誉毀損」

「声高な民主党の代弁者」「政治的敵対者への大規模な名誉毀損」

11月14日付の「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」は、トランプ氏の弁護士からニューヨーク・タイムズ、ペンギン・ランダムハウスに宛てた書簡の、そんな主張を引用している。

書簡は大統領選(11/5)の1週間前に送付され、100億ドルの損害賠償を求めているという。

書簡が損害賠償の対象と主張するのは、ニューヨーク・タイムズの2人の調査報道記者が9月にペンギン・ランダムハウスから出版したトランプ氏の評伝紹介記事や、トランプ氏にまつわるスキャンダルについての記事、1期目のトランプ政権の首席補佐官、ジョン・ケリー氏が「トランプ氏はファシストの定義に合致」「『ヒトラーはよいこともした』と発言した」と証言したインタビュー記事などだという。

これに対して、ニューヨーク・タイムズは、10月31日付で「報道内容に変更はない」との回答を送付したという。

100億ドルの損害賠償の標的は両社だけではない。

●提訴と「放送免許剥奪」

トランプ氏は10月31日付で、CBSニュースにも、100億ドルの損害賠償を求める訴えを起こしている。

トランプ氏側は、同局の報道番組「60ミニッツ」(10/7放送)でのハリス氏への単独インタビューで、同氏に「有利な編集」を行ったとし、「党派的で違法な選挙および有権者への干渉行為」だと主張しているという。

提訴先のテキサス州北部地区連邦裁判所アマリロ支部は、トランプ政権1期目の2019年に任命された判事が1人しかいない。2021年1月以降、共和党主導の政治的訴訟の少なくとも14件が、同支部に起こされているという。

CBSニュースは、トランプ氏の主張は「虚偽」であり、「訴訟は全く根拠がない」との声明を発表している。

「60ミニッツ」は選挙期間中にトランプ氏に対しても出演交渉をしたが、拒否されたという。

また、トランプ氏はハリス氏のインタビュー放送後から、「放送史上最大の詐欺」「CBSの放送免許は剥奪されるべき」と主張していた。

CBSなどの全国ネットワークは放送免許は不要だが、ネットワーク傘下の地方局は、米連邦通信委員会(FCC)による免許交付が必要となっている。

CNNの調べでは、トランプ氏は過去2年間、少なくとも15回にわたってテレビ局の「放送免許剥奪」に言及してきたという。

トランプ氏は、9月にハリス氏とのテレビ討論会を主催したABCニュースが、「移民がペットを食べている」などのトランプ氏による根拠のない発言をその場でファクトチェックしたことなどに対し、「不誠実な報道機関だ」とし、「放送免許剥奪」にも言及していた。

トランプ氏の「放送免許剥奪」の主張に対して、FCC委員長のジェシカ・ローゼンウォーセル氏は10月10日付で反論の声明を発表。こう指摘している。

(トランプ氏による)表現の自由に対するこうした脅威は深刻であり、無視すべきではない。(中略)FCCは、選挙の候補者が内容や報道に同意できない、あるいは気に入らないという理由のみで放送局の免許を取り消すことはなく、今後もしない。

ワシントン・ポストも標的となった。

トランプ氏の陣営は10月31日付で、ワシントン・ポストが連邦選挙運動法違反だと主張し、連邦選挙委員会(FEC)に申し立てを行っている。

申し立てでは、ニュースサイト「セマフォー」の記事をもとに、ワシントン・ポストが「広告費を使って、ハリス氏支持、反トランプ氏の報道を有権者に宣伝した」と主張している。

ワシントン・ポストはこの申し立てが「根拠がなく」、記事の広告はメディア業界全体の「日常的」な慣行だとしている。

●8週間で108回の攻撃

フランスに本部を置く国際NPO「国境なき記者団(RSF)」の調査では、大統領選最終盤の9月1日から10月24日までの8週間で、トランプ氏は演説や発言で、少なくとも108回にわたって「メディアを侮辱、攻撃、脅迫した」という。

トランプ氏は投開票日2日前の11月3日、ペンシルベニア州の選挙集会で、自らへの暗殺未遂事件を踏まえ、「私を仕留めるには、フェイクニュース(報道陣)を撃ち抜く必要がある。そうなってもさほど気にしないが」とも発言している。

さらに、11月6日未明の勝利演説で、「敵陣への突入」の標的として、CNN、MSNBCの名前を挙げた

※参照:「今やあなたたちがメディアだ」とマスク氏、米大統領選でマスメディアは「敗北」したのか?(11/11/2024 新聞紙学的

●メディアの役割

「国境なき記者団」は11月6日付で、「(トランプ氏の)大統領としての2期目の当選は、米国のジャーナリズムと世界の報道の自由にとって危険な瞬間だ」との声明を公表している。

米NPO「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」も、「次期政権と行政・企業のあらゆる意思決定者に対し、報道の自由とジャーナリストによる事実の情報が、民主主義、安定、公共の安全にとって不可欠な要素であることを認識するよう求める」との声明を発表。

米NPO「報道の自由財団(FPF)」も「FPFはトランプ氏の1期目にも報道の自由に対する攻撃に反撃した。2期目にも同様の準備はできている」との声明を公表している。

メディアの役割は、「ジャーナリスト保護委員会」が指摘する通りだ。そしてメディアがよって立つ基盤は、事実が裏付ける情報の「質」とユーザーの「信頼」しかない。

逆風の中で、その基盤を、どれだけ強くしていくことができるか。

(※2024年11月18日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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