ロシア、西側に食品輸入禁止の報復措置―欧米各国に甚大な経済打撃
ロシア政府は8月7日にウクライナ危機に絡んだ西側の対ロシア経済制裁に対する報復措置として、今後1年間、米国と欧州連合(EU)加盟28カ国、カナダ、オーストラリア、ノルウェーを原産国とする農産物や生鮮・加工食品の輸入を禁止する、と発表し、即日実施した。西側の対ロ制裁に対するロシアの報復制裁と、出口の見えない“制裁合戦”は、ロシアのリセッション(景気失速)、さらにはユーロ圏債務危機からようやく脱却し始めた欧州各国の経済に悪影響を及ぼすだけでなく、世界の金融市場の新たな混乱の火種となる可能性が出てきた。
ロシアの食品輸入禁止は、冷凍牛・豚・鶏肉や燻製肉、魚介類、牛乳を含む乳製品、野菜、果物、ナッツ、チーズ類などで、ロシアは昨年、430億ドル(約4.4兆円)の食品を輸入し、EU産の果物や野菜の最大の輸入国となっている。2011年で、ロシアはEU産果物の28%、EU産野菜の21.5%、米国産鶏肉の8%を輸入している。
ロシアの報復制裁がEUに与える悪影響について、EUのビゴッキー・ウシャッカス在ロシア大使は、ノーボスチ通信(ロシア)の8月7日付電子版で、「食品の輸入禁止によって、EUの損害額は最大で120億ユーロ(約1.6兆円)に達する可能性がある」と指摘する。しかもEU統計局ユーロスタットが8月15日に発表したユーロ圏18カ国の4-6月期GDP(国内総生産)伸び率は前期比0.2%増、特に、欧州経済をけん引するドイツに至っては同0.2%減と、成長が止まり、インフレ率も7月は前年比0.4%上昇と、欧州中央銀行(ECB)の物価目標の2%上昇を大幅に下回ってデフレ危機が続いている。それだけに、ドイツのベレンバーグ銀行のエコノミスト、クリスチャン・シュルツ氏は、ノーボスチ通信の8月15日付電子版で、「ロシア要因でドイツ経済が後退し、フランスとイタリアも構造改革の遅れで景気が減速している中、(今回のロシアの報復制裁によって)ウクライナをめぐるEUとロシアの緊張が一段と強まり欧州景気の先行き不安は一段と高まった」と懸念を示す。
こうした“制裁合戦”を前にして、ハンガリーとスロバキアが対ロ制裁の解除を訴え始めた。天然ガスの8割をロシアに依存しているハンガリーでは、ビクトル・オルバン首相が8月15日、地元ラジオ局MR1で、「西側の対ロ制裁はロシアの報復を呼び、ロシアよりも我々欧州の方が痛手となっている」とし、スロバキアのロベルト・フィツォ首相も14日、国営スロバキア放送で「我々はロシアとウクライナ紛争の人質になりたくないし、国益も犠牲にもしたくない」とし、制裁解除を訴えている。
一方、ロシアのニコライ・フョードロフ農業相は、ノーボスチ通信の8月7日付電子版で、「食品輸入禁止措置によって、短期的には国内のインフレ率が急伸する可能性はあるが、中長期的にはインフレ加速リスクは低い。また、ブラジル産の肉類やニュージーランド産のチーズなど制裁対象外の国からの輸入を増やすことで国内消費需要に対応できる」と楽観的だ。しかし、制裁によるロシア経済の後退で財政危機の懸念が残る。モスクワ・タイムズのデルフィーヌ・ダムール記者は8月19日付電子版で、「ロシア政府は、ウクライナ危機をめぐる西側の対ロ経済制裁とロシア経済の後退で財政難に陥っているため、中央銀行の最終利益の中から徴収する国庫納付金を大幅に引き上げる」と報じている。
現在、政府は中銀の最終利益の50%を納付金として徴収しているが、2013年と2014年の中銀の最終利益の75%を今後2年間に渡って徴収するようだ。これは10億-20億ドル(約1030億-2060億円)の増加になる。国際通貨基金(IMF)は2日、ロシア経済は対ロ制裁の悪影響を受けて外国資本が国外流出し、今年のGDP伸び率が前年比0.2%増に急減速するとの見通しを明らかにした。ロシアからの資金流出額(純額)は1-3月期の510億ドル(約5.1兆円)、1-5月期の800億ドル(約8.1兆円)、2014年通年では1000億ドル(約10.2兆円)に達するとしている
ロシア経済はリセッション寸前の状況だ。ロシア連邦統計局が8月11日に発表した2014年4-6月期GDP伸び率は速報値で前年比0.8%増となったが、英コンサルティング会社キャピタル・エコノミクスの新興国市場戦略担当エコノミスト、リザ・エルモレンコ氏はロシアのニュースチャンネルRTの8月14日付電子版で、「前期比では0.2-0.5%減になったと見られ、1-3月期の0.5%減に続いてリセッションの定義である前期比での伸び率が2四半期連続でマイナスになったもようだ」という。ロシアの景気が後退する中、景気に敏感なビールをロシアで製造・販売する欧州メーカーに打撃が及んでいる。ロシア市場の依存度が高いデンマークビール大手カールスバーグは20日、自社サイトで、ロシアでの1-6月期の販売数量が前年比7%減となり、今年の利益は減益が予想されるとし、ロシアにある10工場のうち、1-2工場を閉鎖すると警告。ハイネケンもロシアで1-6月期は同10%減となった。カールスバーグのヨルゲン・ブール・ラスムセンCEO(最高経営責任者)は自社サイトで、「東欧のビール消費はウクライナ危機の影響を受けて落ち込み、今年の当社の利益にも響く」と警告している。
ロシアの報復制裁の直接の影響について、オランダの政府統計局は8月19日、今年のオランダの輸出額は4億ドル(約410億円)、エストニアは1億ドル(約100億円)減少すると予測。また、ロシアのプライム通信は8月7日付電子版で、「乳製品やチーズを中心に昨年の対ロ食品輸出額4億ユーロ(約550億円)のフィンランドも打撃は免れない」とし、モスクワ・タイムズも8月10日電子版で、「最大の貿易相手国ドイツも昨年の対ロ輸出額は360億ユーロ(約5兆円)とEU全体の3分の1を占め、6200社がロシアに進出、200億ユーロ(約2.8兆円)を投資してきているだけに影響は大きい」と報じている。ベレンバーグ銀行のエコノミスト、シュルツ氏はモスクワ・タイムズの8月10日付電子版で、「ドイツの対ロ輸出額はGDPの1.4%を占めるので、仮に対ロ輸出が20%減少すれば、それだけで、ドイツのGDP伸び率は0.2-0.3%ポイント伸びが鈍化する」と指摘する。米商務省が8月10日に発表した貿易統計では、対ロ制裁で米国の対ロ輸出は前月比34%減となっており、また、米自動車最大手ゼネラル・モーターズはロシアの自動車市場の販売不振を受けて、来年のサンクトペテルブルク工場の拡張計画を見直すとしており、制裁合戦は米国にとっても打撃といえる。
金融セクターでも東欧に制裁被害及ぶ
金融セクターでも西側の対ロ制裁はロシアよりも東欧に被害が及んでいる。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルのアイラ・イオセバシュビリ記者は8月18日付電子版で、「投資家は、ロシアやロシア依存度が高い東欧の経済がウクライナ紛争や制裁合戦で崩壊するリスクを回避しようと、投資資金の引き揚げに奔走しており、米調査会社EPFRグローバルによると、その影響でポーランドやハンガリー、チェコなど中東欧の通貨が対ドルで7月1日以降3-4%も急落し、8月1-11日だけで東欧の株式市場から2億3400万ドル(約240億円)の投資資金が逃げ出し、欧州の株価も下落している」と指摘する。
世界最大の債券ファンド投資会社ピムコのモハメド・エルエリアン前CEOは、英紙フィナンシャル・タイムズの8月13日付電子版で、「出口が見えない西側の対ロ制裁とロシアの報復制裁がどんどんエスカレーションして行った場合、投資家の資産の取得・保有への法的制限が拡大し、機関投資家の資産を運用している金融機関の顧客が制裁対象リストに載せられることが考えられる。そうなれば金融の需給関係が崩れ市場が大混乱に陥るのは時間の問題となる」と警告する。
こうした中、英国の大富豪リチャード・ブランソン氏やインドのタタグループの総帥ラタン・タタ氏ら世界の15人の大物財界人(ウクライナとロシアの10人含む)がウクライナとロシアの紛争を終結に乗り出す。米経済専門オンラインメディア、CNNマネーは8月20日付電子版で、「ブラソン氏は平和的解決を当該国の政府に求める一方で、紛争解決に必要な支援は惜しまないとし、東西冷戦の再燃を避けるために会話が必要だと主張している」と報じている。