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英中銀、11月から利下げサイクル開始の可能性(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行(英中央銀行、BOE)

英中銀は利下げサイクル開始には慎重だ。依然、サービス物価が高止まり、インフレは2024年末に約2.5%上昇に加速する懸念があるからだ。しかし、市場では次回11月会合からの利下げサイクル開始に賭けている。

 イングランド銀行(英中銀、BOE)のMPC(金融政策委員会)は先週(9月19日)、政策金利を5%に据え置くことを9委員中、8対1の賛成多数で決め、今回は前回8月会合に続く2会合連続の利下げとならなかった。金利据え置きは市場の予想通りだったが、5%の金利水準は2008年3月(5.25%)以来、依然、16年6カ月ぶりの金融引き締め水準となっている。

 BOEが政策金利を据え置いたのは、9月18日に発表された最新のインフレデータである8月CPI(消費者物価指数)が前年比2.2%上昇と、前月の伸びと変わらなかったものの、BOEが重視している、英国経済の約80%を占めるサービス業のインフレ率であるサービス物価が同5.6%上昇と、7月の同5.2%上昇から伸びが加速、コア指数も同3.6%上昇に加速、インフレ加速懸念が強まったことが背景にある。

 また、インフレ圧力要因である雇用市場も依然タイトで、9月18日に0.5ポイントの大幅追加利下げを決め、利下げサイクルを開始したFRB(米連邦準備制度理事会)のような雇用悪化懸念がないことから、市場ではBOEの2会合連続の利下げは時期尚早と見ていた。

 今回の会合で特徴的なのは、アンドリュー・ベイリー総裁ら8委員(前回会合時は4人)が据え置きを支持したのに対し、スワティ・ディングラ委員だけが0.25ポイントの追加利下げを主張したことだ。市場では当初、据え置きは5委員、利下げは4委員と、ほぼ拮抗すると予想していたため、予想以上に据え置き支持のタカ派(インフレ重視の強硬派)が強く、反対に景気リスクを重視、景気刺激を求めるハト派(金融緩和派)の支持が弱かったことは市場を驚かせた。

 BOEが同日、公表した議事抄録によると、ディングラ委員は利下げ支持の根拠について、「インフレ率(全体指数)は持続的に物価目標(2%上昇)の水準でとどまっている」とした上で、「金融緩和スタンスへのシフトを段階的かつ円滑に進めるため、また、金融政策の影響が景気とインフレに及んでくるまでのタイムラグ(時間差)を考慮して、金利は制限的スタンスをより一段と緩和すべき」と、今すぐに利下げすべきと主張している。

 他方、金利据え置き支持派は、「賃金と企業の価格設定は引き続き正常化しており、英国経済の伸びはほぼ予測通りだったが、短期的な世界経済の見通しに不確実性が高まっている」と、インフレ見通しの上振れ懸念を示した上で、「現在の政策スタンスは適切であると判断される。重大な進展がない限り、制限的な政策スタンスの解除には慎重なアプローチをとることが正当化される」と主張している。制限的とは景気に打撃を与えることになる金利水準にまで、金融引き締めを行うことを意味する。

 しかし、今回のBOEの金利据え置き決定後、英国の金融先物市場は、11月7日の次回会合での利下げサイクル開始の確率を60%から80%に引き上げ、12月会合での利下げも織り込み、2024年末時点で政策金利は4.5%、2025年はさらに4-5回の段階的な小幅利下げを織り込み、10-12月期の積極利下げに賭けている。

 先物市場のディーラーが10-12月期の利下げに賭けている根拠について、英紙ガーディアンの日曜版「オブザーバー」のフィリップ・インマン経済部デスクは9月19日付コラムで、英国経済の停滞感が強く、BOEは遅かれ早かれ金融緩和による景気刺激が必要になるとの見方を挙げる。

 インマン氏は、「英国経済は過熱というにはほど遠く、経済成長は停滞したままで、雇用は2020年3月のコロナ禍前の水準に比べ、大幅に減少、企業は投資しておらず、2024年初めに上昇を示した消費者信頼感指数は停滞しているのが現状だ」とした上で、「これらの経済データに従えば、政策金利は大幅に引き下げられるべきだ」と指摘する。

 しかし、インマン氏は、「今回の会合ではMPC委員の大半はそう考えていなかった」とした上で、「委員の大半は、こうした見方はコロナ禍後の経済でのインフレの動向(物価急騰)を無視している」と指摘する。

 また、同氏は、「大半の委員は、雇用市場が高金利(金融引き締め政策)によってまだ十分に抑制されておらず、ますます高くなる賃金にとらわれていると考えており、雇用率は低下しているが、失業率の大幅な上昇にはつながっていない。インフレ抑制要因となる失業率の大幅な上昇がないにもかかわらず、MPC委員の大半が金融緩和に慎重になったことは間違いだった」と述べている。

■市場の今後の金利予想

 ドイツ銀行の英国チーフエコノミスト、サンジェイ・ラジャ氏はガーディアン紙の9月19日付で、MPC委員の大半が据え置きを支持したことについて、「MPCは我々が予想していたよりも慎重な姿勢を示した。しかし、10-12月期の追加利下げの可能性は依然、大きく残されている。MPC委員の大多数にとって、金融引き締め政策の解除は段階的なアプローチが正当化されるだろう」と述べており、今回、大半の委員が金利据え置き支持だった反動で、逆に、次回会合以降の会合では0.25ポイントの小幅利下げにシフトしやすくなったと見ている。

 ラジャ氏の予想によると、BOEは12月末までに1回の小幅利下げを決め、政策金利を現在の5%から4.75%に引き下げ、2025年は4回の小幅利下げにより、4.75%から3.75%、2026年もさらに3回の小幅利下げで、3.75%から3%に引き下げるとしている。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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