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英中銀、11月から利下げサイクル開始の可能性(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行のアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュースより

英中銀は利下げサイクル開始には慎重だ。依然、サービス物価が高止まり、インフレは2024年末に約2.5%上昇に加速する懸念があるからだ。しかし、市場では次回11月会合からの利下げサイクル開始に賭けている。

 仏保険・金融大手アクサ傘下の投資運用会社アクサ・インベストメント・マネジャーズのエコノミスト、ガブリエラ・ディケンズ氏は英紙ガーディアン(9月19日付)で、イングランド銀行(英中銀、BOE)は次回11月会合で、政策金利を現在の5%から4.75%に引き下げ、2025年にさらに4回の小幅利下げにより、4.75%から3.75%に引き下げると予想する。

 同氏が11月の利下げサイクル開始を予想しているのは、「(BOEが重視している)サービス物価(8月は前年比5.6%上昇)と賃金上昇率は、欧州の中では高い方だが、今後12カ月で大幅な減速が見込める」とし、インフレ見通しに対するリスクは下振れと見ているからだ。

 インフレ見通しが下振れリスクという根拠は、7月の英国の総選挙で政権与党が保守党から最大野党の労働党に交代、10月30日に発表予定の秋の予算編成方針で労働党は増税による緊縮財政路線を追求していることにある。緊縮財政は経済活動を抑制、それにより、インフレ圧力が緩和することを意味するからだ。

 労働党政権が緊縮財政政策を支持しているのは、政府債務残高が急増しているからだ。英金融大手ナットウエスト銀行によると、すでに8月の政府債務は137億ポンド(約2.6兆円)に急増、年初来の政府債務残高は641億ポンド(約12.2兆円)と、過去最高を記録している。BOEのアンドリュー・ベイリー総裁も英BBCテレビのインタビューで、「(緊縮財政により)インフレ圧力が緩和、政策金利をさらに引き下げられる」と楽観的な見方を示している。

 また、蘭金融サービス大手INGのエコノミスト、ジェームズ・スミス氏もガーディアン紙(9月19日付)で、「BOEは11月会合で利下げサイクルを再開、12月会合以降、インフレ圧力の緩和を確信すれば利下げペースを加速させ、2025年夏までに政策金利を現在の5%から2022年11月以来、約3年ぶりとなる低水準の3.25%にまで引き下げるだろう」と、大方の3.75%予想よりも強気な見方だ。

 この予想の根拠について、スミス氏は、「BOEもFRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)など他の先進国と利下げサイクルから大きく乖離することは考えにくいからだ」と述べている。

 FRBの場合、9月18日のFOMC(公開市場委員会)会合で公表した19人の委員の最新の中期経済予測によると、金利予測を示す、いわゆるドット・プロット予測で、2025年の政策金利は3-3.5%が12人(3.25-3.5%が6人、3-3.25%も6人)、2026年は2.5-3%が9人、2027年は2.5-3%が8人と、それぞれ最も多くなっている。他方、市場ではFRBがより積極的な利下げを講じると予想しており、2025年9月までに現在の4.75-5%のレンジから2.75-3%に引き下げると見ている。

 市場ではECBも次回10月会合据え置き、12月追加利下げを予想。1年後に主要政策金利のうち、金利の上下幅(コリドー)の下限となる中銀預金金利を現在の3.5%から中立金利である2.25%にまで0.25ポイントずつ引き下げると予想している。

■ベイリー総裁への批判強まる

 こうしたBOEの今後の利下げサイクルの予想が強まる一方で、英紙デイリー・テレグラフのコラムニストで、英人材派遣サービス大手コーダントの幹部であるフィリップ・ウルマン氏は9月20日付コラムで、ベイリー総裁のこれまでの金融政策対応を痛烈に批判する。

 ウルマン氏、「ベイリー総裁は、おそらく近年最大の金融政策の失敗を主導した」と、痛烈に批判した上で、「壊滅的な金融政策の失敗は、BOEのMPC(金融政策委員会)を廃止し、ベイリー総裁を交代させるべきという結論しかない」と語気を荒らげる。

 ウルマン氏は、インフレ抑制のため、高金利政策を継続するBOEと総裁に対し、「高金利を維持する中、インフレを撲滅しようとするBOEの取り組みの犠牲者について考えるべきだ。住宅所有者は住宅ローンの支払いか、それとも家族の生活必需品の購入のどちらかを選ばざるを得なくなった。また、起業できないベンチャー企業もあれば、貸し剥がし(融資引き揚げ)で破綻した企業もある」と、高金利を持続してきたBOEの無責任さを糾弾する。

 同氏は、「こうした犠牲者は、(ノーベル経済学賞を受賞した)経済学者ミルトン・フリードマンが『(政策効果が)弱いツール』と呼んだ金融政策の必然的な犠牲者だ。何も被害を受けなかった唯一のグループは、その混乱を引き起こした責任者(BOE)らだ。ベイリー総裁は金利が下がるかどうか尋ねられたとき、クスクスと笑った。どんなにひどい災害(高インフレ)が起きても、総裁は何の責任も問われないだろう」と皮肉を述べている。

 ただ、ウルマン氏は総裁だけ批判されるべきではなく、「MPCの責任は大きく、解体すべきだ」と主張する。「年率10%上昇を超えるインフレという災害をもたらした決定は、ベイリー総裁だけの決定ではなかった。量的金融緩和による紙幣発行(流動性供給)と、それを解消できないという悲惨な決定はMPCによって下された」と、MPCの責任を弾劾する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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