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「新・ガザからの報告」(13)(24年8月9日)ー最高指導者・シンワールの選択は自殺行為―

土井敏邦ジャーナリスト
(破壊された家の前で茫然とする少年/撮影・ガザ住民)

【シンワールがハマス最高指導者に】

(Q・シンワールがハマスの最高指導者になりましたが?)

 シンワールはシューラ委員会で選ばれました。世界中の名のある指導者たちによる委員会です。それはガザの住民にはショッキング(衝撃的)なニュースでした。だれも予想していませんでした。ハーレド・メシャルかムーサ・アズマルズークかハリール・アルハイヤらから次の指導者が選ばれると予想していました。しかし結果はその予想とはまったく違ったものでした。だれもこの選択を予想できませんでした。これは住民の一般的なとらえ方です。

 もちろん意見は分かれていて、違った見方があります。中にはこの選択を漫画・喜劇だと表現した者もいます。シンワールを指導者に選んだことを一種のコメディーだと笑った者もいます。中には「ベストな選択だ。なぜなら彼はすでにイスラエル軍による暗殺のリストに載って指名手配されている。次の指導者は指名手配されていなければならない。メシャールやアブマルズークのような人物を現在のハマスの危険で困難な立場に置くべきではない。すでに暗殺の指名手配になっているシンワールを選んだのだ」という考えです。

 昨日、ハマスの支持者たち、ハマスの活動家、ハマス関連のジャーナリストに、彼らの受け止め方を調査をしました。すると、ハマス関係者の中でも二分されることがわかりました。

 1つはこの選択に同意し、他方はこの決定を拒否する人たちです。後者は、ガザ内部にいるシンワールではなく、ハマス指導者は海外の指導者であるべきだというのです。シンワールはトンネルに隠れています。今の彼はガザでさえコントロールできない。そんな彼がハマスのような大きな組織を率いていけるだろうか、という考えです。マレーシアなどのイスラム諸国50か国以上に支部があるような組織ですから。ハマスの中でもシンワールが代表になることを拒否するのは現実的です。

 他の人たちはシンワールの選択を歓迎しています。私の見方では、ハマス内部では多数がこの選択に同意し、少数派がこれに反対しています。

【シンワールは「シンボルとしての指導者」】

(Q・あなたはなぜシンワールが選ばれたと思いますか?ガザの地下トンネルに隠れている彼がどうやって外に指令を出すことができるでしょうか?)

 私自身の考えですが、2つのポイントがあると思います。

 1つは、シンワールの選択がハマスという組織に与える影響で、もう1つはこの選択がガザ戦争に与える影響です。

 最初の点ですが、シンワールの選択は象徴的な(シンボルとしての)ものだと思います。彼は一時的な指導者です。真の指導者は海外にいて、ハニーヤと同じ集団にいた指導者たちです。ハーレド・メシャール、ムーサ・アズマルズーク、ハリール・アルハイヤです。真の指導者は外にいる。シンワールの選択はシンボルとしてであり、臨時的なもので、ハマスのスピリット(士気)を高めるためです。なぜなら現在のハマスのスピリットがあまりに低いからです。イスラエル軍の攻撃によって、何万という戦闘員が殺されました。だからシンワールはハマス個々人の精神的な士気を高めるために必要だったのです。

 第2の点、ガザ戦争においては、これは自殺的な選択です。彼はずっと停戦の機会を妨げてきました。交渉が成立に近づくと、交渉を妨げるためにイスラエルへロケット弾の発射を命じてきました。彼は精神的に病んだ人物で、そんな人物を指導者に選んだことは自殺行為です。この選択はガザ戦争を長引かせます。彼は停戦には応じず、さらに戦争を何カ月も長引かせる。これが私の意見です。

(Q・ガザにおける民衆の反応はどうなのか?以前、人びとはシンワールを罵っているとあなたは伝えてきたが)

 もしアラビア語がわかってSNSを見たら、大多数の人がシンワールを指導者に選んだことを笑い話にしています。多くの住民にとってシンワールは「正気を失った人物」だからです。彼は人びとの間でのニックネームは、「クレイジー」です。10月7日のイスラエルへの攻撃を、ガザ住民を守ることをまったく考慮せずに行ったからです。住民を野外に放置するのではなく、シェルターに入れるべきでした。シンワールは住民の安全をまったく確保することなく、この戦争を始めたのです。

 また彼はまったくイスラエルの反応を考慮していなかった。イスラエルがどう反撃するかまったく研究していなかったのです。その反撃は破壊的でした。ガザ人口の12%が殺されるか、負傷している。もしこの戦争が続けば、この比率はさらに高まっていきます。だから住民は彼のことを「クレイジー」と呼ぶのです。人びとはガザの未来についてとても悲観的です。シンワールの選択について人びとはそれをコミカルに笑い話を交えて表現します。

【シンワールの選択は自殺行為】

(Q・イスラエルはイランにいるハニーヤさえ暗殺することができた。そんなイスラエルはなぜガザにいるシンワールを暗殺できないのだろうか?確実に将来、暗殺されるシンワールをなぜハマスの最高指導者に選んだのか?)

 彼は間違いなく、暗殺されます。イスラエルは、「我われはまもなくシンワールをハニーヤやモハマド・デイフやワルワン・イーサの傍の天国に送る」と宣言しています。

(Q・海外のハマスの指導者たちは、遅かれ早かれ、シンワールが暗殺されることはわかっていたはずですが?)

 トンネルに閉じ込められた人物をハマスは指導者に選びました。この人物は軍事的に超大国に戦争を仕掛けたのです。だから人びとは笑っているのです。だから私は自殺行為の選択であり決断だと言っているのです。

 ハマスがシンワールを選んだのは、世界に向けて攻撃を仕掛けるようなものです。これは一種の自殺です。ハマスはもっと理性的で、現実的で、対話ができ、ものをきちんと考える知恵をもった人物を選ぶべきでした。こんなクレイジーな人物を選ぶべきではなかった。これは自殺行為です。

 この決断はガザをさらに複雑にしています。問題を解決することにはつながらない。さらに問題を込み入ったものにしています。

(Q・ハニーヤの暗殺ですが、人びとの反応に変化がありますか?60~65%が喜んでいるとのことでしたが、その変化はありますか?)

 もしシンワールが暗殺されたら、5~10%が悲しむだろうが、90~95%が喜ぶでしょう。考え方、語り方、態度、見た目などすべてにおいてハニーヤはシンワールよりもよかった。ハニーヤはもっと考え方にバランスがあり、もっと理性的で、もっと賢明であり、尊敬されるキャラクターで、もっと人びとから受け入れられました。一方、シンワールはハニーヤと対照的です。これまでクレイジーな宣言をしてきました。

(Q・あなたはシンワールが指導者になって明るい展望は持てませんか?)

 この選択はガザ戦争を引き延ばすことになります。ガザの人びとの苦しみを引き延ばすことになり、さらに民衆の犠牲者や負傷者を増やすことになります。さらに何十万という住民をホームレスにします。だからシンワールを指導者に選んだことは、人びとをさらに困難で複雑な状況に追い込むのです。

(Q・ということは民衆はさらにハマスを嫌うことになるということですか?)

 普通の人びとはとても怒っています。これは街の通りでのハマスへの嫌悪を高めています。

(Q・ハマス内での反応、分裂をもう一度教えてください)

 ハマスでシンワールの選択を支持している多数派は、「これはいい選択で、シンワールはさらにイスラエルを破壊に追い込み、イスラエル軍をさらに苦しめ、イスラエル軍の兵士をガザの砂の中に沈める」と信じているのです。しかし少数派は、拒絶しています。彼らは、「シンワールが地下トンネルの中に閉じ込められていて、地上に出てガザ地区のハマスをコントロールすることさえできない」と見ています。しかもガザ内でのハマスの支配地区はどんどん小さくなっている。そんな彼がどうやって世界のハマスをコントロールすることができるだろうかと考えています。

【ガザは終わった】

(Q・ガザの将来をどう見ていますか?以前よりさらに悪化すると思われますが?)

 「ガザは終わった」と思います。シンワールの選択は、さらに残ったガザの破壊を招くと思います。生き残っている人びと、テント暮らしをしている人、彼らは深刻な病気に苦しんでいます。ゆっくりと死んでいっています。これからの数カ月はとてもひどい状況になっていくでしょう。将来どうなるか、想像もできません。なぜならなんの知恵もない政策や選択によって、ハマスは残っている人びとの生活、すべてを破壊してしまいます。私にも今後どうなるのかわかりません。

(Q・以前、ハマスの組織とイデオロギーは分離すべきだとあなたは言ったけど、人びとはもちろんハマスのイデオロギーは支持する、つまりパレスチナの解放は支持する。今もそれは変わらないのだろうか?)

 そうだと思います。人びとの大半はハマスを憎み批判しているが、多くの人は全パレスチナの解放、そのための武装闘争という思想は支持し、それが正しいことだと思っています。ハマスを非難する人たちも、この思想は支持しています。将来、この思想をハマスなどより、さらにいい方法で実行しようとする組織が現れると思います。ハマスはガザを崩壊させましたが、しかし将来、このイデオロギーをもっと賢明に採用する組織が登場するかもしれない。ガザの社会はとても宗教的な社会です。ハマスを非難しても、祈りにはいきます。その祈りの間に、ハニーヤやシンワールを罵るんです。たとえハマスへの信頼を失っても、宗教やそのイデオロギーへの信頼を失うことはないのです。だから政治的なイスラムを信じています。

(Q・そのイデオロギーの中の武装闘争によるパレスチナの解放を信じるならば、なぜ10月7日の攻撃を非難するのか?この矛盾をどう説明するのか?)

 これには矛盾はありません。彼らはハマスの“やり方”に反対しています。武装闘争によるパレスチナの解放は何もハマスやイスラム聖戦だけのことではない。それはすべてのアラブ諸国の軍隊の責任です。パレスチナの解放には反対しないが、10月7日のやり方に反対しているのです。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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