1日で株価41%急落、米BuzzFeedの盛衰が示すネットメディアの行方とは?
米バズフィードの株価が1日で41%急落した――。
ウォールストリート・ジャーナルは6月6日、そんなニュースを報じた。
バズフィードは2021年12月、ナスダックに株式公開したが、公開初日から11%の急落に見舞われ、以後もつるべ落としの状態が続いた。時価総額は、公開から半年で4分の1にまで落ち込んでいる。
ネットメディアの「サクセスストーリー」とされたバズフィードだが、その混乱ぶりからは、ネットメディアの課題も浮かび上がってくる。
バズフィードの盛衰が示す、ネットメディアの行方とは?
●「ロックアップ」解除後の急落
ウォールストリート・ジャーナルは同日、そう伝えている。
バズフィード株の前週の終値は3.76ドルだったが、週明け6日の終値は2.23ドルまで下げた。同紙によれば、バズフィードが2021年12月に株式公開をして以来、最大の下落率だという。
株価は週末までにさらに下げ、6月10日の終値は2.06ドルだった。
同紙によれば、バズフィードが急落の原因として挙げているのが、「ロックアップ期間」の解除だとしている。
株式公開前の主要株主は、公開後の一定期間(ロックアップ期間)、株式売却が禁じられる。バズフィードの場合、6月1日にロックアップ期間が解除となっていた。
バズフィードの最大の株主はクラスAの26.46%を持つコムキャスト傘下のNBCユニバーサル、次いで13.14%のベンチャーキャピタルのニュー・エンタープライズ・アソシエイツ、さらに10.63%のハーストが続く。
いずれも、ウォールストリート・ジャーナルの問い合わせに回答をしていない。
●94%の投資家が撤退
バズフィードの評価額を15億ドルとした株式公開計画が公表されたのは、2021年6月24日だった。
SPAC(特別買収目的会社)「890フィフス・アベニュー・パートナーズ」との合併を経て、株式をナスダックに上場する計画だった。
SPACは事業実態を持たず、未公開企業の買収のみを目的とした「空箱」として上場し、合併後は買収先企業が存続会社となることで、結果的に上場させる手法だ。上場のしやすさが受け、件数も急増していた。
「890フィフス・アベニュー・パートナーズ」の社名は、ヒーロー映画シリーズ、アベンジャーズのニューヨークにある架空のオフィスの所在地にちなむという。
合わせてバズフィードは、若者向けエンターテインメントメディアの「コンプレックス・ネットワークス」を、メディア大手のハーストと通信大手のベライゾンから3億ドルで買収することも発表していた。
「890フィフス・アベニュー・パートナーズ」は同年1月の上場時に、2億8,750万ドルの資金調達を発表していた。だが、SPAC上場の“バブル崩壊”も指摘される中、バズフィードの株式公開が近づくにつれ、投資家の熱気が一気に後退していく。
「890フィフス・アベニュー・パートナーズ」とバズフィードの合併が承認された12月2日の発表では、調達額は1,620万ドルに急減。投資家による資金の94%が、バズフィードの株式公開前に引き揚げられていた。
バズフィードは株式公開のほか、転換社債の発行で1億5,000万ドルを調達している。
「世界初の上場デジタルメディア企業」をうたった株式公開だが、逆風は明らかだった。
前週末(12月3日)の「890フィフス・アベニュー・パートナーズ」としての終値は9.62ドルだったが、バズフィードとしての公開初日となった週明け6日の終値は8.56ドルと11%の下落。週末10日の終値は6.07ドルと、1週間前と比べて37%安に。株価はその後も下落の一途をたどる。
2022年3月15日には、バズフィードの現元社員約80人が、株式公開の失敗で同社株のより高値での売却の機会を妨げられた、として870万ドル余りの逸失利益の補償を求めて、裁判外紛争解決手続(ADR)として米国仲裁協会(AAA)に申し立てを行っている。
その1週間後の3月22日、バズフィードは上場後初の決算報告を公開する。2021年の年間売上高は3億9,756万ドルで、対前年比24%の伸びだった。
だがこの時、あわせてバズフィード・ニュースの縮小も明らかにされた。
●ピュリツァー賞とリストラ
ウェブメディア、ジ・インフォメーションのマーク・ディステファノ氏によると、ピュリツァー賞ジャーナリストでもあるバズフィード・ニュース編集長、マーク・シューフス氏は3月22日、スタッフへのメールでそう述べたという。
この日の決算発表と合わせて、シューフス氏、副編集長のトム・ナマコ氏、調査報道部長のアリエル・カミナー氏の幹部3人の退任と、バズフィード・ニュースのリストラ計画も明らかにされた。
3月22日の社員説明会では、ペレッティ氏はそう述べ、約100人のバズフィード・ニュースのスタッフのうち、調査報道、格差、政治、科学の担当記者、36人を対象に、希望退職を募ったという。
組合は「ニュース部門に壊滅的な打撃をもたらす」との反対声明を公表している。
バズフィードは、株式公開計画発表の2週間前、2021年6月12日に、衛星画像やCGなどを駆使した一連の中国・新疆ウイグル自治区問題の報道で、同サイトとしては初のピュリツァー賞を国際報道部門で受賞した。
またこの年のピュリツァー賞では、バズフィードが入手した国際的な資金洗浄の実態を示唆する米政府内部文書「フィンセン文書」も、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)との連名で、国際報道部門のファイナリストにもノミネートされていた。
だが、調査報道がピュリツァー賞を受賞して1年もたたないうちに、その調査報道チームがリストラの対象となった。
CNBCは、大口投資家がバズフィードのニュース部門閉鎖を要求した、と報じている。
2021年のコンテンツ部門の売上高は1億3,020万ドルで前年比9%の伸び。だが、ニュース部門は年間1,000万ドルの損失を生み出している、という。そして、ニュース部門の閉鎖で時価総額は3億ドル上昇する、と見込む株主もいるという。
●バイラルからニュースへ
CEOのジョナ・ペレッティ氏は2005年、アリアナ・ハフィントン氏らとハフィントン・ポスト(現ハフポスト)を開設。さらに翌2006年、バズフィードを開設している。
バズフィードはネット上の話題を取り上げ、フェイスブック、ツイッターで拡散させるバイラル(口コミ)メディアとして成長。リスト型の記事スタイル(リスティクル)でユーザーをつかみ、スポンサードコンテンツでビジネス基盤を築いた。
一方で、2011年には政治メディア、ポリティコの記者だったベン・スミス氏を編集長に迎え、ニュース路線を開拓する。
2015年と2016年には、NBCユニバーサルがバズフィードの評価額を約17億ドルとし、合わせて4億ドルを投資している。
2014年にニューヨーク・タイムズのA.G.サルツバーガー氏(現会長)ら編集局の若手チームがまとめたデジタル改革レポート「イノベーション」では、ハフィントン・ポストやバズフィードなどのネットメディアが、同紙をしのぐ勢いで急成長している、との危機感を表明していた。
※参照:「読者を開発せよ」とNYタイムズのサラブレッドが言う(05/12/2014 新聞紙学的)
※参照:バズフィードはニューヨーク・タイムズの競争相手なのか?(01/31/2015 新聞紙学的)
2016年米大統領選をめぐるフェイクニュースの実態をいち早く報じ、ドナルド・トランプ氏をめぐるロシア疑惑を追及していったのも、バズフィードだった。
ソーシャルメディアを通じたニュース拡散に注力してきたネットメディアに大きな影が差すのが、2018年1月、フェイスブックがニュースの表示優先度を下げ、家族や友人とのエンゲージメントの高いコンテンツを優先表示するというアルゴリズム変更の表明をしたことだった。
※参照:フェイスブックがニュースを排除する:2018年、メディアのサバイバルプラン(その3)(01/13/2018 新聞紙学的)
翌2019年1月には、新旧のメディアで1,000人を超すリストラの嵐が吹き荒れる事態となる。バズフィードでもスタッフの15%に当たる200人規模のリストラが実施された。
ソーシャルメディアによる拡散と広告収入に依存したメディアのモデルは、曲がり角に来ていた。
※参照:米メディア、1日で1,000人のリストラ明らかに(01/25/2019 新聞紙学的)
※参照:2週間で1,700人規模のリストラ、米メディアで何が起きているのか(02/02/2019 新聞紙学的)
バズフィードは2020年11月、やはりかつてのネットメディアの雄、ハフポストをベライゾン・メディアから買収することを発表する。
※参照:編集長たちは次々と去り、残ったメディアは合併する(11/22/2020 新聞紙学的)
バズフィードはハフポストの買収後すぐに、リストラを断行。2021年3月には、ハフポストの米国社員190人のうち47人と、社員23人のハフポスト・カナダの閉鎖を明らかにした。
そして、株式公開をはさんだ2022年3月、バズフィード・ニュースの縮小案がやってくる。
調査報道、格差、政治、科学をリストラし、速報、カルチャー、エンタメ、セレブ、ネットライフに集中する。
コストのかかるジャーナリズムからは手を引き、金になるコンテンツに注力する、ということだ。
金にならないジャーナリズムはどこに行くのか?
バズフィードでニュース路線を開拓したベン・スミス氏は2020年1月に編集長を退任し、ニューヨーク・タイムズのコラムニストに就任。さらに2022年1月には同紙を離れ、ブルームバーグ・メディアCEOだったジャスティン・スミス氏と、新たなグローバルメディア「セマフォー」を設立するという。
そのニューヨーク・タイムズは同年2月11日、課金読者が1,000万人に到達したことを発表している。
※参照:サブスク1,000万件,NYタイムズが3年で倍増のわけとは(02/03/2022 新聞紙学的)
同紙はバズフィードなどの台頭に危機感を募らせ、2014年の「イノベーション」を起点に社内のデジタル改革を断行。フェイスブックなどのプラットフォームの方針転換に振り回されることなく、着実に課金読者を開拓していった。1,000万人達成はその成果だ。
●半年前の4分の1の価値
2022年6月10日時点のバズフィードの株価は、公開の前週末と比べると79%の下落となっている。
また時価総額は約2億8,000万ドル。2021年12月6日の株式公開時の約11億3,000万ドルから半年で、4分の1ほどに低下したことになる。
日本のバズフィード・ジャパンは2015年に、バズフィード(出資比率51%)とヤフー(49%)の合弁で設立された。そして2021年3月、バズフィードによるハフポストの買収にともない、朝日新聞との合弁だったハフポスト日本版を傘下に置き、バズフィード(51%)とヤフー(24.5%)、朝日新聞(24.5%)の合弁となる。
さらに2022年5月16日、ヤフーの親会社、Zホールディングスがバズフィード・ジャパンとの資本関係を解消し、新たに朝日放送グループホールディングスと、Zホールディングス傘下のバリューコマースが出資することとなった。
出資比率はバズフィード51%、朝日新聞24.5%、朝日放送グループホールディングス21.5%、バリューコマース3%。バズフィードとヤフーの合弁だった事業は、実質的にはバズフィードと朝日グループの合弁となった。
(※2022年6月13日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)