「耀子ちゃん、お帰り…」事故から1年7か月 両親に返された思い出のダウンコート【葛飾・父娘死傷事件】
■赤信号無視の危険運転に奪われた家族の未来
「先日、警察の方が、事故のとき耀子(ようこ)が身に着けていた衣類などを届けてくださいました。それを手に取ったとき、一瞬、あの日に引き戻され、ああ、一緒に出かけなければこんなことにならなかったのに……、という悔しさと、耀子が帰ってきてくれた、という嬉しさが交差しました。私は思わず、『耀子を抱きしめたい』と思いました」
メッセージを寄せてくださったのは、1年7か月前、娘の波多野耀子さん(当時11・小5)と横断歩道を横断中、赤信号無視の車にはねられ、自らも重傷を負ったお父さんです。
一緒に送られてきた写真には、グレーのダウンコート、白いブラウス、紺色のキャミソールなどが、きれいに折りたたまれ、まるで新品のように袋に入れられている様子が写っていました。
この事故については、今年3月に取り上げました。
『亡くなった娘と撮った家族写真 赤信号無視の車に断ち切られた未来- 個人 - Yahoo!ニュース』
波多野さん夫妻は、耀子さんの遺体と一緒に最期の家族写真を撮影されました。
その写真に込められた深い思いには、大きな反響が寄せられ、その後、同じ苦しみを抱いた遺族や被害者の家族とも新たな交流が生まれています。
耀子さんのお母さんは語ります。
「実は、耀子の荷物が届くまで、私はとても怖かったんです。でも、耀子が家に戻れて本当によかったと思っています。救命措置を受けるため、洋服はビリビリに破かれていましたが、とてもきれいにしていただきました。耀子のお気に入りだったバスケットシューズも、警察の方がこんなにピカピカに洗ってくださったんです。葛飾警察署の皆さんに助けていただき、救われました。私は戻ってきた耀子の服を自分の手でもう一度洗濯し、1年7か月ぶりに耀子の洗濯物を干すことができました」
■「危険運転致死傷罪」で起訴された加害者
事故は、2020年3月14日、午後8時45分頃、葛飾区四つ木の国道6号で発生しました。
ホワイトデーのこの日、波多野さん父娘は、青信号の横断歩道を二人で渡っていました。そのとき、赤信号を無視して、軽トラックが交差点に進入してきたのです。
衝突の衝撃を受けた耀子さんは多発外傷でまもなく死亡。お父さんは左足の開放骨折、脾臓損傷、顔面骨折などの重傷を負いました。
現行犯逮捕された運転手・高久浩二容疑者(68)の供述によると、前方の信号が赤と認識していたにもかかわらず意図的に無視し、時速約57キロで交差点に進入。横断歩道を歩いてくる波多野さん親子に気づかず衝突したとのことでした。
赤信号なのに停止しなかった理由は、
という内容の極めて身勝手なものでした。
警視庁は、高久容疑者を「過失運転致死傷」の容疑で送検しましたが、東京地検は事故から1年以上経過した2021年3月31日、交通事故としては法定刑のもっとも重い「危険運転致死傷」で在宅起訴。現在、公判前整理手続きが行われています。
■ばらつきのある交通事故遺品の取り扱い
波多野さん夫妻から遺品返却のお話を伺い、遺族に寄り添った葛飾署の対応に感銘を受けました。と同時に、私は、それとは対照的だったある出来事を思い出していました。
実はかつて、バイク事故で亡くなった友人の遺品を警察署へ引き取りに行ったことがあります。あのときの場面は、20年以上たった今も私の脳裏から離れません。
少しだけ振り返ってみたいと思います。
あの日、担当警察官は、雨合羽がたくさん吊るしてある物置のような部屋の棚の中から、大きな透明のビニール袋を取り出して私に手渡しました。それは彼女の血液が付着していたせいか、見た目よりもずっしりと重たく感じられました。
衣類の大半は運ばれた病院で切り裂かれたようで、血の付いたジーンズやTシャツはぼろ布のように見えました。それだけではありません、ブラジャーやショーツまでが丸見えの状態で、無造作に詰め込まれていたのです。
それを見たとき、同じ女性として無性に悲しくなりました。
『もし、彼女の家族がこれを直接引き取りに来ていたら……』
それを想像するだけで辛くなりました。
たとえ傷だらけの衣類でも、遺族にとっては大切な思い出が詰まった大切な遺品なのです。
こうしたケースはその後の取材でも何度か聞いていただけに、今回の葛飾署の気配りには、本当に心が温かくなりました。
■お気に入りだったダウンコート
波多野さんの自宅に戻ってきたColumbiaのダウンコートは、前身頃が少し破れ、羽毛が出ていました。
つい最近、消防署に情報を提示してもらってわかったそうですが、このダウンコートを着てはねられた耀子さんは、事故直後、軽トラックの下敷になっており、救急隊が到着する前に現場周辺にいた何人かのひとたちが、車体を持ち上げて引き出してくれたそうです。
「このダウンはとても暖かくって、耀子のお気に入りだったんです。何年か前のクリスマスに私が選び、私の母もおそろいで買いました。冬はこれを着てスケートをしたり、塾へ行ったり……、思い出がたくさんありますね。ダルマと一緒のこの写真は、2020年のお正月に夫の両親と福島の新白河へ年越し旅行をしたときのものです。これが、最後の家族旅行になってしまいました……」(耀子さんのお母さん)
■耀子さんの写真まで「不同意」にしてきた被告側
危険運転致死傷罪事件の初公判まであと1か月。
波多野さん夫妻は、これから始まる刑事裁判に備え、10月に入ってから、遺品の返還に応じたり、消防への情報開示請求を行ったりするなど、真実と向き合う辛い作業に取り組んでいます。
耀子さんのお父さんは、語ります。
「これから始まる刑事裁判で、被告側は私たちの遺族調書だけでなく、娘の写真まで不同意としてきました。つまり、証拠として採用しないということです。遺族調書には、たった一人の大切な娘を失った苦しさと、我々に何の落ち度もなかったこと、そして、ことさらに赤信号無視をした加害者に厳罰を求めたいということ以外は書かれていません。なぜこれらを不同意にしてきたのか理解に苦しみ、はらわたが煮えくり返る思いです」
運転手からの直接の謝罪やお参りは、未だに一度もありません。
遺族調書を不同意とされたことで、波多野さん夫妻は検察から証人尋問を受けることになります。さらに、被告側の弁護人から、反対尋問を受けなければならないそうです。
「裁判員裁判なのに、裁判員の方々に娘の生前の写真や最期の家族写真すら見ていただけないとなると、市民感情を司法判断に取り入れる趣旨の裁判員裁判が全く無機質なものになってしまいます。被告側がどのような主張を展開してくるのか、そして、どのような裁判となるのか……。危険運転致死傷罪裁判の今後のためにも、娘の命を奪われたこの事件を世の中に知られないまま終わらせることは出来ないと考えています」
初公判は11月19日午前10時より、東京地裁で開かれる予定です。