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「サブスク1,000万をいかに達成したか」NYタイムズ発行人が語るデジタル戦略の10年とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ニューヨーク・タイムズの発行人、サルツバーガー氏(写真:REX/アフロ)

有料購読(サブスク)1,000万件をいかに達成したか。ニューヨーク・タイムズ発行人が、10年にわたるそのデジタル戦略を語っている――。

有料購読数1,000万件を抱え、ニュースメディアとしては数少ない成功例、ニューヨーク・タイムズの発行人兼会長、アーサー・グレッグ(A・G)・サルツバーガー氏が、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所の2月19日付のインタビュー記事で、同社のデジタル戦略ビジョンについて語っている。

サルツバーガー氏は、自身が取りまとめ役となった2014年のデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略「イノベーション・レポート」について、「誤解されている」「間違いだらけだった」と率直に語り、「プラットフォームとあなたの利害は一致しない」と振り返る。

さらに、生成AIブームの渦中で、オープンAIとマイクロソフトを訴えたニューヨーク・タイムズ発行人が考える、そのリスクとメリットとは。

●「プラットフォームとあなたの利害は一致しない」

私たちが読者とまず最初に顔を合わせる場所は、プラットフォームだ。一方で、プラットフォームが強力な企業群であることも知っている。デジタル世界のトラフィックとエンゲージメントの流れを支配しているのだ。プラットフォームと手を組み、提携の方法を見つける必要があるが、プラットフォームとあなたの利害は一致しない。そのことを明確に認識し、これをプロフェッショナルなパートナーシップとして扱い、明確に定義した基準に見合うようにつきあっていく必要がある。

サルツバーガー氏は、オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所のエドゥアルド・スアレス氏との2月19日付のインタビュー記事の中で、そう述べている

これは、「今から振り返って、2014年のイノベーション・レポートで間違っていたと思うことは」との質問に対する、サルツバーガー氏の回答だ。

同レポートは、現在43歳のサルツバーガー氏が、まだ同紙編集局のデスクだった2014年3月に、社内メンバーとともにまとめたデジタル改革の提言だ。

メディアにおける、デジタルトランスフォーメーション戦略文書の代表例とされている。

この中で、当時台頭してきたフェイスブックやツイッター(現X)などのソーシャルメディア、ハフィントンポスト(現ハフポスト)、バズフィードなどのデジタルメディアによるメディア環境の激変を位置づけ、この環境変化に対応するために、紙からデジタルへの、抜本的なデジタルトランスフォーメーション構想を示した。

※参照:「読者を開発せよ」とNYタイムズのサラブレッドが言う(05/12/2014 新聞紙学的

だが、サルツバーガー氏は「イノベーション・レポートは誤解されていた」として、こう述べている。

(イノベーション・レポートは)未来の洞察の文書だと思われていた。しかし、あれはカルチャーについての文書で、人々が変化に対してノーと言うのをやめるために、必要な条件を整理しただけのものだ。間違っていたことはたくさんあった。最大の点は、ソーシャルメディアに傾倒しすぎたことだろう。私たちは組織的な傲慢さから、ソーシャルメディアは取るに足らないと考えていた。しかし、未来の読者がいるソーシャルメディアに取り組む必要がある、と考え方を変えたのだ。

このレポートをきっかけに、ニューヨーク・タイムズはデジタルに急速に舵を切り、紙の編集のための編集会議「1面会議」を廃止し、ソーシャルメディアエディターを創設するなどの大がかりな改革に乗り出した。

※参照:ニューヨーク・タイムズが「紙」の編集会議を廃止し、デジタルに専念する(02/21/2015 新聞紙学的

サルツバーガー氏の言及は、その中で、メディアとプラットフォーム、ソーシャルメディアとの軋轢が表面化したことを指す。

※参照:「ニュースを捨てる」Meta、Google、X、相次ぐ表明の理由とは?(09/29/2023 新聞紙学的

その一方で、ニューヨーク・タイムズは2022年2月、紙と関連アプリなどを合わせたネット課金の購読者数1,000万人を達成する。

※参照:サブスク1,000万件,NYタイムズが3年で倍増のわけとは(02/03/2022 新聞紙学的

2024年2月7日に発表した決算によれば、2023年末時点で、ネット課金は970万人、紙の購読者を合わせると1,036万人。ネット課金の収益が初めて10億ドルを超えたという。2027年末までに購読者数1,500万人達成の目標を掲げている。

●「ピボットを避ける努力」

ニューヨーク・タイムズでは、戦略軸(ピボット)の固定化を避けようと懸命に努力してきた。その代わりに、多様な洞察を取りまとめ、複雑化する経営に生かしていくことに注力してきた。なぜ複雑になっているのか? 人々のジャーナリズムへの関わり方がますます複雑になっているからだ。

これまでのニューヨーク・タイムズの舵取りを振り返る中で、サルツバーガー氏は「銀の弾(決め手となる解決策)はないと肝に銘じてきた」として、こう述べている。

購読数1,000万件は、ジャーナリズムに注力しただけではない。料理レシピ(クッキング)、ゲーム(ワードル)、商品レビュー(ワイヤーカッター)などの生活情報やエンターテインメントのコンテンツの充実も、大きな後押しになっている。

加えて、2022年1月には、5億5,000万ドルでスポーツ専門サイト「ジ・アスレッチック」を買収。一方で、編集局のスポーツ部を解体するなどのリストラも断行している。

独立した総合的な報道機関が特定の読者層を追いかけるのは、本当に危険だと思う。特に今のような極めて分極化した時代には、そのような考え方は報道を歪めることにつながる。

サルツバーガー氏は、祖父で、やはり同紙の2代前の発行人であるアーサー・オックス・サルツバーガーの言葉を、こう紹介している。「ニューヨーク・タイムズを買うということは、ニュースを買っているのではなく、判断を買っているのだ」

●「契約増は、トランプ氏のおかげではない」

一般的には、ドナルド・トランプ氏が(2016年大統領選で)当選した結果、(政権に批判的に対峙するニューヨーク・タイムズの)契約数が伸びたと見られている。私の見方は違う。不相応ともいえる購読数の伸びは、ネットフリックスとスポティファイのおかげだと思う。両社はわずか5年で、モノではなくサービスにお金を払うためにクレジットカードを出してもいいのだと世界の人々を納得させたのだ。

2017年に発足したトランプ政権下で、同政権に批判的なメディアとの緊張関係が続き、その緊張の高まりと足並みをそろえるように、メディアの購読数はうなぎのぼりとなった。「トランプ景気」と呼ばれる。

だが、サルツバーガー氏は、購読数増加の後押しとなったのは、トランプ氏よりも、ネットフリックスとスポティファイなどのストリーミングサービスの普及による、ユーザーのサブスクに対する態度変化だと述べる。

トランプ氏はその中で、ユーザーに「うわ、それは大変みたいだ。このニュースには注意を払うべきかもしれない」と思わせたのだ、という。

しかし、この「トランプ景気」が去った後のメディア業界を、大規模リストラの波が揺さぶり続けている。

※参照:「大量リストラ」「サブスク衰退」相次ぐ米メディア、AI激変への生き残り策は?(02/12/2024 新聞紙学的

●「物事を小さく考えすぎている」

「我々の業界は、まだ物事を小さく考えすぎている」。サルツバーガー氏は、業界の将来について、こう述べている。

今の米国のニュース購読数をすべて足し合わせた数がどれくらいかはわからないが、3,000万~4,000万件近くではないか。これは、ストリーミングで成功しているとは言えないパラマウント+(6,300万件)よりもかなり少ない数だ。フールーやネットフリックス、アマゾンプライムの足元にも及ばない。

そんなメディア業界を、さらに揺るがす最新の要因が、生成AIの爆発的な広がりだ。

ニューヨーク・タイムズは、AIの学習用に同社のデータを無断利用したとして2023年12月、マイクロソフトとオープンAIを訴えた

サルツバーガー氏は、AIのリスクとメリットについて、こう述べている。

このテクノロジーは、世界とジャーナリズムの職業の双方に大きな可能性をもたらすが、同時に現実的なリスクももたらす。そして業界として、私たちはこのリスクを警戒する必要がある。お金をかけ、時間をかけ、注意を払い、しばしばリスクを冒して作り上げた仕事に対して、報道機関の報酬を得る権利が失われるような世界を、認めるわけにはいかない。報道機関が、まさにその仕事について読者と直接的な関係を持つ権利がなくなるような世界を許すわけにはいかない。

サルツバーガー氏は一方で生成AIの調査報道などへの積極活用ついても紹介している。

さらにアクシオスは2月20日の記事で、ニューヨーク・タイムズが生成AIを活用したターゲティング広告の導入を検討している、と独自に報じている。

●イノベーション・レポートから10年

サルツバーガー氏がイノベーション・レポートをまとめてから3月でちょうど10年になる。

サルツバーガー氏の今回のインタビューの発言には、この10年のメディア環境の変化の中で勝ち残ったニューヨーク・タイムズの考え方が、色濃くにじんでいる。

(※2024年2月21日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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