高く売れる戦略「池クジラ」 大企業より魅力的な中小企業になるための「逆説的成長戦略」
■ 成長戦略はもう終わった?
つい2年前の私だったら、もろ手を挙げて賛同するのに、最近そうはできなくなってきたことがある。それは、企業の成長戦略に関することだ。先日も、
「3年後には、現在の社員の数を、倍の200名にしたい」
と、ある中小企業の社長から、このように言われた。とはいえ、私は
「景気のいい話ですね」
と返すにとどめたのである。胸の中に、わずかなさざ波がが立ったからだ。
その社長は満面の笑みを浮かべ、「絶対達成させますよ!」と高らかに宣言したが、私はどこか「しっくり」こない感情を抱いたまま黙っていた。
人口減少社会に突入した日本において、規模拡大をめざす経営ビジョンは、もう古いのかもしれない。グローバルな目線を持たないかぎり、企業の成長戦略は、根本的に見直さなければならない時期が来ていると思う。
個人的には、私は野心家が好きだ。会社を大きく成長させたいという原動力が、私欲のためでも、見栄のためでもいい。
だが時代は変わった。成長は成長でも、別の「成長のあり方」がある気がする。
■ まずは「戦略」より「戦力」
とくに中小企業は採用と教育に力を入れ、まずは「戦力」をそろえるべきだ。この手順は絶対に守ろう。工場や店舗、支店などの「入れ物」を増やす前に。
事業のライフサイクルは、ドンドン短くなっている。どんなにビジネスモデルが秀逸で、事業力があっても、これほど外部環境の変化スピードが激しければ、すぐに力を失う。
世界を席巻しているGAFAも、いつまで安泰か誰も予測できない。
だからまず「戦力」である。「人」「組織」に関する重要性が、世界的に高まっている。
「売れる」前に、「売る」力がないと、話にならないのだ。そのためには、受け身にならず、自主的に動ける人を採用し、目標が達成できるまで、粘り強くセルフマネジメントできるよう教育することが大切だ。
■「高く売れる」ためにやるべきこと
「売る」の次は「売れる」だ。つまり戦力のあとに、戦略を考えていく。
中小企業は、「売れる領域」を絞り込むことが第一だ。
大企業が対象のブルーオーシャン戦略は、バリューイノベーションによって新しい市場空間を作り出す戦略を指す。
非常に強力な戦略だが、手付かずの市場を開拓することがどれほど難しいか、想像してみたらいい。まさに破壊的イノベーションを起こさないかぎり、新しい「海」など見つけられない。
しかもその「海」が真っ青でなければならないのだ。手付かずの。
日本のブルーオーシャン戦略で、必ずといっていいほど成功例として挙げられるのが、任天堂の「Wii」である。当時の覇者であったソニー「PlayStation」と真っ向勝負するのを避け、独自の市場を開拓して大ヒットさせた。
しかし、しょせん大企業がとる戦略だ。中小企業に、それほどの「海」を探す体力はない。
では、中小企業はどうすべきなのか。
答えは「池クジラ」にある。「海」でもなく「湖」でもなく「池」なのだ。自分たちが見つけた小さな「池」で、圧倒的に一番(クジラ)になる戦略を「池クジラ」と呼ぶ。
誰も知らないような新種の魚になる必要はなく、誰もが知っている「クジラ」でいい。住む場所を変えることで、競合する相手がぐっと減る。
たとえば「Wii」のような独自の製品をつくるのではなく、普通のゲーム機でいい。しかし、80歳以上の高齢者や、目に障がいがある人向けに開発されているなら、競合はほぼいなくなるだろう。
なぜならマーケットがとても狭いからだ。
いくらブルーオーシャン戦略とはいえ、「Wii」のマーケットは狭くない。全世界で1億台以上売れたのだ。これだと「池クジラ」とは言えない。あえて名付けるなら「海クジラ」だ。海クジラだと、単なるポジショニング戦略のひとつだから、すぐ他の大企業にマネされ、差別化できなくなる。
だから「池クジラ」で大事なのは、マーケット――つまり領域を、思い切って一部分だけに切り取ってしまうことだ。
「ここでしか商売しない」
このような勇気ある決断が必要だ。
■ 池クジラのメリット
では、具体的に考えてみよう。
たとえば先述したように、目が不自由な方専用のゲーム機を主力製品にしたとする。すると、お客様は「目が不自由な方」になる。チャネル(販路)は、視覚障がい者の方と接することができるチャネルに限定されるため、あまり悩まなくてもいいだろう。
そのような施設を足でまわってアピールしたり、体験会を催して手売りで販売してもいい。
生産台数も限られるので、メジャーなゲーム機に比べれば割高になるだろうが、競合がないため「価格決定権」を握ることができる。それなりの利幅を確保ながらビジネスができるだろう。
人を採用する場合も、ゲームに関心があるだけでなく、視覚障がい者の方々に楽しんでもらうにはどうすればいいか。こういったことを考えることが好きな人に限定されるわけだから、視覚障がい者支援に興味がある学生などに声をかけてもいい。
このように入社した方々は「これが私たちの天職だ」と受け止める可能性が高く、仕事に取り組む姿勢もまた積極的だ。マネジャーが、部下育成で困ることも少ないだろう。
つまり「池クジラ」だと、だいたい以下のようなメリットが手に入るだろう。
・利益が上がる(価格決定権を握るため)
・営業、マーケティングコストが下がる
・採用コストが下がる
・教育コストが下がる
マーケティングコストも採用コストもかけなくてもいいのに、質の高いお客様や社員を引き寄せることができるのだ。当然、この結果、財務的に堅牢となり、安定した経営ができるようになる。
このとき、さらに以下のことができると、
・社員への還元
・お客様への還元
・社会への還元
企業の長期安定性は非常に高くなる。お客様も社員も、そし世間も、会社のファンになれば鬼に金棒だ。
この結果、「売れる」ではなく「高く売れる」ことができるようになる。「売る」力が少しばかり弱くても問題がなくなる。だから、ぜひ多くの中小企業にめざしてもらいたいと私は思っている。
■ どうすれば「クジラ」になれるのか?
売れる領域――「池」を決めたら、次に「売れる見え方」を考えるべきだ。いかに「クジラ」のように見えるか、ということである。
実際はクジラなのに、「クジラ」と見えないようでは「池クジラ」とは言えない。これがブランディング戦略に直結するところである。
そこで、どこから見ても「クジラ」と見えるよう、顧客体験(カスター・エクスペリエンス)の統一化をはかろう。
「池クジラ」の戦略をとる際、最も難しいのがココだ。
たとえば、先述した「視覚障がい者向けのゲーム機」の事業をもしはじめたとしたら、どのような「見え方」ができたらいいだろうか。
ゲーム機は、先鋭的なデザインなほうがいいだろうか。それとも子ども向けの丸っこいデザインのほうがいいだろうか。または、アットホームで暖かい雰囲気のデザインのほうがいいだろうか。
もしブランドパーソナリティ(人間的な性格)を、「暖かい」「優しい」「笑顔」「調和」「安らぎ」などとしたら、ブランドを識別するロゴの「色」や「形」も、そのパーソナリティに合わせてデザインしたほうがいい。
ゲーム機を入れる箱。販売を担うホームページ。会社や製品を紹介するパンフレットなど。すべてのデザインテイスト(トーン&マナー)も、同様に統一する。
当然のことながら、ゾンビを殺しまくるようなゲームを提供すべきではない。
人と人とが助け合い、ついつい笑顔が出てしまうような、そんなゲームを多くラインナップに揃えたほうがいいだろう。
もちろん、そこで働く人たちも、このブランドパーソナリティに合った人でなければならない。
お客様が体験するすべてが、クジラをクジラたらしめる「カスタマーエクスペリエンス」だからだ。
■「売れる見え方」3つの要素
さらに、具体的に解説する。
「売れる見え方」を構成する要素は、経営リソースの3要素で考えたらいい。「ヒト・モノ・情報」だ。つまり、
1.組織
2.製品
3.プロモーション
である。
まずは、3つめのプロモーションに関してがいちばんわかりやすいので、ここから解説する。
マス広告や、WEBサイト、看板、パンフレット、チラシといった、すべての「外見」的要素を指す。
なお、ロゴをはじめとした基本デザインについては、素人は手を出すべきではない。
一度決めたら簡単には変えられないため、プロの専門家に任せるべきだ。プロと何度も打ち合わせ、ブランドパーソナリティに最も合うデザインを、慎重につくり上げるのである。
■「製品」はどう見えたらいいか?
では、次に1の製品について考えてみよう。
製品そのものに手を加えるのは、けっこう難しい。ただ、もし可能であれば、そのようなテイストにカスタマイズすることは挑戦したい。
製品そのものに手を加えることができないなら、その外面を変えよう。
有形なモノであるなら、包装紙のような、それを包むもの。入れるもの。持ち歩くための箱や袋などをブランドパーソナリティに揃えるのだ。
■ ブランドも「内面」が大事だ
最も大事なのが、2の組織。
お客様と接点がある人のみならず、すべてのメンバーが統一の「ブランドパーソナリティ」を理解し、常に意識することだ。
そうでないと、なぜ、お客様と接する際、そんなビヘイビア(振る舞い)をしなくてはならないのか。
なぜ、そんなWEBサイトをつくらないといけないのか。なぜ、包装や資料にまで、こだわらなくてはならないのか。理解されない。
さて、1の製品、3のプロモーションを「エクスターナルブランディング」と呼び、2の組織を「インターナルブランディング」と呼ぶ。
難しいのは後者のインターナルブランディングだ。
「外面」はプロの専門家に任せれば何とかなる。だが、「内面」までは専門家に任せられない。人を変えるのは簡単ではないからだ。
だから、「採用」と「教育」が重要なのである。
どのようなクジラになるのか。ブランドパーソナリティをしっかり定義し、その通りに人を教育する。もちろん、採用段階から、そのようなクジラに合う人を絞り込んで採用することは、避けて通れない。
そう考えると、あまり組織を大きくしたいとは思えなくなるだろう。
■ 当社の例
当社は、売上アップではなく「絶対達成」をスローガンにしたコンサルティング会社だ。研修のスタイルは、まるで予備校の先生のように、ホワイトボードを使ってする情熱的なものである。
だから、クライアント企業の従業員が目標達成するまで、当社のコンサルタントはとことん付き合う。つまり、それぐらいの熱血漢でなければ、当社にはジョインできないという意味でもある。
このように「ブランドパーソナリティ」を決めると、お客様のマーケットのみならず、採用のマーケットも限られてくる。だから、そう簡単に大きくできなくなるのが、「池クジラ」戦略の特徴でもあり、ある意味でメリットでもある。
■ 垂直方向の「成長戦略」
「池」と、どんな「クジラ」になるかを決めたら、それを徹底して追及することだ。
私も経営者だから、事業がうまくいっていると、ついつい組織を拡大したくなる。これは誰もがそう思うことだろう。しかしいったん、そのエネルギーを「横に広げる」ほうから「縦に深掘りする」ほうへ向けることも考えてみよう。
水平方向にではなく、垂直方向に、である。
事業で得た収益を、拡大路線で使うのではなく、ブランドエクイティ(資産)の積み上げのために使用する。そうすることで、企業は垂直方向に発展していく。
これからの中小企業は、池クジラをめざすべきだ。自社の視点だけでなく、社員と、お客様と、社会とともに、一緒に成長していくのだ。それもひとつの「成長戦略」のひとつと受け止めたらいい。
※参考記事