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【スピードスケート】ひと皮むけた小平奈緒。盤石の髙木美帆 ~北京五輪シーズン展望~

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
万全の体調に戻り、さらに力をつけた小平奈緒(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 2022年北京冬季五輪の開幕を3カ月半後に控え、スピードスケートのシーズン開幕を告げる「全日本スピードスケート距離別選手権」が長野市エムウェーブで10月22日に開幕し、24日まで行われる。

 本大会は、北京五輪の国別の出場枠獲得につながるワールドカップ前半戦の選考会。コロナ禍だった昨季、日本勢は海外大会への派遣が見送られたため、今季は2季ぶりの国際大会出場となる。

 女子の小平奈緒(相澤病院)、髙木美帆(日本体育大学職員)、男子の村上右磨(高堂建設)、新濱立也(高崎健康福祉大学職員)ら主力たちの現状を、1976年インスブルック五輪、80年レークプラシッド五輪出場の川原正行氏(帯広スケート連盟競技役員)に聞いた。

■エッジに体重が完全に乗っている小平奈緒

 平昌五輪女子500m金メダルの小平について、川原氏は「また一皮むけたように見える」と感心しきりだ。

 平昌五輪の翌シーズンから股関節に違和感を覚えていた小平は、昨季のシーズン途中だった11月に思い切って大会出場を中断して氷から離れ、陸上トレーニングによってフィジカルの土台から再構築する試みを行った。その結果、体のバランスが良くなったと小平自身は語っている。川原氏の目にも同じように映っているのは、今夏のトレーニング成功の証左だろう。

「昨年は動きが重そうだったが、今季はすっきりして見える。軽さ、キレがある。スケーティングだけでなく、ウォーミングアップでもピリッと締まっている」(川原氏)

 元々定評のあったカーブワークのうまさに加えて、ストレートの技術も一段階上がったようだ。

「滑りに深みがあり、腰が入っている。エッジに完全に体重が乗っていて、カーブも直線も素晴らしい」と川原氏は称える。

自身の身体の細かいところまで熟知している小平奈緒
自身の身体の細かいところまで熟知している小平奈緒写真:森田直樹/アフロスポーツ

■テクニックに磨きをかけた髙木美帆は「鬼に金棒」

 500mから3000mまで滑りこなすマルチな実力者、髙木美帆。27歳と脂ののった大エースの滑りを彼女が子供の頃から継続して見ている川原氏は、今季もさらに進化していると断言する。

「髙木美帆はさらに良くなった。うまさが出た。以前は体力を生かしてテクニックを使っているイメージだったが、今はテクニックを生かして体力を使っている。フィジカル先行からテクニック先行へと変貌を遂げた。技術の上に体力が乗っているから鬼に金棒じゃないでしょうか。やはりレベルが違う」

 髙木美帆は北京五輪で500m、1000m、1500m、3000m、チームパシュート、マススタートの計6種目に出る可能性があり、そのうち3種目(1000m、1500m、チームパシュート)は金メダル候補の筆頭レベル。不確定要素の多いマススタートも期待できる。不世出の大選手への道を確実に進んでいる、今はまさにその最中だ。

手振りを交えて説明する髙木美帆
手振りを交えて説明する髙木美帆写真:松尾/アフロスポーツ

■先頭交代をしない新戦術が台頭したチームパシュートは?

 チームパシュートは先頭を交代しない新たな戦術が、日本勢が参戦していない昨季の国際大会を席巻した。約25年前のスラップスケート出現時のようにあやうく日本は出遅れるところだったが、オランダ人のヨハンデビット・コーチの情報網を中心に、欧米の新技術の情報をほぼリアルタイムで入手することに成功。ナショナルチームは昨季のうちに新戦略をすぐに取り入れており、出遅れはない。

 川原氏によると、夏場の氷上練習ではナショナルチームのメンバーが男女とも先頭を交代する従来のスタイルと並行して、先頭交代をしない滑り方も練習していた。まずはワールドカップで世界の動向や日本の立ち位置を見定めたうえで、北京五輪で連覇に挑むことになりそうだ。

近年、力をつけている日本の男子チームパシュート勢。北京五輪ではメダルを狙う
近年、力をつけている日本の男子チームパシュート勢。北京五輪ではメダルを狙う写真:松尾/アフロスポーツ

■一つ抜け出た感のある村上右磨 ポテンシャル抜群の新濱立也

 男子短距離陣は、平昌五輪後のシーズンから世界の上位陣と互角に戦える選手がそろってきた。500mで先に世界トップに躍り出たのは新濱。その後、村上が力を伸ばし、「二枚看板」として国際大会に挑むようになったが、昨季終盤は勢力図にやや変化が見られた。村上が一つ抜け出た感を見せたのだ。特に昨季の国内最終戦となった八戸での長根ファイナルで出した34秒44の国内最高記録は低地リンクの記録としては非常に高い価値があり、デビットコーチも村上の成長を高く評価した。

 川原氏によるとその状況は今季も変わらないという。

「村上は入りの100mが今まで以上に切れている。下半身を鍛えたのが目に見えてわかるうえに、上半身も背中から大胸筋にかけて大きくなり、しっかりトレーニングをした様子がうかがえる」

 八戸で一段上の領域に入ったことを示した村上に対し、新濱は昨季も苦労したコーナーワークの課題をどう克服するかがカギとなる。ポテンシャルは高く、力を出し切れば頂点を征服できる。

 「新濱が持っているエンジンは最高レベルだが、タイヤのグリップ力が足りないためにコーナーワークで苦労している。スピードを生かすコース取りを見つけ出すのも一手だろう」と川原氏は期待を寄せている。男子短距離はロシア勢が強いが、今季のワールドカップは12月にソルトレークシティー、カルガリーと高速リンクが続くだけに、「11月のワールドカップ開幕戦から良い滑りをして北米シリーズで勢いをつけてほしい」(川原氏)と語る。

 なお、平昌五輪男子500m銅メダルの中国選手、高亭宇(中国)は、標高1700mの高地につくった施設で自国開催の五輪へ向けて強化を続けており、この選手も要注意だ。

昨年10月の全日本距離別選手権を制した村上右磨
昨年10月の全日本距離別選手権を制した村上右磨写真:森田直樹/アフロスポーツ

■各距離の有望選手を紹介

 女子500mは小平がトップで、2番手に郷亜里砂(イヨテツクラブ)が続き、3番手は髙木美帆。5枠あるワールドカップの残り2枠を、日本代表歴10年以上の辻麻希(開西病院)や山田梨央(直富商事)、稲川くるみ(大東文化大学)らが争う形だ。

 1000mと1500mは髙木美帆の牙城。1500mや3000mに髙木菜那(日本電産サンキョー)、佐藤綾乃(ANA)、押切美沙紀(富士急行)、さらには高橋菜那(ダイチ)、小坂凛(三重県スポーツ協会)、高校生の堀川桃香(白樺学園高校)らが続く。

 男子500mは村上、新濱、松井大和(シリウス)の上位勢に加え、中距離を得意とする小島良太(エムウェーブ)、ジュニアナショナルから昨季台頭してきた新鋭の森重航(専修大)、100mの速さは日本一の森本拓也(三重県スポーツ協会)、長谷川翼(日本電産サンキョー)、加藤条治(博慈会)が代表枠を争う。

 1000mは山田将矢(日本電産サンキョー)が強く、2番手に野々村太陽(専修大)、そこに小島、小田卓郎(水戸開研)、近藤太郎(ANAAS)、山田の弟である山田和哉(高崎健康福祉大学)らが続く。

 男子長距離勢は一戸誠太郎(ANA)、土屋良輔(メモリード)、土屋陸(日本電産サンキョー)、ウィリアムソン師円(日本電産サンキョー)の争い。若手の蟻戸一永(専修大)は夏場の自転車トレーニングで負傷した影響がありそうだ。

 日本はコロナ禍に悩み苦しみながらも自国開催の東京五輪で多くのメダルを手にした。彼ら彼女らから大いに刺激を受けたスピードスケート勢の活躍を期待したい。

【北京五輪の代表枠】

国際スケート連盟がワールドカップ前半戦(4大会)の成績により、各国・地域に最大男女各9人の代表枠を配分する。18年平昌五輪は最大男女各10枠で、それぞれ1減となる。日本スケート連盟はワールドカップ前半4大会と12月末の代表選考会(長野市)で選考する。なお、ワールドカップで平均して3位以内に入るなど、日本連盟が定めた基準を満たせば、男女各4人までが長野市での代表選考会出場を条件に先に代表に決まる。

北京五輪の男子500mで優勝を争うであろうロシア選手たち(左からクリズニコフ、ムスタフコフ)右は村上右磨
北京五輪の男子500mで優勝を争うであろうロシア選手たち(左からクリズニコフ、ムスタフコフ)右は村上右磨写真:森田直樹/アフロスポーツ

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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