Yahoo!ニュース

U23アジアカップは「キャプテン藤田譲瑠チマ」が誕生した大会

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
U23アジアカップ2024で大岩ジャパンのチームキャプテンを務めた藤田譲瑠チマ(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

日本の男子サッカーが8大会連続の五輪出場となる「パリ五輪切符」をつかんだU-23アジアカップ(カタール・ドーハ)は、「キャプテン藤田譲瑠チマ」が誕生した大会としても語り継がれることになるだろう。パリ五輪を決めた準決勝イラク戦の2アシストもさることながら、幅広く奥深い視野を持ち、細やかな機微をすくい上げては、ピッチ内外でU-23日本代表を闘う集団として一致団結させた――。

■試合終了後すぐに相手選手のところへ行き、リスペクトを示した

試合終了の笛が鳴り、日本のパリ五輪出場権獲得が決まった瞬間、藤田譲瑠チマ(シントトロイデン)は近くにいたチームメイトと軽く抱擁をかわし、ホッとしたような表情を浮かべた。続いて向かったのはイラク選手のところ。立ち尽くす者、座り込んで顔を上げられずにいる者。藤田はピッチに残るイラク選手のもとへ次々と歩み寄り、肩にタッチしたり声をかわしたりしていた。

「日本だったら整列して挨拶すると思うけど、海外はそういうのがないので、ちゃんと挨拶して終わろうと思って」

照れくさそうにそう言ったが、同じプレッシャーの下で闘った相手に対するリスペクトを行動で示す、キャプテンらしい振る舞いだった。

これはウズベキスタンとの決勝戦でも同じだった。試合は90分まで0-0のまま推移し、後半アディショナルタイムの91分に途中出場の山田楓喜(東京ヴェルディ)がシュートを決めて日本が1-0の勝利で優勝。藤田は、この時もまずは最後まで互いに激しい鞘当てを繰り広げたウズベキスタンの選手たちのところへ行って握手し、言葉をかわした。

U23アジアカップ2024準決勝イラク戦でエレガントな2アシストをマークした藤田譲瑠チマ
U23アジアカップ2024準決勝イラク戦でエレガントな2アシストをマークした藤田譲瑠チマ写真:長田洋平/アフロスポーツ

■ベストパフォーマンスは準決勝イラク戦

今大会、藤田は6試合中4試合にフル出場し、1試合途中出場。スタート時のポジションはすべて4-3-3のアンカーの位置だった。個人としてのベストパフォーマンスは準決勝のイラク戦だ。勝てばパリ五輪出場が決まるこの試合で日本は28分に細谷真大(柏)のゴールで先制し、79分には途中出場の荒木遼太郎(FC東京)の得点で2-0とリードを広げ、そのまま逃げ切った。

2得点はいずれも藤田のエレガントなアシストによるもの。5-4-1の陣を敷くイラク守備とのミスマッチもあってフリーでボールを持てる回数が多かったのは事実だが、それにしても藤田の視野の広さ、パス精度の高さは素晴らしかった。

「決勝点に直結するパスを出せたことは自信につながると思います。他の場面でもコントロールできていたと思うので、こういったプレーを続けていきたいと思います」。パリが決まったことで、取材エリアでの藤田はうれしそうに笑みを浮かべていた。

U23日本代表のチームキャプテンとして大岩剛監督とともに公式会見に出席
U23日本代表のチームキャプテンとして大岩剛監督とともに公式会見に出席写真:長田洋平/アフロスポーツ

■チームキャプテン正式就任は初戦3日前の4月13日

大岩ジャパンでは22年3月の発足以来、試合毎にゲームキャプテンを決めており、これまで先発でキャプテンマークを巻いたのは藤田、山本理仁(シントトロイデン)、半田陸(ガンバ大阪)、西尾隆矢(セレッソ大阪)と、今回は不選出だった馬場晴也(札幌)の5人だった。

大岩剛監督は今大会の初戦の前日である4月15日、報道陣にチームキャプテンと4人の副キャプテンを決めたことを発表し、「大会中に何かが起きた時に、我々の一体感、団結力をもっと強固にしていくために、キャプテンや副キャプテンを決めて選手とスタッフが一丸となってやろうという話をした」と意図を説明していた。

一方、藤田は4月13日のミーティングで大岩監督から主将に指名されたことを明かした。大岩ジャパンではそれまでの31試合中13試合でゲームキャプテンを任されており、これはチーム最多。「藤田キャプテン」の誕生は誰にとっても自然な流れだった。そして、藤田自身はこのように語った。

「試合ではキャプテンマークを巻くことが多かったんですけど、そういう感じではっきりと言われたのは今回が初めてなので、不思議な気持ちになりました。自分のやるべきことは変わらないので、チームが勝つために頑張りたい。チームがバラバラになってしまったりするなら、積極的にまとめあげて同じ方向に向けるようにしていきたい」

■大岩ジャパン発足後初めて選手だけのミーティングを開いた

パリ五輪出場権を獲得した準決勝イラク戦後にピッチで記念撮影する(右から)内野貴史、山本理仁、小久保玲央ブライアン、佐藤恵允、荒木遼太郎
パリ五輪出場権を獲得した準決勝イラク戦後にピッチで記念撮影する(右から)内野貴史、山本理仁、小久保玲央ブライアン、佐藤恵允、荒木遼太郎写真:長田洋平/アフロスポーツ

その意思が形となったのはグループリーグ第3戦の韓国に負けた日の翌日だ。それは大岩ジャパンにとって初めてとなる選手だけのミーティングだった。音頭を取ったのは藤田。しかし、報道陣から開催のきっかけを聞かれると、藤田はありのままにこう言った。

「A代表の活動にも参加していたことのあるスタッフから『こういう時、A代表では選手だけのミーティングをやったりしているよ』と言われて、やろうと思いました」

ミーティングでは藤田、副キャプテン4人の中から山本理仁(シントトロイデン)と西尾隆矢(セレッソ大阪)、加えて、MF佐藤恵允とGK小久保玲央ブライアンがそれぞれの思いをチームメイトに直接言葉で伝えた。

山本は「こういう機会は今までなかった。僕も言うのも恥ずかしいタイプなのでなかなか言えないが、『ああいうヤツがこういうこと思っている』と知ることができて有意義な時間だった」と語っていた。

そうして迎えた準々決勝のカタール戦。負ければパリへの道がすべて閉ざされるという厳しい緊迫感のある試合で、選手たちは一致団結して闘い抜いた。相手は地元カタール。彼らとて前半のうちにGKが退場して10人での戦いを余儀なくされながらも延長戦まで粘り抜いた。これこそ、五輪予選の重みとそこに懸ける執念だった。

韓国に敗れてから中3日で迎えることになったカタールとの大一番を前に、大岩監督は韓国に敗れて気落ちしている選手もいるとし、「個人の感情というのはなかなか全体をコントロールすることができない」と語っていた。

大岩監督が指摘するとおり、誰が見ても厳しい状況で23歳以下の23人は結束を強めていた。この世代はコロナ禍の影響をもろに受けたメンバーたち。多くの試合が消滅し、目指していたU-20ワールドカップも中止になった。今回は、キャプテンに加え、それを支える4人の副キャプテンを指名するなど大岩監督のマネジメントが的確だったのは言うまでもないが、素晴らしいキャプテンシーを持つ藤田の存在は大きかった。

■「彼を優勝のキャプテンにしたい」と言った川﨑颯太

優勝カップを手に笑顔の川﨑颯太(右)は、京都の育成組織で同期だった山田楓喜と記念撮影
優勝カップを手に笑顔の川﨑颯太(右)は、京都の育成組織で同期だった山田楓喜と記念撮影写真:長田洋平/アフロスポーツ

大会の序盤、MF川﨑颯太(京都)はこう話していた。

「彼はベルギーで苦しい思い、難しい思いもしながら、覚悟を持ってヨーロッパ組から来てくれていると思う。その覚悟がキャプテンシーにも表れている。ピッチ内でもピッチ外でも本当に素晴らしい選手。だから彼を優勝のキャプテンにしたいと思っている」

川﨑は所属の京都で昨年からチームキャプテンを務めている。就任当時21歳だった川﨑を指名したのは、かつて湘南時代に19歳の遠藤航(現リバプール)をキャプテンに任命した曺貴裁(チョウ・キジェ)監督だ。

川﨑は藤田が出場しなかったグループリーグ第2戦のUAE戦に先発し、1得点を挙げる活躍で2-0の勝利に貢献。その試合後の取材では自チームで主将を務めている経験を踏まえ、このように話していた。

「キャプテンが目立たず、全員が主体性を持って、全員が自分で何か解決しようとしてくれるのがいいチームだと思っている。自分がどうにかしないといけないよりは、周りが主体的に動いてくれたら楽になる。きょうはチームキャプテンのチマが(ピッチに)いなくても、自分たちで形にしなければいけないという面で全員が声を出してやっていたのが良かったと思う」

出番がなかったUAE戦での藤田は、試合中ほとんどずっとベンチ前に立って声を出していた。報道陣からその声は聞こえていたかと聞かれると、川﨑はうなずきながら「高いですもん、声が」と言って笑った。雰囲気の良さが伝わるリアクションだった。

U23アジアカップで2大会ぶり2度目の優勝を飾ったU23日本代表
U23アジアカップで2大会ぶり2度目の優勝を飾ったU23日本代表写真:ロイター/アフロ

■副キャプテンカルテットの意識も高かった

副キャプテンたちも素晴らしかった。

内野貴史(デュッセルドルフ)は最初の選手ミーティングの際、思うような活躍を出来ずメンタル的に落ち込んでいた佐藤に発言を促し、一人で抱え込んでいた苦しい思いを吐き出させ、準決勝のイラク戦前には2度目の選手ミーティングを提案した。大畑步夢(浦和)が「貴史はチームを鼓舞できる選手」とリスペクトを込めて言っていた通りの振る舞い。その内野は藤田を「ジョエルは、彼がチームを見て支えているのはもちろんですけど、彼自身のサッカーへの取り組みやピッチ内での姿を見ることでチームメイトは付いていこうと思うような選手です」と評している。

副キャプテンの中で最も若い21歳(就任当初は20歳)の松木玖生(FC東京)は「自分はジョエル(譲瑠)に頼るという思いはないですが、キャプテンとしてうまくまとめてくれている。しっかりとキャプテンを優勝に導けるように自分たちも支えていかないといけないと思っています」と語っていた。

この心意気は、初戦の中国戦でレッドカードを受けて途中退場し、その後3試合出場停止という苦しい経験をした西尾が初戦前に語っていたのと同じだった。西尾は「一人一人が高い意識を持ってやっていく。誰がキャプテンかは関係なく、ジョエルをみんなで支えながら一つにまとまっていいチームを目指していかなければならない。全員がキャプテンというイメージでやっていかなければならない」と意気込みを示していた。西尾は出場停止中に仲間の洗濯物をたたむなど、見えないところでも尽力した。

大会MVPに選出された
大会MVPに選出された写真:長田洋平/アフロスポーツ

■大会MVPに選出された藤田「チームとしてもらった感じ」

ウズベキスタンとの決勝を終え、歓喜の中で表彰式が始まった。藤田は大会MVPに選出された。日本がU23アジアカップを制したのは同じくドーハで開催された2016年以来2度目。前回のキャプテンは現在A代表で主将を務める、遠藤航だ。そしてMVPは、延長にもつれ込んだイランとの準々決勝で延長後半に2得点を決めるなど、リオデジャネイロ五輪出場権獲得に大きく貢献した中島翔哉(現浦和)。藤田にとっては東京ヴェルディの育成組織の先輩でもある。

今大会の藤田は、前半途中から10人で戦ったグループリーグ初戦の中国戦で見事にピッチ内を統率して「プレーヤー・オブ・ザ・マッチ」に選ばれ、パリ行きの最大関門だった準々決勝カタール戦では、延長前半に細谷の決勝点の起点となる縦パスを供給した。勝てばパリ五輪が決まる準決勝のイラク戦では美しい2アシストで2ゴールをお膳立て。ウズベキスタンとの決勝でも高井幸大(川﨑F)のヒールパスを受けて荒木に出した縦パスが山田楓喜の劇的な決勝ゴールに繋がった。

「うれしいけど、チームとしてもらったみたいな感じ。チームのみんなに感謝したい」

優しげな口調の奥に、パリ五輪で56年ぶりのメダルを狙う高い目線を宿らせていた。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事