前回王者を苦しめた強固な守備とコロナ【天皇杯3回戦】川崎(J1)vs千葉(J2)
■「はじめましてフクアリ!」が意味するもの
東京五輪開幕を2日後に控えた7月21日、天皇杯JFA第101回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の3回戦残り3試合のうち、川崎フロンターレvsジェフユナイテッド千葉の試合が、千葉県のフクダ電子アリーナ(フクアリ)で開催された。試合開催日にばらつきがあるのは、3回戦に勝ち残ったチームの中に、AFCアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)出場チームが含まれていたからだ(ちなみにセレッソ大阪vsアルビレックス新潟は8月4日、ガンバ大阪vs松本山雅FCは8月18日に開催される)。
それ以外の試合は7月7日に行われ、47ある都道府県代表はすべて大会から去ってしまった。Jクラブ以外で勝ち残っているのは、アマチュアシードのヴェルスパ大分(JFL)のみ。前回大会はコロナ禍の影響により、Jクラブは準々決勝まで登場せず、それまで大会を地味に盛り上げていたのはアマチュアクラブであった。それが一転、ベスト16に都道府県代表が残っていないのは、何とも寂しい限り。そんな中、今回の川崎と千葉という顔合わせは、単なる「J1対J2」だけではとどまらない、興味深い顔合わせに感じられる。
「はじめましてフクアリ!」──試合前、友人の川崎サポーターがこんなツイートをしていた。彼女はサポーター歴5年だったはずだが、その7年前から千葉はJ2だったので、リーグ戦でフクアリを訪れたことはない。川崎と千葉が公式戦で最後の対戦したのは、2016年の天皇杯3回戦だが(4−1で川崎が勝利)、この試合の会場は等々力陸上競技場。フクアリでの対戦となると、2009年3月22日のJ1リーグ第3節まで遡らなければならない(この時は1−1の引き分け)。「はじめましてフクアリ!」というのも、むべなるかなである。
12シーズン目のJ2を戦う千葉は、現在10位。対する川崎は、今季のJ1で2位に12ポイント差をつけての1位である(試合数は川崎が2試合多い)。のみならず、前回の天皇杯優勝チームであり、なおかつ今季はACLを含めて公式戦無敗。そんな川崎の不安材料は、やはり過密日程であろう。7月12日にウズベキスタンから帰国後、17日に清水エスパルスとのアウェー戦、さらに中3日での天皇杯。12年ぶりに川崎をホームに迎える千葉には、ジャイアントキリングを起こす条件を満たしていた。
■千葉の強固なディフェンスに苦しめられる前回王者
どちらもリーグ戦から中3日で、メンバーの入れ替えも3人。千葉は、チームの守護神で元川崎の新井章大に代わって鈴木椋大がゴールを守り、リーグ戦でスタメンフル出場だった鈴木大介はベンチ外となった。対する川崎は、谷口彰悟と大島僚太がベンチスタート。試合が始まると、大方の予想通り川崎が主導権を握ったが、千葉の守備は想像以上に強固だ。家長昭博と遠野大弥が両サイドから仕掛けるも、中央のレアンドロ・ダミアンになかなかボールが収まらない。前半は0−0で終了。
試合の均衡が破れたのは53分。先制したのは、前半のシュート数が1本の千葉だった。左サイドに展開していた見木友哉から船山貴之にくさびが入り、戻ってきたボールに見木がワントラップから左足を振り抜く。弾道はジェジエウの足に当たり、角度が変わってゴールに吸い込まれていった。しかし、王者・川崎は慌てない。6分後の59分、橘田健人が倒されてPKを獲得すると、これを家長がGKの動きの逆を突いてネットを揺らす。その後は両者とも決定機を欠いて、1−1のまま延長戦に突入。
この90分間、川崎ベンチが切った交代カードは5枚、対する千葉は3枚だった。延長戦に入れば計6枚が使えるので、残りの交代枠は川崎は1で千葉は3。攻撃のカードを次々と切る千葉に対し、川崎は途中出場の大島を負傷で失ってしまう(代わって山村和也を投入)。交代枠を有効活用した千葉は、延長後半であと一歩のところまで追い詰めるも、前回王者は最後まで集中を切らさずに応戦。終了間際には、途中出場の宮城天が際どいシュートを放つなど、完全に受け身に回ることなく120分を終えた。
かくして前回王者は、AC長野パルセイロとの2回戦に続いて、またしてもPK戦に勝敗を委ねることとなった。先に蹴るのは千葉。3人目の岩崎悠人のキックがバーを超えたのに対し、川崎は4人目まで全員が成功した。そして5人目の千葉のキッカーは熊谷アンドリュー。ゴール右に放たれたシュートを、チョン・ソンリョンの大きなグローブが弾き返す。120分で1-1、そしてPK戦4-3。2回戦とまったく同じスコアで川崎が4回戦に進出し、千葉のジャイアントキリングはならなかった。
■1カ月にわたる隔離期間の中で勝ち抜く川崎の底力
敗れた千葉のユン・ジョンファン監督は「天皇杯での強豪チームとの対戦ということで、多くの人たちが訪れてくれたが、面白い試合に感じてくれたと思う」とコメント。そして「ディフェンスする時間帯が長くなると予想していたが、相手との差は感じつつも『自分たちはできる』という自信は持ってくれたのではないか。この試合を通じて、選手もいい勉強になったと思う」と、一定の手応えを感じている様子であった。
一方、勝利した川崎の鬼木達監督は「連戦でタフなゲームになると予想していましたが、そのとおりになりました」。その上で「相手に先制されても追いついて、最後の最後まで諦めなかった。PK戦であっても(勝利を引き寄せる)力は必要。チーム全員で勝ち取ったと思います」と続けた。そんな川崎の指揮官が、最も感情を込めて語ったのが、ウズベキスタンから帰国後も、バブルの状況の中で試合を続けてきたことである。
「本当にわかってほしいのは、選手が頑張っているんだということ。帰国してからも、気の抜けない状況が続いています。ACLではずっと隔離生活で、帰国後にはコロナ(の陽性者)が出ました。電話するたびに、彼らに『すみません!』と言わせてしまうコロナが憎い。そういった状況の中、選手が120分プラスPK戦で勝利したというすごさを、何とか伝えていただきたいと思います」
川崎がACL出場のために出国したのが、今から1カ月前の6月19日。現地では15日間に6試合を戦うハードな日程をこなし、帰国したのが7月12日。その後、14日にスタッフ2名、さらに17日には選手1名に陽性反応が出ている。その間にリーグ戦とカップ戦が1試合ずつ。そしてチームは27日まで、バブル状態の中での隔離生活を続けることとなる。そのプレッシャーたるや、いかばかりであったか。
前回王者を苦しめたのは、千葉の強固なディフェンスだけではなかった。ACLとJ1と天皇杯という異なる試合を、隔離生活を続けながら戦う難しさ。もちろん、試合だけではない。感染リスクへの日々の向き合いの中で感じる、恐怖やストレスもまた尋常ではなかったはず。あらためて、川崎フロンターレの底力を感じさせる、天皇杯3回戦であった
<この稿、了。写真はすべて著者撮影>