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フットボールファンお馴染みのアンセム「ユルネバ」を巡る旅 ヨコハマ・フットボール映画2024

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
「ユルネバ」といえばリヴァプール。当時の監督、ユルゲン・クロップ(右)も登場。

 国内外のフットボール映画を集めて、毎年開催されるヨコハマ・フットボール映画祭(YFFF)2024。14回目となる今年は、10月12日と13日に横浜市の「かなっくホール」にて開催されている。

 かなっくホールでの上映は本日までだが、見逃した方にもチャンスはある。今月14日から18日まで、シネマ・ジャック&ベティでも「追っかけ上映」されるからだ。

 本稿では、12日に上映されたドキュメンタリー作品『YOU'LL NEVER WALK ALONE』(以下、ユルネバ)について、若干のネタバレありで紹介することにしたい。まずは予告編の映像から。

 ユルネバとは、フットボールファンであれば誰もが知っているアンセム。試合前の選手入場で、地元サポーターがタオルマフラーを掲げて唱和する映像を、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。

「ユルネバ」といえば、まず思い浮かぶのが、イングランドのリヴァプール。ほかにスコットランドのセルティック、ドイツのボルシア・ドルトムント、それ以外にも枚挙にいとまがない。日本ではFC東京が有名で、最古参サポーターの植田朝日さんによれば、東京ガス時代の1995年頃から歌われているそうだ。

 では、このユルネバはいつ、どこで生まれたのだろうか? そして、どのような経緯で、世界中のフットボールファンに受け入れられたのであろうか? その謎を解き明かすべく、歴史をさかのぼり、大西洋を行き来しながら撮影されたのが本作である。

 ユルネバの源流をたどると、ハンガリー出身のユダヤ人作家、モルナール・フェレンツによるオペラ『リリオム』にたどり着く。遊園地の回転木馬の客引きで、妻と娘に手を上げてしまうような残念な男、リリオムが主人公。あらすじを読む限り、フットボールとの親和性は見出せない。

 転機となったのは、モルナールのアメリカ移住。ナチスのユダヤ人迫害を逃れ、1940年にニューヨークに渡った彼は、引き続き演劇を生業とする。そんな中、代表作の『リリオム』が、1945年にブロードウェイにてミュージカルとなり、さらに1956年には映画化もされている。

ユルネバが流れ始めた1963−64シーズン、リヴァプールは17年ぶりとなるトップリーグ優勝を果たした。
ユルネバが流れ始めた1963−64シーズン、リヴァプールは17年ぶりとなるトップリーグ優勝を果たした。

 このミュージカルと映画での挿入歌『You'll Never Walk Alone(人生ひとりではない)』が、英国のロックバンド、ジェリー&ザ・ペースメイカーズによって1963年10月にカバーされ、これが全英チャートの1位を獲得する。

 ちょうどこの頃、リヴァプールのホームゲームではハーフタイムにヒットチャートを流しており、ユルネバもそのひとつであった。ところがチャートから脱落したのちも、サポーターのお気に入りとなっていたユルネバは流れ続け、やがてリヴァプールのアンセムとして定着。ドルトムントをはじめ、他国のクラブでも歌い継がれるようになる。

 ひとつひとつのディテールについては、ぜひ本作を観て確認していただきたのだが、ひとつだけ留意していただきたいことがある。それは、この作品は「フットボール映画」でありながら、試合のシーンは(特に作品の前半部分で)ほとんど出てこないことだ。

 登場するのは、モルナールの孫、俳優、振付師、指揮者、ロックミュージシャン、音楽プロデューサー、などなど。ユルゲン・クロップ(ドルトムントやリヴァプールの監督を歴任)やラース・リッケン(ドルトムントの元バンディエラ)、あるいはサポーターやスタジアムDJも証言しているが、フットボール関係者は極めて限定的だ。

 むしろフットボールの外側の人々(その多くは表現者)に語らせることで、ユルネバという楽曲を世界中に流布させた「フットボール(文化)」を際立たせるのが、本作のテーマであることに気付かされる。

 ユルネバの歌詞に、フットボール的なものはひとつもない。それでもこの曲は国境を超え、さらにはサポートクラブの垣根を超えて、世界的な「フットボール讃歌」と認識されている。そこに演劇や映画や音楽と同等、あるいはそれ以上の「文化としてのフットボール」の底力を見る思いがする。

YFFFでは2018年以来となるリバイバル上映。12日の最終上映だったが、多くの観客が会場を訪れていた。
YFFFでは2018年以来となるリバイバル上映。12日の最終上映だったが、多くの観客が会場を訪れていた。

 映画化された『回転木馬』の出演者(かなり高齢の男性だった)が、ユルネバが世界中のフットボールファンの間で広まっていることを知って、とても驚いているシーンが印象的だった。それは『リリオム』の作者、モルナールも同様だろう。

 モルナールは『パール街の少年たち』という児童文学も手掛けている。ブダペストの下町を舞台に、2つの少年グループの抗争を描いた物語だが、主人公たちと対立しているのが、構成員全員が赤いシャツを着ている「赤シャツ団」。おお、レッズ(リヴァプールの愛称)とつながるではないか!

 この魅力的な符合を知ったら、ユダヤ人作家はどんな感慨を抱くだろうか。モルナールがニューヨークで没したのは、ユルネバがヒットする11年前の1952年。享年74であった。

『YOU'LL NEVER WALK ALONE』は10月15日19時30分より、シネマ・ジャック&ベティ screen ジャックにて追っかけ上映。詳細はこちらから。

<この稿、了。写真:(C)FLORIANFILM 2017>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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