古巣・楽天の優勝争いを見守りながら人生の岐路に立つルシアノ・フェルナンドの思い
今年のプロ野球(NPB)のペナントレースはセ・パとも熾烈な優勝争いが繰り広げられている。パ・リーグは、ポストシーズン進出をかけた上位4チームのデッドヒートとなっているが、優勝を虎視眈々と狙う一方、ポストシーズン進出をかけて4位ソフトバンクと争ってもいるのが、3位の楽天イーグルスだ。
その「古巣」楽天の優勝争いを横目に、自身、独立リーグのポストシーズンを戦っていたのが、ルシアノ・フェルナンドだ。日本育ちの日系ブラジル人の彼は、2014年ドラフトで楽天から4位指名を受け、入団。小柄な体ながらパンチ力打撃が魅力で、ルーキーイヤーから39試合に出場し、ホームランも放ったものの、この年がキャリアハイで、その後は与えられたチャンスをなかなかものにすることができなかった。2019年には故障もあり、育成契約からのスタートとなったが、シーズン途中には支配下登録選手に復帰。ブレイクが期待されたものの、一軍出場はこの年限りで、昨年シーズン後に戦力外通告を受けた。
彼には2017年オフのメキシコウィンターリーグ取材以降、数度話を聞いたことがあったのだが、楽天をリリースされた後の去就が気になっていた。風のたよりに独立リーグでプレーを続けると聞いて、ホッとしていたのだが、シーズンが始まって、そのプレー先がルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートべアーズであることを知った。彼が加わった埼玉武蔵は、見事BCリーグ東地区を制覇、プレーオフ準決勝ラウンドに進んだのだが、その彼に話を聞きに対戦相手のオセアン滋賀ブラックスのホーム球場、オセアンBCスタジアム彦根へ足を運んだ。
試合前のベンチ前。円陣を組んで気合を入れた後、私に気付いた彼は、人懐こい笑顔を浮かべ、歩み寄って来てくれた。
野球が好き、そしてNPBに復帰したい
今年BCリーグでプレーした理由を聞くと、開口一番、彼はこう答えた。「まず野球が好きだってことですね。実は、戦力外通告を受けた後、楽天球団からはスタッフ、つまり球団職員として残らないかという話もいただいていたんです。でも、やっぱり選手としてやりたいということで」
現役続行の一番の決め手は12月に行われた12球団トライアウトだったとフェルナンドは言う。このトライアウトは、現実には多くの選手たちにとって「現役生活へのけじめ」、つまりある種の「記念受験」であることが多いのだが、最初はフェルナンドも最後のユニフォーム姿のつもりで臨んだのかもしれない。しかし、ここで3打数1安打1四球の結果を残した彼はプレー続行を決意する。1本放った安打は、ホームランだった。この一発にルーキー時代に放ったプロ唯一のホームランとなった代打弾を思い出したのかもしれない。「一度辞めてしまうと、もう動けなくなってしまう」。フェルナンドはユニフォームを着続けることを決めた。
しかし、NPB球団から声がかかることはなかった。巷ではあのトライアウトはかたちだけで獲得する選手には前々から話がいっているなど言われているが、やはりそうかもしれない。しかし、フェルナンドにはプレーを辞める理由が見つからなかった。
プレー先には、以前オフの武者修行で行ったメキシコも頭をかすめたが、コロナ禍という状況、「外国人」という自身の立場を考えるとウィンターリーグのロースターに入るのは難しいだろうと悟った。
「だから1年は日本で勝負したい。NPBを目指してやっていきたいってなったんです」
ラブコールに応えてBCリーグ入り、予想通りの高いレベル
独立リーグでの現役続行を決めたフェルナンドのもとには複数の球団からオファーがあった。その中で、埼玉武蔵を選んだのは「熱さ」だったとフェルナンドは言う。
「角監督をはじめコーチの方々の熱いメッセージが大きかったですね。この人たちとやれば、NPBに戻れるんじゃないかって思ったんです。やっぱり自分だけの力では厳しいものがありますので。いろんな力を使いながらNPBに行けたらなって」
初めて経験した独立リーグ。チームの主砲として戦い抜き、打率.264、10本塁打、50打点という成績だった。それを踏まえた上で、フェルナンドはBCリーグのレベルを「予想通り」と評する。
「レギュラーシーズン後、プレーオフの前にオールスター戦があったんですけど、その時にも同じ質問をされました。3打席立った後、ゲスト解説としてお話しさせていただいたんですけど、レベル的にはNPBの二軍とそう変わりはないって言いました。結構レベルは高いですよ。それは、入団する前からあらかじめ聞いていたんですけど、その通りでした」
独立リーグのレベルは年々上がっているのは事実だ。今では、主力投手となると140キロ代後半は当たり前、150キロ超を投げる投手も珍しくはない。ただ、それだけの選手を抱えながら、プレー環境はNPBに及ぶべくもない。それに対してもフェルナンドは、こう答える。
「違いはもちろんありますが、それに対応していかないといけないんでね」
選手の年齢層も低い。NPB時代には、先輩選手がかなりいたが、独立リーグでは29歳、アラサーの彼は、最年長の部類に入る。それに関しても、陽気でフランクなブラジリアン、年下の選手とのコミュニケーションには困らない。
「まあ、メキシコでもプレーしてますから。もちろん、向こうとは違いますけど(笑)。やっぱり向こうの選手の方が、熱いし、コミュニケーションとる選手が多いので。ノリの違いはありますよ」
迫る決断、母国ブラジルへの思い
母国ブラジルへはもう4年ほど帰っていないと言う。以前は現役生活を終えたら、母国へ戻ることも考えているとも言っていたが、日本育ちの彼にとって、今や日本も「母国」となりつつある。その一方で、母国ブラジル代表のユニフォームに今一度袖を通したい思いもある。コロナ禍で延期となっているWBCは来年には予選が再開されるとも言われているが、まだまだそれも不透明だ。それよりもなによりも、「決断の秋」は目の前に迫っている。
シーズン中、NPB球団からオファーが来ることはなかった。このオフにどこかの球団から声がかかる可能性もあるが、フェルナンドは、トライアウトを受けるかどうかはわからないと言う。
「トライアウトを受験したからってNPBに戻れるわけじゃないでしょう。つまりオファーが来ないということは要らないということです。それが現実でしょう。自分の中で踏ん切りはついています。もちろんまだ選手でいたいという気持ちもあるんですけど。もう一度NPBで、という気持ちはありますけど、年齢的に考えても厳しいものがありますから。まずは今臨んでいるプレーオフをしっかり戦って、それから考えたいと思います」
話を聞いた日、埼玉武蔵は追いすがる滋賀を振り切り、4対2で勝利。対戦成績を1勝1分けとして決勝ラウンド進出に王手をかけた。しかし、その次の試合、よもやの大敗を喫してしまい、フェルナンドの2021年シーズンは終わった。
古巣、イーグルスが熾烈な優勝争いを繰り広げる中、ルシアノ・フェルナンドの心は揺れ動いている。
(写真は全て筆者撮影)