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びっくり!『ウサギとカメ』で、レース中のウサギが寝た時間は、6時間15分弱だった!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

5月5日は子どもの日。そこで童心に返って、ず~っと気になってた昔話の問題について考えたい。

それは、イソップ童話『ウサギとカメ』の睡眠時間。

ウサギに足の遅さを笑われたカメが、怒って競走を申し込んだ。

ところが、いざレースが始まり、カメを大きく引き離したウサギは、安心して寝てしまう。その結果、休まずに歩き続けたカメが勝利する――。

自分の才能に慢心して油断することの愚かさと、たとえ能力は低くてもコツコツ努力することの大切さを伝える昔話である。

その教訓に文句はありません。でも筆者は、この勝負の結果に、まったく納得がいかん!

いくら油断したからといって、ウサギがカメに負けますか!?

ウサギの敗因は、レース中に寝たことだ。

カメに負けるとは、ウサギはいったいどれだけ寝たのか? 本稿では、その睡眠時間をできるだけ正確に算出してみたい。

◆ウサギが不利なレースだった!?

『絵で見る比較の世界』(ダイアグラムグループ編著/草思社)は、ノウサギの速度を時速72km、リクガメは「100mを22分で歩く」としている。後者は、計算すると時速0.27kmだ。また『比較大図鑑』(ラッセル・アッシュ/偕成社)はカメの速度を時速0.37kmと記している。

これらを総合して、ウサギが走る速度を「時速72km」、カメが歩く速度は時速0.27kmと0.37kmとの中間をとって「時速0.32km」と考えることにしよう。

ウサギが走る速さは時速72kmとは、競走馬とほぼ同じである。速い!

一方、カメが歩く、時速0.32kmとは、100mを歩くのに19分もかかるスピードだ。遅い!

ウサギの速さはカメの225倍である。カメを時速4kmで歩く人間にたとえるなら、ウサギは時速900km。人間がジェット旅客機と競争するようなものであり、まるで勝負にならない。

いくら腹が立ったとはいえ、カメも無謀な勝負を挑んだものである。

ところが、負けたのはウサギ!

これほどまでに絶対優位のレースを、勝負の途中で寝るという、あってはならない失態で落としてしまったとは、何たる体たらく。

そもそもこのウサギ、何ウサギだったのだろう?

ウサギにもいろいろな種類がいるが、われわれが普通に「ウサギ」と呼んでいるのは、ウサギ目ウサギ科ウサギ亜科の哺乳類だ。ウサギ亜科には、単を作らずに単独行動するノウサギと、巣を作って集団行動するアナウサギがいる。

勝負の最中にぐうぐう寝ているウサギを「何やってんだ、起きろ!」と叱咤してくれる仲間がいた様子はないから、このウサギは単独行動するノウサギであろう。

そこでノウサギの特徴を調べると……えっ、夜行性!? 昼間は木の根元や茂みで休む?

イソップ童話を読んで育った世界中の皆さん、認識を改めましょー。

筆者も、レース中に寝たこのウサギを「自己を過信したダメなウサギ」と思っていたが、そうではない。

筆者は本稿のために6冊の絵本を読んでみたが、レースが昼間に行われたことは明らかだ。それは、本来ならウサギが寝ている時間帯! 夜行性のノウサギが昼間に行われたレースで寝るのは、むしろ当然だったのだ。

これに対して、カメは体温を調節できない変温動物である。

そのため気温が下がる夜はじっとしていて、気温の高い昼間に行動する。昼間こそ、カメが本領を発揮できる時間帯。

なんと、レースが昼間に行われると決まった時点で、カメは優位に立っていたということだ。無謀な勝負を挑んだのは、意外にもウサギのほうだった……!

◆6時間を超える大レース!

では、ウサギは具体的にどのくらいの時間、寝たのだろうか。

それを知るためには、レースの距離を知らなければならない。

筆者が読んだ6冊の絵本は、競走のコースを「あの山の上まで」「むこうのお山のてっぺんまで」「おかの上の一本杉がゴールだよ」などと表現しているから、ゴールは「やや遠くに見える山の頂上」と考えていいだろう。

仮に、山の登り口までを1km、山道を1kmだとすると、レースの距離は合計2kmとなる。

時速0.32kmで歩くカメは、これを進むのに6時間15分かかる。カメにとっては苛酷なレースだが、実直に歩き続けたのだろう。

そのカメが勝利を収めたということは、このレースは6時間15分で決着したと考えられる。東京マラソンの平均タイムが4時間40分というから、それを上回る壮大なレースだったと思われる。

では、6時間15分のうち、ウサギはどれほど眠ったのか。

時速72kmの駿足を誇るウサギは、カメが6時間15分かかる距離を、わずか1分40秒で駆け抜ける。

それでも負けたということは、6時間13分20秒を超えて寝たということだ。長い!

その一方で、睡眠時間が6時間15分を超えたとは考えられない。

筆者が読んだ6冊の絵本のうち5冊では、目覚めたウサギは、カメがゴールした瞬間やゴール直前に迫った姿を目撃しているからだ。

つまりウサギが寝た時間は、6時間13分20秒から6時間15分のあいだ!

◆あとちょっとだったのに!

ウサギの睡眠時間はかなり絞られてきたが、まだまだ絞り込める。

前述のとおり、多くの絵本でウサギはカメのゴールする瞬間を目撃している。これは、ウサギが「ゴールのかなり近くで寝ていた」ということだ。

ウサギは、聴覚と嗅覚は鋭いが、視覚は弱い。人間の視力に置きかえれば0.05ほどという。この視力では、カメの甲羅の直径を15cmとしたとき、ギリギリ見える距離は25m。

なんとウサギは、ゴールの手前25m以内で寝ていたことになる。

これは、ウサギの足なら1.25秒で走れる距離。つまり、ウサギは、あと1.25秒走ればゴールというところで寝てしまったのだ!

そしてここから、ウサギが寝ていた時間は「6時間14分58.75秒以上、6時間15分以下」という結論が導かれる。

ここまで細かく絞り込めるとは、われながら驚いた。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

それにしても、よく寝たものである。

ウサギの睡眠時間は8時間というデータがあるが、これはアナウサギを家畜化してきたカイウサギが1日に眠る時間の合計だ。

ウサギは食われる立場の草食動物だから、眠りが浅く、途中で何度も目を覚ます。野生のノウサギとなると、なおさらだろう。

しかし、このウサギは連続6時間以上も大爆睡! 今日まで生きてこられたのが不思議なくらいだ。

ああ、最初に1分40秒だけ頑張って2kmを走り、ゴールしてから心ゆくまで眠ればよかったのに……。

返す返すも悔やまれる夜行性動物の日中活動であった。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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