『天空の城ラピュタ』の「飛行船で洗濯物を干す」シーンで、驚くほどたくさんの「理科の基本」が学べるぞ!
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメのできごとを、空想科学の視点で楽しく考察しています。
『天空の城ラピュタ』には印象的なシーンがいっぱいあるけど、筆者が大好きなのは、ドーラ一家がタイガーモス号で洗濯物を干しているシーンだ。
劇中、なんと4回も出てきて、最初の3回は、進行方向から順に白シャツ、シーツ、白ズボン、青い上着、白パンツが干してある。
日が暮れたあとの1回は、ロープが2本張られていて、白シャツや茶色のズボンや白いタオル……などが干してある。
機関室にも縞のパンツが干してあったし、この空の海賊たち、マメな洗濯を欠かさないのだなあ。
そして、このシーンをつぶさに観察すると、いろいろな「理科の基本」が学べるのも、ヒジョ~に興味深い。
ドーラ一家の飛行船生活が描かれたのは、ムスカに捕らえられ、自分がラピュタ王の末裔であると知らされたシータが、パズーに救出されてから。
タイガーモス号で、シータは与えられた仕事をこなし、海賊たちの意外な優しさや純朴さに触れる。
そのひとときで、自分が受け継いだ血の恐ろしさに押しつぶされそうなシータが、少しだけ癒やされたように筆者には見えた。
この切迫感がふとほぐれるシーンで、洗濯物は上空の風に翩翻とひるがえったのである。
◆甲板はどこにある?
アニメは何度も見ているけど、さらに『小説 天空の城ラピュタ』や『ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ』も読んだところ、いろいろなことがわかりました。
たとえば、海賊たちの人となり。
ドーラを「ママ」と呼んでいる3人は、彼女の息子たちで、上から順に、パズーの親方とボクシングをやったヒゲもじゃのシャルル、シータに声をかける前にチョビヒゲを整えたルイ、ヒゲのないアンリ。
他の5人はドーラが腕を見込んで集めた手下たちで、ポルトガル人のカ、エジプト人のキ、中国人のク、日本人のケ、セネガル人のコ。
機関長のおじいさんはハラ・モトロ。
名前がわかると、グッと親近感が湧きますなあ。
タイガーモス号は、全長42m、最高時速133kmの飛行船。
内部には、ガスの入った袋がいくつか収納されており、また焼玉エンジンでプロペラを回して、空を自由に飛ぶことができる。作ったのは、天才科学者だったドーラの夫だ。
その構造は独特である。
本体から飛び出した最前方が操縦席。渡り廊下を隔てて、ドーラの個室、船員室(兼食堂)、台所が並んでいる。
そこから少し離れたところが機関室。
台所と機関室のあいだは、吹きさらしの甲板になっており、洗濯物はここに干されていた。
周囲に壁のない吹きさらしだから、雨も風も容赦なく当たる。
紫外線もすごく強いだろう。
こんなところに洗濯物を干すと、どうなるのか……?
◆風がキョーレツに強い!
飛行船に吹きさらしの甲板があるというのは、オソロシイ話である。
タイガーモス号は積乱雲の真ん中に突っ込んだりしていたが、積乱雲の高さは上空2~12km。そんな高度を飛ぶ飛行船に、手すりしかない甲板!
しかも、前方からモーレツな風が吹きつけるだろう。
劇中、ドーラはシータにラピュタの方向を確認すると、海賊たちを叱咤激励して、こう命令した。「針路98、速力40!」。
タイガーモス号は、見る見る高度を上げていく。
この「速力40」とは「40ノット」のことだろう。
「ノット」は船や飛行機の速度を表す単位で、1ノット=時速1.852km。
すると40ノット=時速74km=秒速20.4mだ。
タイガーモス号の甲板には、風速20.4m/秒の風が吹きつけたことになる。
風速が17.2m/秒を超える熱帯低気圧は「台風」と呼ばれるから、台風なみの強風だ。
しかも、甲板はドーラの個室から台所までのブロックの後方にあり、このような場所では、風速が上がったり、渦が発生したりする。
洗濯物が飛ばされないかヒジョ~に心配だ!
まあ、彼らはこれしきの風では飛ばされない超強力な洗濯バサミを持っているのだろう。
飛ばされさえしなければ、洗濯物は風が強いほうがよく乾く。
これは、洗濯物のまわりの湿った空気が吹き飛ばされるからで、その点はいい条件ともいえる。
心配なのは、気温が低いことである。
冬は乾燥しているのに、夏より洗濯物が乾きにくいのは、気温が低いと水分の蒸発量が少なくなるため。
そして、上空10kmまでの対流圏では、高度が1km高くなるごとに、気温は6度ずつ低くなるのだ。
地上の気温が20度あっても、高度1kmでは14度、2kmでは8度、3kmでは2度、4kmではマイナス4度、5kmではマイナス10度。
タイガーモス号がそこまで上昇したら、洗濯物が凍りついてしまう!
こうしてみると、いちばんよく乾いたのは、エンジンの熱でたぶん暑い機関室に干していたハラ・モトロ機関長のパンツかもしれません。
◆そのシチューはうまいのか?
上空の気温の低さは、海賊たちをも苦労させていた。
タイガーモス号は、操縦席の上とガス袋の上に見張り台があり、夜は交代で見張りをする。
これが非常にツラいらしく、パズーが見張りに立つとき、ルイは「持ってけ、寒いぞ」と毛布を渡してくれたし、見張り台で震えていたアンリは、交替を告げられると「ありがてえ」と嬉しそうにその場から下りていった。
それもそのはず、風が吹いていると、洗濯物がよく乾くのと同じで、体から水分が蒸発する。
水は蒸発するときに周囲から熱を奪うので、実際の気温より寒く感じられるのだ。
これが「体感温度」で、風速20.4m/秒の場合、なんと18度も低く感じられる!
タイガーモス号が上空5kmを飛んでいたとしたら、周囲の気温がマイナス10度で、体感温度はマイナス28度! モノスゴク寒い!
さらに上空は気圧が低いため、水は低い温度で沸騰する。
その理由は「なぜ地上で水は100度で沸騰するのか」にある。
容器に入れた水の表面からは、いつも水が蒸発している。
水中の水も温度に応じて蒸発しようとしているが、水中で蒸発するには、まわりの水を押しのけて泡になる必要がある。
ところが、水面が大気圧で押さえつけられているので、泡にはなれない。
温度が100度に達すると、泡になろうとする力が大気圧を上回り、水中でも蒸発してボコボコ泡が発生する。これが「沸騰」だ。
気圧が低いと、100度より低くても、泡になろうとする力が大気圧を上回り、沸騰が始まる。
上空1kmで97度、2kmで93度、3kmで90度、4kmで87度、5kmで83度、6kmで80度、7kmで77度。
地上では、どんなに強火でも、沸騰するお湯の温度が100度を超えることはないように、上空でも、どんなに火をガンガン焚いてもそれぞれの温度を決して超えない。
つまり上空で煮物料理をすると、生煮えになるのだ。シータはシチューを作っていたけど、あれも生煮えだったかも……。
小説によれば、ドーラは鶏の丸焼きが好きらしいが、科学的な見地からも、上空では焼き物料理のほうをおススメします。
とはいえ、おいしいモノを食べることには手間を惜しまないであろう空の海賊一家だ。
1日5回の食事のたびに、タイガーモス号は高度を下げて、熱々の料理を作るのだろうなあ……などと、いろいろ楽しい想像をしてしまうのである。