今夜放送『ゴジラ-1.0』で、国会議事堂を爆破するゴジラの熱線。威力を計算したら、すごすぎて驚いた!
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメや特撮映画の世界を、空想科学の視点から楽しく検証しています。
11月1日に「金曜ロードショー」で『ゴジラ-1.0』が放送される。
これは驚くべき映画で、世界の映画史に刻まれる傑作だ。
戦争に負けて、何もかも失った日本に、ゴジラが現れる。
その身長は50.1m、体重は2万t。
巨体で暴れ、熱線を吐いて、復興しかけていた東京を壊滅させる。多くの命が奪われ、希望や夢が失われてしまう。
敗戦国の日本は、武装を解除しているし、自衛隊もまだ作られていない。
日本を統治するアメリカも、国際的な状況を考えて、軍隊の出動を控えている。
ゴジラに対抗する手段がまったくないのだ。
でも絶対に倒さなければならない。――さあ、どうする!?
劇中のゴジラは、本当に怖い。
また、戦争がもたらした苦しみ、悲しみが綿々と綴られ、映画から明確に「反戦」のメッセージが伝わってくる。
一方で、命をかけてゴジラと戦う人々の姿には、どうしても胸が熱くなる。
映画『ゴジラ-1.0』には、さまざまな要素が詰め込まれており、それらが密接に結びついて、観る者の心にどんどん迫ってくる。
そして、この映画を魅力的にしている要素の一つに「科学」がある。
これは、科学の可能性を高らかに謳った作品でもあるのだ。
◆それは深海からやってきた!
この物語において、ゴジラは「深海に棲む生物」として描かれている。
初めて出現するのは、太平洋戦争末期の大戸島。
主人公の敷島が、多くの深海魚が口から「うきぶくろ」を出して海面に浮いているのに気づいたその晩、島に上陸して、日本軍に襲いかかった。
この「深海魚が浮かび上がる」現象は、ゴジラ出現の予兆で、その後も何度も繰り返される。
ヒジョ~に不気味でオソロシイ。しかも後半へと進むにつれて、浮かぶ深海魚の数が増えていき、ますますオソロシイ。
深海とは「水深200m以深」の海を指す。
水圧は海面が1気圧で、10m潜るごとに1気圧ずつ高くなるから、水深200mで21気圧。
当然、そこに棲む魚のうきぶくろ内の空気も21気圧になっている。
それが、ゴジラ出現の影響で海面に押し上げられると、うきぶくろの空気の体積は21倍に膨張してしまう。
こうして、うきぶくろが口から飛び出すことになる。
この現象だけでもコワイが、大戸島に現れたゴジラは体高15mほどだった。
それが50mもの大きさに巨大化する事件が、戦争終結の翌年に起こる。いや、人間が起こしてしまう。
アメリカが1946年にビキニ環礁で行った「クロスロード作戦」のベーカー実験=原爆の水中爆発だ。
実際に行われたこの実験は、水深27mで、TNT爆薬2万tに相当する大爆発を起こした。
海上には200万tもの海水が噴き上がり、上空には巨大なキノコ雲が立ち昇った。
その実験海域に、ゴジラがいたのである。
山崎貴監督が書かれた『小説版 ゴジラ-1.0』(集英社オレンジ文庫)には、実験によって、ゴジラの体が「原子爆弾の激しい熱と放射能で焼き尽くされていた。皮膚が沸騰しめくれ上がり、肉は焦げ、眼球が真っ白に濁り…」とある。
モーレツに激しい影響を受けたのだ。
だが、ゴジラは優れた再生能力を持つ生物で、この苦境を乗り切った。
それでも「体表の奥深くまで紛れ込んだ放射性物質は表皮の細胞にエラーに次ぐエラーを起こし、その見た目はゴツゴツとした岩のような様相に様変わりしていった。急激に成長していった背びれは雪の結晶のようにあらゆる方向に枝を伸ばしていった。それは層をなし、まるで何十年も海底で生き続けてきた牡蠣殻の様な姿に変わった」。
こうして、大怪獣ゴジラが誕生したのである。
◆どれほどオソロシイ怪獣か?
やがて、ゴジラは東京に上陸する。
銀座の街を、ズシン、ズシンと地響きを立てて歩く。
その「ズシン」の後に、「ガラガラ」というコンクリートやアスファルトが砕ける音が続くのが、とても恐ろしく感じられる。
山崎監督によれば、ゴジラの咆哮は、ある野球場を借りて大音響で声を流し、それを録音したものを使っているという。
「廃墟と化した東京に響き渡る咆哮」という感じを出すための工夫だが、そういった音の効果も、今回のゴジラの怖さを際立たせている。
こんなゴジラの脅威は、どれほどだろうか?
走って逃げる人たちが追いつかれていたから、ゴジラの歩く速度は時速40km以上だろう。身長50m・体重2万tでこの速度はコワイ。
歩くたびに体の重心が1mほど上下するとしたら、そのエネルギーだけで2億J(ジュール)。
これに、前進しながら地面を踏みつけるエネルギーが加わると、おそらく5億J近くになる。
これは爆薬120kg分であり、標準的なダイナマイトには200gの爆薬が含まれるから、1歩ごとにダイナマイト600本が爆発するのと同じ。コンクリート1500tが破壊される。
さらに、ゴジラには「熱線」という武器がある。
その巨体で銀座を蹂躙していたとき、国会議事堂を背に戦車隊が集結して、ゴジラを砲撃してきた。
すると、ゴジラの背びれが、尻尾の先から順番にゴン、ゴン、ゴンと隆起して、青く光り始める。
背びれすべてが青白く輝いたとき、口からすさまじい熱線が放たれた!
戦車隊と国会議事堂に命中するや、巨大な火球が発生し、大爆発!
なんとキノコ雲が立ち昇った。
映画でもド迫力のシーンだが、小説版には驚くべき描写がある。
それは「ゴジラの熱線のそのあまりの高温は、国会議事堂周辺のすべての物体を瞬時に蒸発させ、 液体のプロセスを飛び越して、気体に変えた」というもの。
固体⇒液体⇒気体、という「状態変化」のうち、液体になる(=溶ける)という過程をすっ飛ばし、いきなり気体にした(=蒸発した)というのだ。
鉄が蒸発する温度は2862度、ガラスが3000~4000度だから、少なくとも国会議事堂周辺は、それ以上の高熱に包まれたのだろう。
熱線によって生じた光球の温度は、当然もっと高い。
キノコ雲が生じていたところから、おそらく広島に落とされた原子爆弾と同じ200万度に達したのではないだろうか。
映画では、主人公の敷島がいた銀座に、黒い雨が降り始めた。
キノコ雲は、瞬間的に莫大な熱が発生したときに立ち昇る。
激しい上昇気流が上空で冷やされ、上昇する力を失って、キノコの傘のように横に広がるものだが、舞い上がった大量の粉塵を含むため、キノコ雲からはやがて黒い雨が降る。
広島でも、長崎でも、黒い雨が降った。
この熱線大爆発は、東京にどれほどの被害をもたらしたのだろうか。
映画の描写でも、街ははるか遠くまで瓦礫と化していたが、小説版に具体的な数値が書かれている。
それによると、「その爆発プロセスが起こした爆風は、周辺の建造物を、紙細工のように破壊しながら、半径六キロの範囲すべてを粉砕し尽くした」。
なんと半径6km!
国会議事堂を中心に半径6kmの円を描いてみると、敷島がいた銀座が含まれるのはもちろん、東は江東区、西は新宿、渋谷、北は田端、南は品川に達する。
つまり、山手線のほぼ全域が粉砕され尽くしたわけである。
東京はもうメチャメチャだ。
これ、広島に落とされた原爆と比べると、その威力が際立つ。
広島の原爆は、産業奨励館(現在の原爆ドーム)の南東160m、高度600mで炸裂し、半径2km内を破壊した。
このたびゴジラが熱線で破壊した半径はその3倍だが、爆風の破壊エネルギーは「半径×半径×半径」に比例する。
すなわち、3×3×3=27倍の破壊力。
国会議事堂に広島の原爆27個が降ってきたようなものであり、あんまり怖くて筆者は腰が抜けました……。
◆「海神作戦」を科学的に考える
これほどまでに恐ろしいゴジラを倒さなければならない。
しかし、前述のように対抗する軍事的手段はない。
そんな状況下、民間の知恵と勇気を結集して実行されたのが「海神(わだつみ)作戦」であった。
この作戦のスバラシイところは、先に述べた「ゴジラは深海に生息していた生物」というのを逆手に取った、きわめて科学的な手段であることだ。
ここから先は、かなりネタバレになってしまうので、まだ映画を観ていない人は、どうか映画の後にお読みください。
元海軍技術士官の野田健治が考案したこの作戦は、ゴジラを相模湾の深海1500mに沈め、その水圧でツブしてしまおうというものだった。
深海1500mにかかる水圧は、海面上の151倍も大きいから、これは期待できそうだ。
だが、ゴジラはもともと深海にいた生物だ。劇中でも「あいつは海から来たんだ。深海の圧力なんか平気の平左だろ」と指摘されていた。
実際、たとえば深海3000mまで潜るマッコウクジラのような生物もいる。
なぜゴジラを水圧で殺すことができるのか?
ここでポイントになるのは、「深海に至る時間」だ。
マッコウクジラの場合、頭を下にして沈下していき、1000m潜るのに10分かかるという。
時間をかけて移動すれば、深海の環境に適応できる生物がいる、ということだ。
それに対して野田の考えは、ゴジラを一気に海底に沈めようというもので「計算によると、約25秒後に1m³あたり1500tの負荷がかかります。普段、深海で生存できる生物も、これほどの急激な圧力変化にたえられません」と説明していた。
海面上にいるゴジラの肺には1気圧の空気が入っているはずだが、それが深海1500mまで沈められると、151気圧の水圧でまわりから押される。肺とのなかの空気との差は150気圧で、これが映画で言っていた「1m³あたり1500t」の圧力だ。
肋骨が耐えられなければボキッと折れて、肺がツブレてしまうだろう。
ではどうやって、ゴジラを一気に沈めるか?
野田が考えたのは「フロンガスの泡でゴジラを包み込むと、ゴジラは周囲の水との接触を絶たれ、あっという間に沈下する」という作戦だった。
これは、科学的にまことに興味深い。
浮力とは「まわりの液体の密度×水に潜った体積」であり、体の周囲の海水に泡が含まれていると、その分だけ密度が小さくなる。
それだけ浮力が小さくなるわけで、自分の体重を支えられずに、沈んでいくことになる。
筆者も実験してみた。
コップに水を入れ、スーパーボールを浮かべてストローで下から空気を吹き込んで、ブクブクと泡を作ると、確かにスーッと沈む感じがある。
この現象をわかりやすく伝えてくれるのが、名古屋市科学館の「ぶくぶくタンク」という実験装置だ。
円筒形の容れ物に水が張ってあり、ボールが水面ギリギリのところに浮いている。
来場者がポンプを押して空気を溜め、スイッチを押すと、シュワーッと泡が出る。
そのなかをボールがスーッと沈んでいく。
ゴジラを沈める作戦は、科学的にも充分に説得力があるわけだ。
この作戦がどうなるか、その後どんな展開になるか……まで書いてしまうと、さすがに全部ネタバレになるので、このあたりでやめますが、いずれにしても、敗戦で何もかも失った人々がそんなゴジラに立ち向かうとき、選んだ手段が「科学」だったというのは、本当にスバラシイことだ。
軍事力がなければ、科学で対抗しよう。『ゴジラ-1.0』の、心に突き刺さるメッセージである。
そして、もう一つ。
東京を一撃で壊滅できるほどの力をゴジラに与えてしまったのは、他ならぬ人間の核実験なのだ。
映画では、熱線を吐いた後のゴジラの顔は、まるで火傷をしたかのようにチリチリと赤く燃えていた。
小説版では「その体はいたるところが赤く燃えるようにただれていた」とある。
つまり、熱線はゴジラにとって最大の武器だが、それを発射すると、ゴジラ自身も大きなダメージを負ってしまうのだ。
原爆実験で怪獣にさせられたうえに、熱線を吐くたびに苦しまなければならないゴジラは、人間に大きな危害を加える加害者であると同時に、気の毒な被害者でもある。
そういったことも深々と実感させられる映画が『ゴジラ-1.0』だ。
日本はもちろん、全世界の人に観てほしいと心から願う。