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中国「国家主席の任期撤廃」改憲案―習近平は「成功した独裁者」になれるか

六辻彰二国際政治学者
人民政治協商会議の開会式後に席を離れる習近平主席(2018.3.3)(写真:ロイター/アフロ)

 3月5日、中国で全国人民代表大会(全人代)が開会します。今回の最大の注目点は、国家主席の任期に関する憲法の条項の改正です。

 今回の全人代で、国家主席の再選に上限がなくなれば、習近平主席の一強支配が強化、長期化することになります。そのため、憲法改正の動きは「皇帝の復活を促すもの」とみなされ、昨今の強気な外交とも相まって、各国に警戒が広がっています。

 ただし、習近平への権力集中が進むことは確かですが、それは必ずしも習氏が「成功した独裁者」になれることを意味しません。むしろ、支配を強化するほど、習氏は自らの支配を掘り崩しかねないジレンマに直面することが見込まれます。

「独裁の完成」か?

 まず、今回の憲法改正について取り上げると、中国の憲法では国家主席がその座にいられるのは5年の2期まで、つまりその上限は10年間。米国大統領が4年の任期を2期までの最大8年間と定められているように、多くの国では公職につける期間に制限が設けられています(日本の知事や市町村長にはそれがない)。任期に上限がなければ、「役職が権力をもつ」のではなく「個人が権力をもつ」ことになりやすいからです。

 中国の場合も、初代国家主席だった毛沢東が1976年に死亡した後、後継者の地位をめぐって権力闘争が激化し、国政が極度に混乱。第二代国家主席だった劉少奇の失脚後、空位となっていた任期制の国家主席のポストは、安定的な権力の移譲を目指したトウ小平によって1982年の憲法改正で復活しましたが、この後トウ小平の薫陶を受けた江沢民が国家主席、党中央委員会総書記、党中央軍事委員会主席の三役を独占する体制が生まれました。「党が国家に優越する」中国で、この三役を備える者は「独裁者」といえますが、任期制があることで、一定の歯止めがかかっていたといえます。

 以前、私が『世界の独裁者』のなかで「独裁者」の規準としてあげた三つの規準を簡略化して表すと、以下のようになります。

  1. 行政、立法、司法にまたがる大きな権力をもつ
  2. 辞めさせられない
  3. 反対派を抑え込む

 このうち、これまでの中国の国家主席の場合、1と3は文句なしに該当していました。しかし、先述の任期制は本人の意思にかかわらず権力を振るえる期間に制限を設けるもので、2の条件にとってのハードルでした。今回、憲法が改正されれば、この点でも中国の国家主席の権力が強くなることは確かです。

「失敗した独裁者」とは

 「独裁者」への道をひた走る習近平主席は、権力を一元化することで国内改革を加速させようとしています。しかし、権力を集中させることが成功を約束するとは限りません

 一般的に「独裁者」は嫌われますが、その一方で経済の発展や治安の回復といった成果を生むには、多くの人が話し合うよりトップダウンの方がよいという意見も根強くあります。民主主義と独裁のいずれが経済パフォーマンスがよいかというテーマは、主に欧米諸国の政治学者が統計的手法などを用いて研究していますが、議論に決着はついていません。強いていえば、ケースバイケースというのが順当でしょう。

 むしろ重要なことは、仮に一時期よい成果をあげても、そのパフォーマンスを維持できなくなった時、「独裁者」のもとでは軌道修正が難しくなることです。実際、「世界の三大独裁者」とも呼べるローマ帝国のカエサル、フランスのナポレオン、ドイツのヒトラーは、いずれも政治的な混乱や停滞を恐れる世論を背景に、一時は絶対的な権力を握りましたが、それぞれが暴走し始めた時、誰も止められなくなりました。その結果、最終的にこの三人はそれぞれ暗殺、遠島、自殺という悲惨な末路をたどりました。

 ここまでいかなくとも、ソ連のスターリンや中国の毛沢東の場合、生前には批判を口にすることすら許されませんでしたが、その没後に(直後かどうかはともかく)後任者によって方針が転換されたり、負の歴史が封印されたりしました。

 このように悲惨な末路をたどったり、その行いが後の世に否定的に扱われた「独裁者」は、「失敗した独裁者」と呼べるでしょう。

「成功した独裁者」とは

 ただし、その一方で、歴史には「成功した独裁者」も登場します。そのうちの一人、ローマ帝国の皇帝セプティミウス・セウェルス(146-211)は、「目指すべき君主像」としてニッコロ・マキアヴェリの『君主論』でも再三言及されています。

 軍略と政治的駆け引きに長けたセウェルスの治世、ローマ帝国は現在のイギリスにあたるブリテン島からエジプトやトルコにまで至る広大な版図を安定させ、空前の繁栄を極めました。全権を握るセウェルスの前では、市民だけでなく将軍も兵士も息を呑んで圧倒されたといいます。

 その統治が成功した一つの理由には、貴族と市民の間に位置する兵士を優遇し、兵士が市民に乱暴狼藉を働いて私腹を肥やすことを黙認しながらも、兵士による反乱は厳しく取り締まったことがありました。

 つまり、中間層にあたり、帝国の統治に不可欠の兵士を甘やかして「なめられる」ことは避けながらも「恨まれる」ことも避け、自らの支配に協力させたことで、セウェルスは天寿を全うできたのです。セウェルスは権力を引き継がせた二人の息子への遺言で、「仲良くしろ、兵士を豊かにしろ、他はどうでもいい」と言い残したといわれます。

 自らの支配に不可欠の個人や勢力の満足感を引き出すことで「成功」したセウェルスには、「側近の裏切り」という「独裁者」としては最悪の結末を迎えたカエサルとの決定的な違いを見出すことができます。

 「独裁者」というと、いかにも一人で全てを握る人間のようにイメージされます。しかし、セウェルスに限らず、少なくとも「成功した独裁者」は戦争の勝利や経済の発展といった成果をあげることで人々を納得させるだけでなく、自らの支配に半ば率先して協力する勢力や個人を獲得することでその立場を守り、いわば「英雄」になることができたのです。

誰が習近平を支えるか

 この観点からみると、習近平主席の前途は必ずしも安泰といえません。一強体制を築いた習氏による国内改革には、メディア規制や少数民族管理の強化など政府に批判的な人々の不満を呼ぶものだけでなく、共産党体制を支える勢力から「恨みを買う」ものが少なくないからです。

 先述のように、国家主席の任期制はトウ小平によって導入されました。トウ小平は改革・開放を推し進め、市場経済化を推進しました。今回の憲法改正の動きは、そのトウ小平の路線を翻すものといえます。

 ところで、「万人の平等」を強調する社会主義から市場経済への転換で、最も恩恵を受けたのは現在の富裕層です。トウ小平の「先に豊かになれる者から豊かになればよい」という先富論に基づいて豊かになった富裕層は、いわば共産党のこれまでの支配の申し子ともいえます。

 ところが、習近平体制のもとで腐敗・汚職の摘発が進むなか、中国では大物実業家への取り締まりが強まっています。2018年2月、中国政府は国内最大手の保険企業、安邦保険集団の経営を管理下に置き、創業者の呉小暉氏が詐欺罪で訴追されました。また、3月には急成長するエネルギー企業、中国華信能源の責任者も当局から取り調べを受けています。

 トウ小平が進めた市場経済化は、中国社会に根深い汚職を爆発的に広げる結果になりました。しかし、とにかく経済成長を優先させてきたこれまでの最高責任者たちは、政敵に連なる汚職を暴く以外、これらを積極的に取り締まってきませんでした。その意味で、習氏による反汚職キャンペーンは、トウ小平が道を開いた今の体制の受益者に「これまでとは違う」ことの見せしめになっているといえます。

派閥抗争以上の取り締まり

 同様のことは、人民解放軍に関してもいえます。軍も共産党体制を支える要ですが、改革・開放のもとで腐敗・汚職も広がりました。しかし、軍人をも時に粛清した毛沢東と異なり、トウ小平や江沢民、胡錦濤といった習近平の前任者たちは「軍の満足感」を優先させ、その腐敗・汚職を半ば放置してきました。

 これに対して、習近平主席による反汚職キャンペーンは人民解放軍にまで及んでいます。2017年4月、「党規約に違反した」として、共産党中央委員会のメンバーを務めた経験もある王建平将軍が逮捕されました。習近平体制のもとでは、毛沢東時代と同じく軍内部に監視要員が配置され、反対派の取り締まりが強化されています。そのため、王氏の一件は、氷山の一角に過ぎません。

 このような腐敗・汚職の取り締まりは、「政府内の派閥抗争」の文脈で語られやすいものです。つまり、反汚職キャンペーンという大義名分のもと、習氏は異なる派閥のメンバーを粛清してきたという見方です。

 しかし、2015年6月に無期懲役の判決が下った周永康被告は、もとは習氏と同じく江沢民・元国家主席の系列に属していました。ここからブルッキングス研究所のチェン・リーは、「共産党体制のもとで増殖した汚職・腐敗は共産党体制そのものの正当性を揺るがしており、その取り締まりは派閥抗争以上の意味がある」と指摘しています。

 海外から中国に進出する企業にとっても、あるいは中国から物資を調達している各国にとっても、その汚職対策は重要な課題です。また、富裕層や軍高官の摘発は、結果的に習近平主席への権力集中を促すものといえます。とはいえ、既得権益層に対する取り締まりが急速に進むことが、結果的に共産党体制の支持者の恨みを買うことになることもまた確かです。

「独裁者」のジレンマ

 これまで世界には数多くの「独裁者」がいましたが、道徳的、倫理的な良し悪しはともかく、その多くは「登場する必然性」があって登場しました。さらに、どんな「独裁者」にも必ず支持者がいました。つまり、いくら本人に権力欲が色濃くあったとしても、それだけで「独裁者」が生まれるわけではありません。

 中国の場合、市場経済化でたまった膿とも呼べる腐敗・汚職が共産党の支配の正当性を脅かしつつある状況が、これを立て直す者としての習近平主席の台頭を促しました。言い換えると、共産党支配という既存のシステムが経済成長と引き換えに社会に不満や憎悪を増幅させるなか、それでもそのシステムを支えるために「立て直す」必要があるという認識が体制内で広がったことが、習近平という時代の子あるいはモンスターを産んだといえます

 ただし、習氏が推し進める反汚職キャンペーンは、政敵の追い落としだけでなく、腐敗・汚職の追放という理念に沿ったものとしても、今まで「甘い汁を吸ってきた」共産党支持者を自ら切り捨てることになり得ます。それは、少なくともセウェルスが示した一つのモデルケースとは異なるものです。その意味で、共産党を立て直そうとすればするほど、習近平主席は「成功した独裁者」になるのが難しくなるジレンマに直面することになるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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