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高3の夏、こじれる友人関係と先行き不安な進路。岐路に立つ女の子3人に込めた思い

水上賢治映画ライター
「ミューズは溺れない」より

 大九明子監督らのもとで助監督を務めてきた淺雄望監督の長編デビュー作「ミューズは溺れない」は、まだ何者でもない自分に思い悩むすべての高校生に「大丈夫」とそっと手を差しのべてくれるような1作だ。

 絵の道へ進む自信を失ってしまい、目標を見失いかけている美術部員の朔子、同じく美術部員でいつもクールで周囲を寄せつけない雰囲気がありながら実は他人には明かせない深い悩みを抱えている西原、ちょっと厚かましいけど人一倍友達想いの朔子の親友、栄美ら。

 「進路」というひとつ答えを出さないといけない時期を前にした彼らの心が揺らぐ「高校三年の夏」が鮮やかに描き出される。

 10代の切実な声が聴こえてくる本作にどんな思いを込めたのか?淺雄監督に訊く。(全五回)

「ミューズは溺れない」メイキングより 淺雄望監督(右)
「ミューズは溺れない」メイキングより 淺雄望監督(右)

上原さんなら、朔子が内に秘めたエネルギーを前向きなものとして

溢れんばかりに表現してくれるのではないか、と想像力を掻き立てられました

 前回(第二回はこちら)は、主人公の朔子についての話で終わった。

 劇中で、朔子を演じたのは、上原実矩。彼女のどんなところを見て、朔子役にと思ったのだろうか?

「要所要所で消極的な行動をとる朔子を、物語を引っ張るキャラクターとして好きになってもらえるだろうか?という不安が解消できないまま、撮影日がじわじわと迫っていました。

 朔子の内に秘めた熱いエネルギーの表出をどう描くかが、大きな課題でした。

 そんな時に上原さんにお会いしたんですが、部屋に入ってきた彼女を見て真っ先に思ったのは『明るい!』ということでした。

 SHISHAMO『君と夏フェス』のPVなどで明るい表情は拝見していたのですが、他の出演作などから陰のあるタイプの俳優さんだと想像していたので、ハキハキした笑顔とのギャップに驚きました。

 そして、彼女のお芝居を拝見して、身体の動きの魅力、生命力みたいな、すごいパワーを感じたんです。

 気づいたら、撮影監督の大沢佳子さんと顔を見合わせてうなずき合っていて、上原さんに撮影スケジュールを説明していました(笑)。

 上原さんが持っている明るさが、後ろ向きになっている朔子の暗さを和らげてくれる。上原さんなら、朔子が内に秘めたエネルギーを前向きなものとして溢れんばかりに表現してくれるのではないか、と想像力を掻き立てられました。

 実際、現場での上原さんのお芝居は、やっぱりパワフルで、自由で、面白かったです。わたしがわかっているようでわかっていなかった朔子の人間味のある魅力がほとばしっていて、朔子という人間が本当に存在したんだ、と思うくらいでした。撮りながら心の中で『ありがとうございます』と言っていました(笑)」

「ミューズは溺れない」より
「ミューズは溺れない」より

西原は強さと弱さの両方を出せる人がいいなと

 では、若杉凩が演じた西原にはどんなことを考えていたのだろう?

「西原は一見クールだけど、誰にも打ち明けられない悩みをひとり抱え込んでいます。表には出さないけど、心の中は不安でいっぱいで、でも一人で頑張るしかない、とどこか諦めて開き直ってもいるので、それゆえに他人を寄せつけないところがある。

 その強さと弱さの両方を出せる人がいいなと思っていました。

 若杉さんの過去のオーディション動画を拝見したときに、目の力や佇まいから芯のある人だと感じ、この人が西原を演じたらものすごく魅力的だろうなと思いました。

 インタビュー記事などから、ご自身のセクシュアリティーに対する考え方に意志を感じて興味を持ちました。さらに絵を描くのがお得意だということで、すぐに会いに行きました。実際に西原を演じてもらったとき、ほとんどイメージ通りで驚きました。

 だから、若杉さんの素は、西原に近いんだろうなと勝手ながら思い込んでいて(笑)。

 でも、若杉さん本人に聞いたら、演出意図を汲んだ上で、西原役に寄せて演じてくれていたということで……。改めて『すごい俳優さんだな』と思いました」

「ミューズは溺れない」より
「ミューズは溺れない」より

長い目で見ると、朔子や西原のような人のそばに、

栄美のような人がいるというのは幸せなことなんじゃないか

 では、もうひとりの栄美はどうだろう?

 この役は森田想が演じている。

「朔子や西原が、他人の視線を『らしくあるべき』という呪いのようなものとして受け取って苦しんでいる人たちだとしたら、栄美は『らしくあるべき』という誰かが決めた基準を受け入れて、自分の立ち位置を是正しながら生きている人だと思います。

 一見すると、誰とでも程よい距離感でほどほどにうまくやることができる。でも、実際には彼女にも不安定なところがある。

 より良い関係性を築くためには、『お互いの気持ちをきちんと伝え合うべき』と彼女なりに一生懸命なんですが、嫌われたり否定されたりすることが怖くて、それができない朔子とはすれ違い、突き放してしまったりする。

 その一方で西原に対しては『理解したい』『理解できる』と自分の一方的な気持ちを押し付けてしまう。

 そんな栄美は、ちょっとおせっかいすぎると映るかもしれないし図々しいと思われるかもしれない。

 配慮に欠けた言葉は、暴力的に受け取られるかもしれない。でも、そうして傷つけてしまったことにちゃんと気づいて、改めることができる人だと思っています。

 そして栄美が、彼女なりの言葉で関わることを諦めないでいてくれたからこそ、救われる感情もあるんじゃないかなと。そこを希望的に描きたいと思いました。

 10代でみんな未熟だからなおさら、とことんぶつかって、うまくいかない部分もあったけど、長い目で見ると、朔子や西原のような人のそばに、栄美のような人がいるというのは幸せなことなんじゃないかと思うんです。

「ミューズは溺れない」より
「ミューズは溺れない」より

 役柄としての栄美は、それぞれの関係性を揺さぶって波を立てるような、器用さと不器用さがないまぜになった行動をする難しい役だったと思うのですが、森田さんは完璧に栄美を理解していました。

 わたしの中の栄美のイメージと森田さんの演じる栄美に、ほとんどズレがなかった。

 現場では、『栄美だったらどこで立ち止まる?』とか、相談するくらい頼もしかったです。

 上原さんも、若杉さんも、森田さんも、わたしが思い描いていた3人の人物像をより深い部分で汲み取って血を通わせてくださいました。

 『ミューズは溺れない』は3人のお芝居に助けられた作品だと、改めて思っています」

(※第四回に続く)

【「ミューズは溺れない」淺雄望監督インタビュー第一回はこちら】

【「ミューズは溺れない」淺雄望監督インタビュー第二回はこちら】

「ミューズは溺れない」より
「ミューズは溺れない」より

「ミューズは溺れない」

監督・脚本・編集:淺雄望

出演:上原実矩 若杉凩 森田想

広澤草 新海ひろ子 渚まな美 桐島コルグ 佐久間祥朗 奥田智美

菊池正和 河野孝則 川瀬陽太

3月18日(土)からポレポレ東中野にて、

4月15日(土)から元町映画館にて公開

公式サイト:https://www.a-muse-never-drowns.com

写真はすべて(C)カブフィルム

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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