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高3の夏、見えない進路とうまくいかない友人関係。いま、そしてかつての高校生たちへ思いを込めて

水上賢治映画ライター
「ミューズは溺れない」より

 大九明子監督らの元で助監督を務めてきた淺雄望監督の長編デビュー作「ミューズは溺れない」は、まだ何者でもない自分に思い悩むすべての高校生に「大丈夫」とそっと手を差しのべてくれるような1作だ。

 絵の道へ進む自信を失ってしまい、目標を見失いかけている美術部部員の朔子、同じく美術部員でいつもクールで周囲を寄せ付けない雰囲気がありながら実は他人には明かせない深い悩みを抱えている西原、ちょっと厚かましいけど人一倍友達想いの朔子の親友、栄美ら。

 「進路」というひとつ答えを出さないといけない時期を前にした彼らの心が揺らぐ「高校三年の夏」が鮮やかに描き出される。

 10代の切実な声が聴こえてくる本作にどんな思いを込めたのか?淺雄監督に訊く。(全五回)

「ミューズは溺れない」メイキングより 淺雄望監督(右)
「ミューズは溺れない」メイキングより 淺雄望監督(右)

ものづくりは楽しい。でも誰かと一緒ならもっと楽しいかもしれない

 前回(第一回はこちら)では、淺雄監督自身の高校時代を振り返ってもらったところ、実は暗い性格であるがゆえに明るいキャラクターを演じていたところがあったとのこと。

 そういった自身の体験が今回の「ミューズは溺れない」には反映されているところがあるという。

「わたしは自分のマイナスな面を誰かに打ち明けることができませんでした。一人で思い悩んで諦めてしまうところは、おそらく西原に反映されていると思います。

 西原は明るいキャラクターを演じることはないですけどね(笑)。むしろ、周りを寄せ付けない雰囲気を漂わせる孤高の存在を演じている。

 『何かを演じること』。それは理想の自分だったりするのかもしれないんですが、演じることで孤独な気持ちを打ち消したい、自分を肯定したい、という気持ちには相通ずるものがあるかもしれません。

 それと、いまお話したように、学校で周囲にみせている自分の明るい顔と一人のときの暗い顔に、私自身がかなりギャップを感じていました。

 その埋められないギャップをなにかにぶつけられずにはいられない。それで、それこそコントのシナリオを書いたり、文章を書いたり、絵を描いたり、自分の中にあるものを外に出して表現することに一生懸命だったように思います。

 そうしているうちに、創作に没入している間は、現実を忘れてそのことだけに集中できて、すべてから解放されて自由な気持ちになれることに気づいた。

 この時に感じた心地よさが、わたし自身のいまの創作意欲の原点にもなっていると思います。

 ものづくりは楽しい。でも誰かと一緒ならもっと楽しいかもしれない。

 私は映画と出会って誰かと一緒にものづくりをすることの喜びを知ったので、そういった経験から、『絵を描く人たちの創作にまつわる物語』というテーマに繋がっていった気もします」

人と人が真剣に言葉を交わし合う。そういう瞬間を描きたかった

 前回、たまたまロケ地になった家が取り壊しになるという話をきいたときに、書き進めていた絵を描く高校生たちの話がものすごくリンクするような感覚が自分の中に生まれて、一気に筆が進んで脚本を書きあげたと淺雄監督は語った。

 いろいろな思いを入れ込んだ物語であることが作品を見ればわかるが、淺雄監督自身の中で主軸として置いたテーマをこう明かす。

「人間関係において、わたし自身の課題でもあり、ひとつの理想でもあるんですが、『気持ちを伝える』ということです。

 正面から誰かに自分の気持ちをきちんと伝える。また、自分が悪いことをしてしまったら素直に非を認めてあやまる。

 人と人が向き合って、きちんと気持ちを伝える。自分が間違っていたら、意固地にならないで『ごめん』とまず一言謝る。

 当たり前の人と人のコミュニケーションかもしれないですけど、いま改めてすごく大切な事だと思うんです。

 正直なことを言うと、わたし自身できていません(笑)。ここまでの話からもおわかりのように、わたしは自分の気持ちを誰かに伝えることがものすごく苦手で。

 誰かに自分の気持ちをきちんと伝えられているかと聞かれたら、全然うまくできていない。

 だからこそ、お互いの気持ちをきちんと伝え合うことができる関係性に強い憧れを抱いています。

 人間関係って難しいし、ちょっとした事で壊れてしまうことがありますけど、それでも諦めたくない。

 そういう気持ちが、願いを託すような形で『ミューズは溺れない』という作品全体に反映されていると思います。

 だから、会話のシーンがすごく多いんです。

 日常生活ではそんなこと言い合わないだろうというような事でも、セリフにして、あえて面と向かって言ってもらっていたりしています。

 それは自分の憧れというか理想というか。人と人が真剣に言葉を交わし合う。

 そういう瞬間を描きたかった。そういう対話を描くことで、コミュニケーションの在り方みたいなものをわたし自身も考えたかったんです」

「ミューズは溺れない」メイキングより
「ミューズは溺れない」メイキングより

自分に言い聞かせているようなところもあります(苦笑)

 周囲の空気を読むことでなにか声を上げることがはばかられたり、どこか一方通行になりがちなSNSでのやりとりで関係を悪化させてしまったり、コロナ禍で対面が叶わなかったりと、人と人が正面から向き合ってのコミュニケーションが難しくなっているのがいまの時代といっていいかもしれない。

 その中で、朔子、西原、栄美、自分の気持ちをストレートに相手にぶつけていく。

「わたしはコミュニケーションが下手なので、深い結びつきを求めてはいても、そういうことがほとんどできない。

 現実ではなかなかできないからこそ、映画ではそういう姿をこそ観たいというか。

 もちろん、お互いを思いやる気持ちが大前提ですし、例えばカミングアウトを無理に促そうということは意図していません。ただ、一つの可能性として、思春期ならなおさら、彼女たちみたいにぶつかって、時に傷ついたり、傷つけたりしながらでも、深められる関係性があるのではないかと希望を抱いているんです。

 そんな彼女たちの姿を通して、人に本音を打ち明けることを躊躇している人が他人に対して『もう少し諦めないでいようかな』とか、『わかってくれる人は案外近くにいるかも』とか、前向きな気持ちになってもらえたら嬉しいです。そう自分に言い聞かせているようなところもありますね(苦笑)」

朔子は、わたしの根暗なところが全面的に出てしまった(笑)

 ある意味、自分の思いを体現してくれた朔子、西原、栄美は、作者である淺雄監督の目にはどう映っているのだろう。

 まず、朔子は?

「少しずつですが、3人それぞれにわたし自身が反映されているところがあるように思っていて、中でも朔子は色濃いかもしれないです。

 自分としてはこうしたいとかこうなりたいとか夢や理想があっても、近づくための一歩を踏み出せない、踏み出して失敗したらどうしようと怖くて自信がない。

 その上、周囲に流されてしまって、自分がどうしたいのかわからなくなってしまう。

 そういうところにわたし自身を重ねながら生まれたキャラクターだと思います。

 だから、脚本段階では、もっと暗い女の子だったと思います。わたしの根暗なところが全面的に出てしまったというか(笑)。

 自分で書きながら、ちょっとこのままだと主人公としてどうなんだ?と危機感を抱きました」

(※第三回に続く)

【「ミューズは溺れない」淺雄望監督インタビュー第一回はこちら】

「ミューズは溺れない」より
「ミューズは溺れない」より

「ミューズは溺れない 」

監督・脚本・編集: 淺雄望

出演:上原実矩 若杉凩 森田想

広澤草 新海ひろ子 渚まな美 桐島コルグ 佐久間祥朗 奥田智美

菊池正和 河野孝則 川瀬 陽太

広島・横川シネマにて1/5(木)まで※31日休映 、

広島・シネマ尾道にて12/30(金) まで、

宮城・フォーラム仙台にて12/30(金)〜1/12(木)、

群馬・前橋シネマハウスにて2023年1/14(土)〜1/27(金)※火休 にて公開

公式サイト:https://www.a-muse-never-drowns.com

写真はすべて(C)カブフィルム

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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