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何度も何度も書き直して7年、苦しんでやっと書き上げた物語。10代の女の子たちの切実な声を届ける

水上賢治映画ライター
「ミューズは溺れない」より

 大九明子監督らの元で助監督を務めてきた淺雄望監督の長編デビュー作「ミューズは溺れない」は、まだ何者でもない自分に思い悩むすべての高校生に「大丈夫」とそっと手を差しのべてくれるような1作だ。

 絵の道へ進む自信を失ってしまい、目標を見失いかけている美術部部員の朔子、同じく美術部員でいつもクールで周囲を寄せ付けない雰囲気がありながら実は他人には明かせない深い悩みを抱えている西原、ちょっと厚かましいけど人一倍友達想いの朔子の親友、栄子ら。

 「進路」というひとつ答えを出さないといけない時期を前にした彼らの心が揺らぐ「高校三年の夏」が鮮やかに描き出される。

 10代の切実な声が聴こえてくる本作にどんな思いを込めたのか?淺雄監督に訊く。(全五回)

「ミューズは溺れない」メイキングより 淺雄望監督(右)
「ミューズは溺れない」メイキングより 淺雄望監督(右)

映画作りに自分は向いていないのではないか

 まず本作のシナリオは、自分の中でめぐりめぐり、長年にわたって何度も何度も書き直してようやく書き上げたものだったことを明かす。

「ほんとうに長き道のりだった気がします。

 かれこれ10年も前のことになりますけど、関西大学、立教大学大学院で映画理論および映画制作を学び、在学中に映写技師のアルバイトをしながら映画作りを始めました。

 ただ、なかなか作品を作っても自分の納得のいくものにならない。

 そこで、自分の実力不足や精神的な未熟さを感じて、映画作りに自分は向いていないのではないかと思いました。

 そんな悩みを抱えながら2012年に大学院を卒業して、一度、映画とはまったく関係の無い会社に就職しました。映画をすっぱり諦めるというよりも、何か自分の視野を広げる必要があるという思いでした。会社での経験が映画づくりの糧になれば…と。

 それで平日は働いて土日は自主映画の現場を手伝うという生活をしていたんですが、縁あって大九明子監督の『ただいま、ジャクリーン』の現場に呼んでもらって、映画の現場の楽しさを思い知りました。

 それをきっかけに一年弱で会社をやめてフリーの助監督を始めました。その間、大学院を卒業した時点から、自分の手でゆくゆくは撮りたいというシナリオを書き続けていました。それが、絵を描く高校生たちの物語だったんです。

 で、ずっと同じ題材でシナリオを書い続けていたんですけど、なかなか納得のいくものにならない。

 そういう苦しい時期が7年近く続きました。

 その中で、ようやくちょっと光明が差してきたのが2018年ごろ、ちょうど助監督として万田邦敏監督の短編で『波濤』という作品に関わっていたのですが、たまたまロケ地になった家が取り壊しになるという話をお聞きしたんです。

 そのとき、家が壊れるということと、わたしが書いてた絵を描く高校生たちの話がものすごくリンクするような感覚が自分の中に生まれた。

 で、万田監督の現場に毎日行くわけですけど、その家の周辺が区画整理事業でどんどん建物がなくなっていって町が様変わりしていく。

 その光景を見ていると、たとえば主人公の朔子のバックグラウンドなど、いままで自分の中でしっくりこなかったことのイメージがどんどんわいてきて、いままで筆がとまっていたところが一気に書けるようになった。

 こんな感じでほんとうに長い時間、試行錯誤していたんですけど、道が拓けたら一気にといった感じでシナリオは出来上がりました」

『見る』『見られる』という関係性をテーマにしたような映画に

わたしはすごく惹かれるところがある

 「絵を描く高校生たちの物語」を当初から考えていたというが、その発想はどこからきたのだろう?

「正直なことを言うと、自分でもよくわからないんです。

 ただ、おそらくですけど、『見る』『見られる』という関係性をテーマにしたような映画にわたしはすごく惹かれるところがある。そこが起因になっている気がします。

 だから、カメラマンとモデルとかでもよかったのかもしれない。

 でも、絵を描くということは手を動かすことでもあって。

 この手を動かす=モノづくりみたいなのも、自分の中でひとつ描いてみたい魅力的なテーマでもあったんです。

 それでたぶん『見る』『見られる』『手を動かす』という自分が興味のあるテーマを描けるとなって、この絵を描く高校生の物語ということになったんだと思います」

明るいキャラクターを演じて、ひとりになると自己嫌悪に陥る

もどかしい青春を送っていました(苦笑)

 では、物語の話に入る前に、まず淺雄監督自身の高校時代はどういう青春を送っていたのだろう。

「高校生のころのわたしは、ちょっとひねくれ者でしたね(苦笑)。

 自分で言うのもなんですが、二面性があったんです。

 おそらく、高校生時代の同級生に『浅雄ってどんな感じだった?』と聞いたら、『ひょうきん者だったよ』とか、『明るいやつだった』という答えが返ってくる。

 みんなの前でお笑いのコントとかをやってたりしたので、たぶん『明るかった』と言われると思うんです。

 ただ、クラスメイトの前では明るくみせていたんですけど、一人になると、反動ですべてマイナスになるというか。

 『何であんなことをやったんだろう』と、ものすごく落ち込む。つまり、それが本来の自分ではなくて、無理して明るくしていると感じていた。

 裏を返すと、みんなの前でおちゃらけていないと生きていられないぐらい、ネガティブな思考の自分がいて。それを誰にも打ち明けられないで抱え込んでいた。

 だから、自分の中では、ものすごく暗い青春なんです。同級生には『高校生活をエンジョイしてたじゃん』といわれそうですけど。

 人前で明るいキャラクターを演じて、ひとりになると自己嫌悪に陥るという、もどかしい毎日を送っていました」

(※第二回に続く)

「ミューズは溺れない 」より
「ミューズは溺れない 」より

「ミューズは溺れない 」

監督・脚本・編集: 淺雄望

出演:上原実矩 若杉凩 森田想

広澤草 新海ひろ子 渚まな美 桐島コルグ 佐久間祥朗 奥田智美

菊池正和 河野孝則 川瀬 陽太

栃木・小山シネマロブレにて12/22(木)まで、

広島・横川シネマにて12/23(金)〜1/5(木)※31日休映 、

広島・シネマ尾道にて12/24(土)〜30(金) 、

宮城・フォーラム仙台にて12/30(金)〜1/12(木)、

群馬・前橋シネマハウスにて2023年1/14(土)〜1/27(金)※火休 にて公開

公式サイト →  https://www.a-muse-never-drowns.com

写真はすべて(C)カブフィルム

<淺尾望監督舞台挨拶情報>

12/23(金):横川シネマにて上映後舞台挨拶

12/24(土):シネマ尾道にて上映後舞台挨拶

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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