日本の安全神話が崩壊…治安の良い引越し先どう探す? 犯罪者が狙う場所とは
春は転勤や進学など、引越しのシーズン。転居にあたっては、それに先だって、新たな住み家をどこにすべきかという難問と向き合わなければならない。考慮すべき要素は多岐にわたる。家賃、間取り・広さ、駅からの距離、通勤・通学時間、商店や公共施設などなど。
「安全神話の崩壊」「体感治安の悪化」が叫ばれている今日、犯罪に遭いにくい住環境も重要な検討事項だ。そこでここでは、「犯罪機会論」の視点から、犯罪被害に遭いにくい住宅と地域について考えてみたい。
犯罪者は場所を選んでくる
「危険な場所」を考えるといっても、それを具体的に示すのは容易ではない。そうした場所は無数にあり、限られたスペースでは列挙しきれないからだ。また、マニュアル的なものを読んで、一つひとつ暗記するよりも、原理原則から考える方が、それぞれの事情に合った「危険な場所」を発見できる。そこで、まずは防犯の原理原則である「犯罪機会論」を知っていただきたい。
犯罪機会論とは、犯行の機会(チャンス)を与えないことによって、犯罪を未然に防止しようとする犯罪学の立場である。ここで言う「犯罪の機会」は、犯罪が成功しそうな雰囲気(状況)のことだ。そういう雰囲気があれば、犯罪をしたくなるかもしれない。しかし、そういう雰囲気がなければ、犯罪をあきらめるだろう。つまり、この雰囲気の有無が犯罪の発生を左右するのである。
普通、犯罪は動機があれば起こると考えられている。しかし、それは間違いだ。動機があっても、それだけでは犯罪は起こらない。犯罪の動機を抱えた人が犯罪の機会に出会ったときに、初めて犯罪は起こる。それはまるで、体にたまった静電気(動機)が金属(機会)に近づくと、火花放電(犯罪)が起こるようなものだ。このように犯罪機会論では「機会なければ犯罪なし」と考える。
こうした視点から、犯罪機会論は、犯罪が成功しそうな雰囲気を醸し出す要素、言い換えれば、犯罪が成功しそうだと犯罪者に思わせる条件を研究してきた。その結果、犯罪者が好む場所の姿が明らかになった。それは、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」である。
ただし、ここで言う「場所」は、○丁目○番地のことではない。それは「景色」を意味する。なぜなら、犯罪者は地図を見ながら犯行場所を探しているわけではなく、景色を見ながら犯行を始めるかどうかを決めているからだ。景色に潜む危険性に気づく「景色解読力」こそ、防犯の要諦なのである。
地域→地区→地点で犯行現場が決まる
犯罪者は、最初に「地域」を選び(マクロの視点)、その後に「地区」を選び(メゾの視点)、そして、最後に「地点」を選ぶ(ミクロの視点)。景色が重要になってくるのは、地区と地点のスケールレベルだ。
「地域」については、プロの犯罪者集団でなければ、犯罪者は土地勘がある地域を選ぶ。マスコミは、「警察では、犯人は土地勘のある人物とみている」などとよく報道するが、犯罪機会論の世界では、すでに40年前、サイモンフレーザー大学(カナダ)のブランティンガム夫妻がそう主張している。
彼らが提唱した「犯罪パターン理論」は、潜在的犯罪者のメンタルマップ(頭の中の地図)上のサーチエリア(標的を探す場所)と犯罪機会が重なる場所で犯罪は発生する、というものだ。そこでは、「犯罪者は、おそらく、自宅、職場、買い物や遊びによく行く地区の近くで、または、それらの間の移動ルートに沿って、ほとんどの犯罪を行う。つまり、通常、犯罪は、犯罪者が知っている空間の範囲内で起こる」と指摘されている。
このように、犯罪に走ってしまった人は、日常生活で繰り返し行き来している地域で、絶好の犯罪機会に偶然めぐり会ったのかもしれないし、あるいは絶好の犯罪機会を探しながら、繰り返し行き来していたのかもしれない。いずれにしても、転居に先だって、「地域」についてあれこれ考えても、あまり生産的ではない。それよりも、地区と地点の「景色」を、しっかり診断すべきである。その「ものさし」が、「入りやすい」と「見えにくい」だ。
入りやすく見えにくい場所に要注意
「入りやすい地区」は、標的(地点)に近づきやすく、犯行後に逃げやすい場所である。
例えば、幹線道路の近くはそういう場所だ。そこでは、空き巣や車上狙い、ひったくりも多い。いわゆる「闇サイト殺人事件」(2007年)でも、犯行グループが帰宅途中の会社員に道を尋ねるふりをして近づき、無理やり車に連れ込んだ場所は、バス通りから少し入った道だった。
そのため海外では、幹線道路から生活道路に入る場所に、「眠れる警察官」と呼ばれるハンプ(車の減速を促す路面の凸部)を設けるのが一般的だ。ハンプがあると、犯行後に全速力で幹線道路へ逃げることができないので(=入りにくい場所)、犯罪が成功しそうな地区だと思われにくくなるからだ。
海外では、クルドサック(袋小路)も人気である。行き止まりの道の奥には、住宅に囲まれたロータリーを設けることが多い。クルドサックでは、自動車が通り抜けできず(=入りにくい場所)、たくさんの窓から見下ろされる(=見えやすい場所)。住人同士のコミュニケーションも促進される(=心理的に見えやすい場所)。
たとえ自分たちの地区に侵入されても、入りにくく見えやすい地点では、犯罪が起こりにくい。
例えば、ガードレールがある歩道は、車を使う犯罪者にとっては「入りにくい場所」なので、誘拐は起きにくい。そこでは、だますにしても力ずくでやるにしても、ターゲットをスーッと車に乗せられる感じはしないからだ。ガードレールがある歩道は、バイクを使う犯罪者にとっても「入りにくい場所」なので、ひったくりも起こりにくい。
碁盤の目のように区画整理された住宅地は、逃げ道が分かりやすい「入りやすい地区」なので、空き巣や車上狙いが起きやすい。しかしそれでも、見通しのよいフェンスや低い塀の家並みの景色が見えれば、「見えやすい地点」なので、そこでは犯罪は抑止される。つまり、住宅と道路の間で視線の交差がある地点では、住宅への空き巣も、道路でのひったくりも起こりにくい。
残念ながら、前述した闇サイト殺人事件の誘拐現場は、ガードレールがない「入りやすい地点」であり、小学校の壁とマンションの擁壁に挟まれた「見えにくい地点」だった(上掲の写真参照)。
入りやすく見えにくい住宅は、空き巣犯に狙われやすい。そのため、開口部(窓やドア)を入りにくく見えやすくすることが望まれる。すぐに思いつく鍵の強化や補助錠の設置だけでなく、侵入ルート(=入りやすい場所)を想像してみることも必要だ。
2007年に埼玉県川口市で1人暮らしの女性が帰宅直後に襲われ、金品を奪われ殺された事件では、意外な侵入ルートが使われた。強盗殺人犯は、向かいのアパートの2階廊下から被害者宅の2階ベランダに飛び移り、無施錠の窓から部屋に侵入したという。このように、侵入ルートが想像できる限り、2階以上でも油断は禁物だ。
さらに、ハード面の対策だけでなく、近所付き合いというソフト面の対策も望まれる。日頃から近隣とコミュニケーションを取り、自宅の様子を気に掛けてもらえるようになれば、「心理的に見えやすい地点」になるからだ。
自分の身は自分で守る
共同住宅は、犯罪機会論に基づいて設計されているかが重要だが、犯罪機会論が普及していない日本では、入居者が自分で防犯診断しなければならない。
一方、海外では、犯罪機会論に基づく検証も進んでいる。
例えば、カナダ警察によると、ミシサガ市の某マンションでは、建設後13年間の警察への通報件数が、犯罪機会論に基づくマンション(写真右)では125件だったのに対し、犯罪機会論に基づかないマンション(写真左)では289件だったという。外観が似ていても、犯罪機会論の採用の有無で、警察沙汰のトラブルに2倍の差が生じたとは驚きだ。
犯罪機会論の導入で相当に後れを取っている日本だが、ようやく本格的に導入しようとする動きが現れた。例えば、富山県では、犯罪機会論にパラダイムシフト(枠組み転換)するため、「防犯上の指針」を15年ぶりに改定した。
他の自治体や国もこれに追随してほしいところだが、それまでは一人ひとりが自衛するしかない。そのための参考になればと思い、フィールドワーク・シミュレーションの動画を紹介させていただく。
これは、学生に教えている防犯診断の方法だが、犯罪者たちは、すでにこの手法を取り入れているらしい。昨年末、グーグルマップの「ストリートビュー」を使い、空き家を探しては繰り返し侵入し、1億円近い金品を盗んでいた男に実刑判決が言い渡された。ゆめゆめ、景色解読力の競争で、犯罪者に負けないでほしい。
★景色解読力を高める「フィールドワーク・シミュレーション」の実例
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】