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世界初、HIV陽性者の精子を提供する精子バンク誕生 日本のHIV嫌悪「青酸カリを飲んで死んでほしい」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
「世界エイズ・デー」を前に、ブラジル、サンパウロでは赤い風船が空に放たれた。(写真:ロイター/アフロ)

 12月1日は「世界エイズ・デー」。

 世界各地で、エイズ蔓延を防止し、エイズ患者やHIV感染者に対する差別や偏見をなくすためのイベントが行われる。

 HIVは1983年に発見されたが、発見から36年経った今も、HIV感染者は社会から受けるスティグマ(嫌悪感、恥辱感)に苦しんでいる。

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)の調査によれば、50%以上のHIV感染者が差別的な対応を受けた経験があるという。また、50カ国のHIV感染者にインタビューしたところ、約8人に1人が、HIVに対するスティグマから、医療機関にサービスを拒否されたという。

 WHO(世界保健機関)は、人々がHIV検査を受けず、HIVのステイタスを明かさず、HIV治療薬を飲まない大きな理由は、スティグマや差別を受ける恐怖があるからだと指摘している。

世界初、HIV陽性精子バンク

 そんなスティグマをどう払拭したらいいのか?

 「世界エイズ・デー」に先駆け、ニュージーランドで、スティグマ払拭の一助となるサービスがスタートして話題を呼んでいる。世界で初めて、HIV陽性者の精子を提供する精子バンク「精子ポジティブ」が、11月27日、立ち上げられたのだ。

 「精子ポジティブ」は「ニュージーランド・エイズ基金」、「ポジティブ・ウーマン・インク」、「ボディ・ポジティブ」という3つの機関が、3人のHIVポジティブの男性から精子提供を受けて始めた精子バンクで、精子を求める人と精子提供者を結びつけるサービスを行う。実際の受精は、不妊治療クリニックで行うことになる。

 

 HIV陽性者の精子は大丈夫なのか?と思う人もいるだろうが、この3人のHIV陽性者の血中HIVウイルス量は検出限界以下(検出できないレベル)なのだ。HIVウイルス量が検出限界以下の場合、セックスのパートナーにウイルスをうつす確率は科学的にゼロであることが確認されている。

 オークランド大学の伝染病医師マーク・トーマス氏は以下のように話している。

「HIVの治癒法はまだないが、適切な治療を受けているHIV陽性者は、ウイルス量を検出限界以下の状態にすることができる。検出限界以下の場合、コンドームなしのセックスをしても、パートナーにHIVを感染させることはないし、出産をしても子供にHIVを感染させることはない」

命を生み出すチャンスを与える

 しかし、ニュージーランドには、世界の他の国々同様、今も、HIV感染者に対するスティグマがある。検出限界以下のHIVウイルス量の場合、人には感染させないと伝える教育も十分に行われていない。

 そのため、精子バンク「精子ポジティブ」はHIV感染者の精子を提供することで、人々に正しい知識を与えて、HIVに対するアウェアネス(意識)を高めようとしているのだ。

 WHO(世界保健機構)の最新データによると、世界には約3800万人のHIV感染者がいる。先進治療でHIV感染者の寿命が延びている今、彼らは、適切な治療を受ければ、非感染者と変わらない生活を送ることができる。子供がほしいと願う感染者も少なくない。

 「ボディ・ポジティブ」のマーク・フィッシャー氏は、

「私たちはHIV感染者に対するスティグマをなくしたいだけではなく、彼らに、命を生み出し、家系を存続させるチャンスも与えたいのです」

と主張する。

 「精子ポジティブ」に精子を提供した3人のドナーの一人、ダミエン・ルールニール氏は、1999年にHIVと診断され、2001年に治療開始後、HIVウイルスの量が検出限界以下であることが確認された。20年近く、検出限界以下の状態だが、それでも、職場で、彼がHIV感染者であることが発覚すると、スティグマからいじめに合い、退職に追い込まれるという体験をしている。ルールニール氏は、

「HIV感染をしていても、子供を作った友人はたくさんいる。HIVと診断されても人生はそこでストップするわけではないことを世界に示し、スティグマを取り去るのを助けたい」

と訴える。

青酸カリでも飲んで自殺を

 日本にも、社会から受けるスティグマに苦しんでいるHIV感染者の方が多いことと思う。欧米社会よりもはるかに多いことだろう。

 拙著『ある日本人ゲイの告白』で取材した、在米の日本人エイズ患者の男性がこう話していた。

「日本には、日本社会特有のスティグマから、HIVに感染しても、親や友達に打ち明けられず、悶々と1人で悩んでいる感染者が多いのではないだろうか。個人が強いアメリカでは自分の意志でカミングアウトすることもできるけれど、日本ではそうはいかない。自分だけの問題ではないからね。親の問題であり、家族の問題であり、親戚の問題であり、近所の問題であり、会社の問題にまで発展してくる。そんな村的な日本の社会構造を打ち破るのは難しいことかもしれない」

 

 彼は、日本社会では、HIVやエイズ患者に対するスティグマがアメリカ社会よりずっと大きいことを実体験していた。HIVに感染したことを日本にいる父親に告白した時、“おまえは一家の恥だ”と言わんばかりにこう言われたのだ。

「本当は青酸カリでも飲んで自殺してもらいたいところなんだぞ……」

 父親の一言からスティグマを実感した彼は、エイズ発病後も日本に戻ることなく、アメリカで闘病し、アメリカで生を全うした。

 彼が最期の日々を送ったホスピスに、ある日、彼の父親が日本から彼の遺骨を取りに来た。ホスピスで彼の世話をしていた女性は怒りを覚えた。

「闘病している時は会いに来ないで、死んでから来るなんて」

 彼が亡くなって26年が過ぎ去った。

 しかし、今も、世界には、スティグマに苦しむHIV感染者やエイズ患者が大勢いる。

 ニュージーランドで立ち上がった「精子ポジティブ」がHIVに対するスティグマという根深い問題を解決する一助になることを願う。

(参考)

HIV STIGMA AND DISCRIMINATION

Worlds first HIV positive sperm bank launched in effort to reduce stigma

World’s first HIV-positive sperm bank opens in New Zealand to reduce stigmas

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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