「政府の新型コロナ防疫措置で生まれた損害を補償すべき」…韓国で新法案が公論化
営業時間や集合可能人数を制限する、罰則付きの強い新型コロナウイルス感染症対策を続けている韓国。自営業者の生活苦を前に、政府の防疫措置により発生した損失を補償すべきという議論が急浮上している。
●発生から1年で「限界」
長引く新型コロナの拡散により、自営業者の状況が限界に追い込まれているという声が社会を覆う中、韓国政府は補償に前向きな姿勢を見せている。
韓国政府は昨年2月23日、国家の危機対応段階を「警戒」から「深刻」に引き上げ、政府横断組織の「中央災難安全対策本部(中対本)」を設置した。
実質的な防疫業務は「疾病管理本部(昨年9月に疾病管理庁に格上げ)」が行うが、行政・保健・財政など、国レベルの調整を担う国の感染症対策の文字通り対策本部だ。
そのトップを務めているのが丁世均(チョン・セギュン)国務総理だ。この丁総理が今月21日、「中対本」の会議の席で「政府の防疫基準に従って営業を思うようにできなかった方たちのために、適切な支援を制度化する時」と語った。
実は韓国ではその間、一度も損失への「補償」は行われてこなかった。あくまで「支援金」という形で、これまで3度、100万ウォン(約9万4000円)から300万ウォン(約28万円)が国から支払われただけだった。後は融資優遇策を取り、急場をしのぐやり方を取っていた。
だが、1月20日で韓国での発生から丸1年が経つなど、長引く新型コロナの拡散により、小商工人たちの状況は極限に追い込まれているというニュースが相次いでいる。昨年の春や夏よりも、今が最悪という認識だ。
※「小商工人」とは、建設・運輸・工業は10人未満、その他の業種は5人未満の常勤勤労者が存在する企業を指す。いわゆる自営業者。韓国『聯合ニュース』によると韓国の自営業者は2020年基準に657万人と、全体の就業者の24.5%を占めるなど、他の先進国よりもその割合が高い。
昨年12月から顕在化しクリスマスには日に1200人以上の感染者が出た「第三の流行」により、今も全国で5人以上の集まりが禁止され、食堂や酒場なども午後9時以降の営業はできなくなっている。
違反時には罰金や営業停止の行政措置と、故意性が強く認められ感染が広がる場合には刑事罰まである。営業自体が許されなかったジムやカラオケなどは、感染が日に500人以下となった最近になってようやく、人員を限定しての営業再開となったばかりだ。
ソウル屈指の繁華街の明洞(ミョンドン)や梨泰院(イテウォン)では既に昨秋の段階で空室率が30%を超えたと報じられた。さらに梨泰院の空室率は70%に達しているとされ、店主たちが店の前に弔花を置くなど、政府に反対するデモを行っている。
●「この国は企画財政部の国ではない」
政府に対する訴訟も始まっている。
今月5日、市民団体と中小経営者団体が合同で憲法裁判所に対し、「新型コロナウイルス拡散防止のための営業制限措置による中小商人たちの損失補償および支援対策の策定」を求める憲法訴訟審判を請求した。営業制限措置により被害を受けた中小商人や自営業者の財産権を侵害したとの内容だ。
また、今月11日には、全国カフェ社長連合会が政府に損害補償を請求する民事訴訟を提起しており、こうした動きが全国に広がる気配を見せていた。さらに当局の防疫措置を無視してでも営業するという動きも起きつつあり、世論は急速に悪化していた。
【参考記事】
カフェのオーナー達が韓国政府を相手に損害賠償訴訟…憲法裁判所にも救済請求
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2961
なお、韓国政府は新型コロナ防疫措置を3段階(実質的には5段階)に分けているが、現在の「2.5段階(実質的には4段階目)」で営業禁止や営業制限を受けている企業は、全国で47万件にのぼるとしている。
冒頭の丁総理の発言は、こんな中で飛び出したものだった。今月8日には国会での質疑の途中、「(新型コロナで損害を受けた)自営業者の涙をどう拭いてあげることができるか」と話しながら涙で声を詰まらせるなど、格別な関心を見せていた。
なお、韓国の憲法23条3項では「公共の必要による財産権の受容・使用または制限およびそれに対する補償は法律で行われ、正当な補償を支給しなければならない」と定めている。
一方でその間、日本の財務省にあたる財政企画部は莫大な金額がかかるため、「補償を法制化した国が少ない」といった事例や、「財政の健全性」を盾に補償に難色を示していた。
こんな膠着状態にケリをつけたのが丁総理だった。企画財政部の態度を聞き「この国は企画財政部の国なのか」と怒りを隠さなかったとされる。
丁総理は、韓国で初めて国会議長と国務総理を務めた大物政治家でもあり、文大統領とも太いパイプを持つ。この「怒り」のニュースを韓国メディアが一斉に報じたことでやっと、企画財政部が重い腰を上げた格好だ。
さっそく議員たちからは立法を試みる法案の内容が公開されている。与党・共に民主党の閔炳德(ミン・ビョンドク)議員は22日、行政措置の水準に合わせて損失の50〜70%を政府が補償する内容の法案を発議すると明かした。
法案では必要経費を月に24兆7000億ウォン(約2兆3100億円)と見立てた。
「集合禁止(営業禁止)」措置が下ったカラオケボックスなどの業種には70%(最大で3000万ウォン、約282万円)、営業制限業種には60%(同2000万ウォン、約188万円)、一般業種には50%(同1000万ウォン、約94万円)の支援を行うと仮定した場合の試算だ。4か月では約9兆円を超える大型財政支出となる。
ようやく重い腰を上げた政府だが、政府の「金庫番」である洪楠基(ホン・ナムギ)企画財政部長官兼経済副総理は22日、自身のFBに「これまで誰も行ったことが無い道なので、確認すべき内容は多い」と書き込むなど慎重な態度を崩していない。
洪副総理はさらに、「来年には国家債務総額が初めて1000兆ウォン(約94兆円)を超え、GDP対比の国家債務比重が50%を超える」と警告した。
だが、見てきたように自営業者や小商工人の生活苦は厳しく、今年4月にはソウル市と釜山市の韓国二大都市で市長を選ぶ補欠選挙が行われることもあり、政府は損失補償に踏み切る他に道はないだろう。防疫に懸命に取り組む韓国政府が、未開の領域でどんな舵取りをするのか注目される。