オオサンショウウオと温泉が夢のコラボ 挑戦続ける湯原温泉
大きな頭につぶらな瞳、可愛らしい手足が印象的な国の特別天然記念物、オオサンショウウオ。生息地でもある岡山県真庭市の湯原温泉では、至るところで街の人たちのオオサンショウウオ愛を感じ取ることができます。
日本の固有種で、世界最大の両生類ともいわれるオオサンショウウオは、国内では、岐阜県以西の自然豊かな河川で確認されています。近年は中国種との交雑種が問題となっていますが、実は、寿命も生態もよく分かっていない、なぞに包まれた生物なのです。筆者は観察会でオオサンショウウオを触ったことがありますが、表面は「ぬぽっ」とした感触でした。
そんな生物の研究調査や保護などに取り組もうと、各地の研究者や愛好家らは2004年、「日本オオサンショウウオの会」(事務局・三重県松阪市)を設立しました。会では毎年、生息地のある自治体で大会を開催し、研究成果の発表などを行っています。湯原温泉では2019年10月5、6日、「第16回日本オオサンショウウオの会真庭大会」が開かれました。
オオサンショウウオは、地方によっては「ハンザキ」という呼び名で親しまれています。「半分に切り裂いても生きるほど生命力が強い」「口を大きく開けると半分に裂けたように見える」ことが由来だと考えられています。全国有数の名湯としても知られる湯原温泉にはハンザキの伝説が残り、温泉街を流れる旭川や支流の田羽根川に生息しています。
「うわあ~!」 真庭大会で行われた夜間観察会の前に、毎年8月8日に開催される奇祭「はんざき祭り」に登場する巨大「はんざきねぶた」が特別に公開されると、参加者から歓声が上がりました。地域の若者たちが2011年に制作した全長約10メートルのねぶたは、ハンザキの特徴をよくとらえており、迫力十分。ハンザキの面を着けた踊り手による獅子舞も披露され、大いに盛り上がりました。
その後ろには、1993年ごろに制作されたハンザキの山車2台。こげ茶色の方が「太郎」、やや赤みがあり、赤い烏帽子をかぶった方が「花子」と名付けられています。いずれも5メートルを超える大きさです。表面のブツブツやつぶらな瞳、前足4本、後ろ足5本の指などがリアルに再現されており、愛好家すいぜんの出来栄えです。
祭りでは、太郎や花子が温泉街を練り歩き、ハンザキ一色となります。1962年から続く歴史ある祭りですが、なぜ始まったのでしょうか。これには、湯原温泉に伝わる巨大なハンザキの伝説が関係しています。
体長10メートルの”大ハンザキ”の伝説
1691年に編さんされた地域最古の歴史書『作陽誌』には、旭川に住む体長10メートルを超えるハンザキの伝説が記されています。牛や馬などを飲みこんで食べ、村人たちを困らせていた大ハンザキを、村の三井彦四郎という若者が腹の中に飲みこまれて退治するというお話です。前述のはんざきねぶたの大きさは、伝説の大ハンザキにならっています。
めでたく大ハンザキを倒した彦四郎でしたが、その後たたりに遭い、家族ともども病に倒れてしまいます。村も災難に襲われるようになったため、村人たちはたたりを鎮めようと、大ハンザキの霊をまつるほこらを建てたところ、災難が収まったそうです。大ハンザキの霊は、現在も「はんざき大明神」としてまつられています。1958年には、彦四郎の墓も建てられました。
また湯原温泉は、東京帝国大学(現東京大学)農学部教授で生物学者の石川千代松博士が1898(明治31)年と翌99年に、本格的なオオサンショウウオの調査を行った地でもあります。1901年に刊行された「はんざき調査報告書」には、湯原での調査の様子や大ハンザキの伝説が盛り込まれ、湯原がハンザキの街として、広く知られるきっかけになりました。
1933(昭和8)年には、歌人の与謝野寛(鉄幹)・晶子夫妻が湯原を訪れ、ハンザキを題材にした短歌を数首詠んでいます。そのうちの1首が「さんしょう魚/住むちよう里に意も似たり/人もいで湯も美しきかな」(湯原はハンザキの住む里にふさわしく、人も出湯も美しいという意)です。晶子はハンザキに大そう興味を示したとも伝えられています。
温泉街の暮らしに溶けこむハンザキ
1952年にハンザキが国の特別天然記念物に指定され、1971年、旧湯本小学校(現真庭市湯原支局)の敷地内にオオサンショウウオ保護センター(はんざきセンター)が建設されました。センターは2017年にリニューアルオープンし、生息環境を再現した水槽などで、体長150センチを超えるハンザキも飼育されています。2013年からは、おかやまオオサンショウウオの会の人たちによる現地調査も始まり、19年9月には田羽根川に人工巣穴が設置されました。
ハンザキ、オオサンショウウオは限られた生息地にしかいない珍しい生き物ですが、湯原温泉の人たちにとっては、大変身近な生き物なようです。湯原観光協会のスタッフの女性は「昨年の水害で流出するまでは、夏の夕方になると、旭川の浅瀬に上がってくるハンザキの姿が見られました。今後は文化面だけでなく、ハンザキが暮らしの中に溶けこんでいる様子もアピールし、保護活動にも力を入れていきたいです」と話します。
温泉街を歩くと、至るところでハンザキを目にします。ハンザキが描かれたお店の看板や風に揺れるハンザキのぼり、温泉旅館でゆったりと寝そべるハンザキ像、穴から出てくるハンザキをたたいて遊ぶゲーム「はんざきたたき」、ハンザキの絵本『ザキはん』などなど。ハンザキのサブレやチョコレート、Tシャツ、ぬいぐるみといったお土産も豊富です。
湯原温泉を訪れる際は、“ハンザキ愛”にもじっくり浸かってみてはいかがでしょうか。
撮影=筆者