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記録的豪雨による水害や台風の被害が続出 だがトラックは飛行機、鉄道、バスなどと運行判断が違う

森田富士夫物流ジャーナリスト
道路が陥没! それでも求められる生活物資輸送(写真:イメージマート)

 今年は、3年ぶりに新型コロナ感染防止による移動制限のないお盆になった。まだコロナ以前までは戻らないものの、昨年、一昨年より帰省客や旅行者が増えた。

 だが、そのお盆を直撃したのが台風8号である。お盆の時期に日本列島を直撃し、広い範囲に大雨をもたらした。それに先立って7月下旬からは、東北地方などが長期間にわたって集中豪雨に見舞われ、川の氾濫など大きな被害がでている。水害による交通インフラの破壊、さらに台風による飛行機の欠航、新幹線など鉄道の運休や遅れ、その他、夏休み中の多くの人たちの移動や日常生活に影響がでた。

 特に飛行機や鉄道、バスなどの公共交通機関の欠航、運休や遅延などは、帰省や旅行客に直接的な影響をもたらした。そのため多くの人が当初の予定を変更せざるを得なくなったのではないか。

 台風や集中豪雨などの天候不順、自然災害が事前に予想される場合、航空会社や鉄道会社、バス会社などの運送事業者は自らの判断で欠航や運休などを決める。そして、たいていの人はその判断をやむを得ないと受け止めるだろう。自然がもたらす災害であり、また乗客自身の身の安全にも関わるからだ。

 ところが、同じ運送業でもトラック運送事業者は違う状況におかれているのをご存じだろうか。自らの判断で運行を止めたり予定を変更したりすることが、なかなかできないのが実態なのである。宅配便などの消費者物流は別だが、大部分の企業間取引の物流においては取引先の意向が強く働き、事業者自身による運行中止などの判断が難しい。

 その背景には、取引先企業との力関係がある。トラック運送事業者に対して、取引先企業は優位な立場にある。

 またトラック輸送では運ぶものが貨物であり、乗客ではないという違いも大きい。乗客を運ぶ交通機関では、万が一の事故を防ぐために安全を優先しなければならない。だが、貨物輸送では被災しても物損事故なので取引先の物流担当者も安易な判断になりがちだ。そのため取引先の自社都合(あるいは担当者の自己都合)が優先されがちなのである。

 だが、ここで完全に欠落しているのは、トラックを運転するドライバーの安全確保という点だ。荷物を届けることが優先され、ドライバーの安全を守るという意識が希薄になっているのである。

川の氾濫や橋の陥落、崖崩れや崩落による道路寸断などが予想される中でも、取引先から「運べ」と強要されるようなケースも

 3年前の2019年には、台風15号に続く台風19号、さらに台風21号が立て続けに来襲した。これらの台風による豪雨で、広域にわたって大きな被害が発生した。多くの箇所で道路や鉄道などが寸断され、インフラに大きな被害がでたことはご記憶だろう。

 この時、全国的な規模で事業展開しているトラック運送業の経営者5人と、災害による業務への影響などについて意見交換した。

 メンバーは全国各地を飛び回って仕事をしているので、出張先などにおける台風接近時の経験などを踏まえて、「航空会社や鉄道会社は自社の判断で運休や減便などを判断して発表する。それに対してトラック運送事業者はそうはいかない」という話になった。

 ある事業者は「どうしても届けろという荷主(社名を挙げて)が1社あり、悪天候の中を走らせた車両があった。だが、納品先の中には臨時休業してシャッターを閉めているところもあり、商品をそのまま持ち帰ったケースがある」と話した。危険が伴う条件の中をドライバーは荷物を運んだが、納品先が休業していたために、再び悪天候の中を持ち帰る、というムダな仕事を強要されたことになる。

 幸いドライバーは無事だったが、それでも道路を迂回するなど往復ともに長時間を要した。だが、もし何かあったら運送事業者側の「運行管理」責任が問われる。取引先の都合で強要され無理に運行しても、もしドライバーが被災するような事態が発生したら、その責任は誰にあるのか。経営者や運行管理者に責任があることはいうまでもない。だが、問題は自然災害が予想されるような悪天候の中でも、業務遂行を強要した取引先との関係である。運行管理権の明確化が必要である。

 一方、「当社は自社の判断で悪天候が予想される地域は全部運行をストップした」という経営者もいた。「契約書で明文化している」のだという。

 このように具体的な対応は事業者によって違いがあるが、「航空会社や鉄道会社と我われでは大きな違いだ」という点で意見が一致した。さらに、「この差はどこにあるのだろう」ということになった。

 そして「発荷主や着荷主との関係では、今後、解決しなければならない業務遂行上の様々な課題が浮き彫りになってきた」というのが共通認識になったのである。

2020年2月に国交省が「輸送の安全を確保するための措置を講じる目安の設定」を通達、「2024年問題」も含めて取引先の意識にも変化が

 このようなトラック運送業界の実態を踏まえ、国土交通省では2020年2月に「輸送の安全を確保するための措置を講じる目安の設定」を通達した。

 通達によると、降雨量や風速などの各段階に応じて、1.輸送の安全を確保するための措置を講じる必要、2.輸送を中止することも検討、3.輸送することは適切でない、といった目安がだされている。さらに、降雪時や視界不良時、警報発表時などについても判断の目安が示された。

 だが、「異常気象時などにおける判断の目安は、社内でより具体的な目安を設定し、取引先と合意することが必要だ」という意見もある。そして、荷物を出す取引先だけでなく、荷物の届け先との間でも確認しておく必要がある。

 契約上でいえば、出発前のどの時点で運行中止を判断したか。台風の場合なら進路予想などに基づいて24時間以上前に運行中止を判断できることもある。だが、出発時間の直前まで運行中止を判断できないケースもある。あるいは最近頻発している突発的な集中豪雨による水害などでは、出発時は正常でも出発後に運行中止を判断して、途中から引き返さなければならないケースもあり得る。

 事前に運行を中止した場合でも、出発予定の何時間前からキャンセル料が発生し、判断した時点によってどのように金額が違ってくるのか。また、出発直前の運行中止と、運行途中から引き返させるのではキャンセル料が違う。さらに荷物によっては廃棄コストの負担なども明確にしておかなければならない。

 さらに時間の概念を導入することも重要だ。たとえば平常でも原則的な1日の最大拘束時間である13時間をかろうじてクリアしているような運行実態もある。すると、通達の目安では「輸送の安全を確保するための措置を講じる必要」のレベルであっても、13時間以内に帰社できない可能性が高い。このようなケースでは「輸送することが適切でない」と判断すべきだろう。このように実際にはケースバイケースでの判断が求められる。

 取引先とこのような内容を契約書あるいは覚え書きなどで書面化しておく必要がある。想定されるケースごとの判断基準やキャンセル料、商品廃棄に伴う費用負担などである。

自然災害時におけるドライバーの安全確保と食品や生活必需品などの安定供給という社会的責任の狭間で、国民の理解と協力が望まれる

 今回の東北地方の豪雨ではどうだったのだろうか。

 秋田県の事業者は「県央では被害がそれほどでもないが、県南や県北ではしばしば氾濫する河川の近くなどで被害が出ている。当社では過去の経験を活かして災害が予想された時点で事前に取引先と迂回路を想定したり、発時間や着時間などの調整を行った」という。

 山形県の事業者は、「大口の取引先とは事前に交渉した。予想される災害を想定してルートを変更するなどのシミュレーションをし、天気予報やニュースを見ながら臨機応変に対応している。事前の話し合いの中では、ルート変更によって通常とは違ってくる高速道路利用料金や、走行距離が延びることによる運賃の差額なども合意している」。また、想定していた迂回路なども通行止めで走行できない場合には輸送を中止する。だが定期便の場合には「輸送中止の判断が当日なら運賃は100%、前日なら80%を請求する」という。

 青森県の事業者は、被害の大きかった鰺ヶ沢町にある取引先の工場が被災して稼働がストップするという影響があった。同工場から製品を積んで配送する仕事だが、工場再開後には配送スケジュールの組み直しを余儀なくされている。

 また通常の配送ルートの道路が通行できなければ迂回することになるが、それによって「ドライバーの労働時間が長くなるという問題が出てくる」。この事業者は1台のトラックに複数のドライバーが交代で乗務しているので、「迂回などによって前日の仕事の帰りが遅くなり、翌日乗務するドライバーが出勤しているのにトラックが帰ってきていない」といった影響もあったようだ。予備のトラックを持っているが、台数に限りがあるので、翌日以降に影響を引きずることもあるという。

 「生活必需品が欠品になると多くの人たちの生活に影響が及ぶので、確実に届けなければならない使命がある。だが無理な運行で自社のドライバーを危険にさらすわけにはいかない。台風や集中豪雨などの際には、ドライバーの安全を確保しつつ、社会的役割を果たすというジレンマを感じながら仕事をしている」という事業者もいる。

 このようにトラック運送事業者は、最近、頻発するようになってきた自然災害時における運行判断などの難問に直面することが多くなってきた。小売店の店頭で欠品がでることがあるかも知れないが、国民の理解と協力が望まれる。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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